39話「確かな疲労」
疲れたな。
ふと僕はベッドの上でくるまりながら心の中でつぶやいた。
今日は学級委員として皆の前に立ち、そして少しではあるが発言をした。そしてその後は軽くではあるがエルと二人三脚の練習をしてみた。
いや、別にこの二つの事柄で疲労感を溜めたのではない。
そもそも西城さんと少し会話をした程度だし、エルとの練習はむしろ楽しかったくらいだ。
じゃあ僕はどうしてこんなにも疲れてしまっているのだろう。
答えは分かっている。
競技決めの途中で起こったざわめき。男女混合二人三脚を誰がやるのかを決めかねていたあの時間。
あれだ。あの時間がとてつもなく苦しかった。
いつからか僕はああいった空間に強い嫌悪感を抱いてしまっている。
心の中がかきむしられる感覚。土足で踏み荒らされる感覚。棒でひっかきまわされる感覚。
しんどいのだ。
「……」
あぁでもきっと、この感覚は間違っているのだろうな。
僕が考えすぎなんだろうな。
僕一人がおかしいんだろうな。
そうだな、きっとそうに違いない。
「はぁ」
駄目だ、今日は眠れない日だ。頭がうるさい。
そう思って目を開けた時だった。
「眠れないのかな? 湊音くん」
「わ……」
ベッドのすぐ傍で読書をしているアリアさんがいた。
「エルのとこに遊びにいったんじゃ?」
「それはもう済ませたよ。もう少しガールズトークに花を咲かせても良かったんだけど、湊音くんの顔が見たくなって早めに帰ってきちゃった」
「そうなんですね」
この人は綺麗な顔をして中々に歯の根が浮いてしまいそうなセリフを言う。凄く嬉しいんだけれどね。
「それにしても、寝つきが悪そうだね。悩み事かい?」
「え、あぁ……まぁ。でもアリアさんの顔を見たらなんだかどうでもよくなっちゃいました」
これは嘘でもあるい本心でもある。
実際僕のこの性根については何も解決していないし悩んでいるままだけれど、それでもアリアさんの顔を認識した瞬間からは思考の外に悩みが押し出されたような感覚になった。
「嬉しい事言ってくれるね、食べていいかい?」
「えっ……!?」
「嘘だよ、吸血鬼ジョーク」
なんだ嘘なのか……いや嘘で良かったよ僕は何を期待したんだクソ思春期中学生の思考ときたら全くけしからん。
「もう少しおしゃべりするのもいいけれど、もう夜も遅いからね。見ててあげるからもうおやすみ」
「見てられるのも、ちょっと恥ずかしいですね」
「おや、なら頭も撫でてあげようね」
「余計恥ずかしいですよ?」
とそんな会話をしながら、アリアさんは僕の瞼をそっと手のひらで閉じてくれた。
その瞬間になんだかとても安心して、結局僕はさっきまで寝付けなかったのがうその様に熟睡することが出来た。
ーーーーー
「準備は良い?」
「うん……!」
次の日の学校。
体育祭期間ということで体育の時間が特別に各々が出場する競技の練習に当てる事が許されている。
短距離走の人ならスタートダッシュの練習、リレーの人はバトンパスなど。
他クラスとの合同の競技もある為練習の幅には限界があるが、それでも貴重な時間だ。
そんな中、僕はというと。
「せーの! いち、に、いち、に」
エルと共に二人三脚の練習に励んでいる。
これがなかなかに疲れる。ぴったり隣の人に息を合わせて走ることにそもそも不慣れなのもあるが、何と言ってもやはり……
「歩幅がズレてる!! 三分後にもう一回!」
「ひぃ……」
このエルのスパルタ具合だろう。
なんでぇ? うちの校長は男女がキャッキャウフフしてるのが見たくてこの競技を導入したんじゃないのぉ?
どうしてこんな本気とかいてマジと呼ぶほどの熱量を持って取り組んでいるんだろうか……
「ね、ねぇ……そこまで速さ求めなくても手堅く走った方が……」
「ふん……どうせみんなトロトロ走るに決まってるわ。その中で私たちが圧倒的速度でぶち抜くのよ。どう? 最高に楽しいと思わない?」
やだ……ちょっとカッコいいじゃない……
こういう前のめりの姿勢は僕も見習わなければならない。なにより、エル本人がとても楽しそうだ。
「ほらほら! 休憩三分終了!」
「ぴぃ……」
でももう少し優しくしてくれてもいいんじゃない!?
堕天使の身体能力に食らいつく僕の身にもなって欲しい……
「せーの、いちに、いちに!」
でも精一杯の気持ちで何かに取り組むって気持ちが良いな。
と、その後の練習の過酷さを知らない僕は呑気にそう思っていた。
いやだって……二人三脚で短距離ダッシュするとは思わんじゃん……運動部の練習メニューじゃんね……




