37話「学級委員長のお仕事」
「今月末には体育祭がある」
六時間目の道徳の時間を食いつぶし、行事に向けての準備時間に当てられるこの時間。
担任の坂口先生が教壇に立ち、僕たち二年二組の生徒たちに言う。
「知っているとは思うが、この学校では二日間に分けて開催される。そして今日は一日目の出場競技を決めてもらうぞ」
一日目に開催される方が一般的な体育祭との認識が合うだろう。二日目は体育祭というよりもスポーツ大会とかそっち方面の色が強い気がする。
「てことで学級委員ら、仕切りを頼むな」
……僕は異議を唱えたい。
どうしてこういった決め事を学級委員長とかに任せる風潮があるのかを。
毎時間の号令をかけるのとかはまだ理解出来る。プリント配布とかの雑用を率先してこなすのも分かる。
けれど……行事の度にみんなの前に立って取り仕切るのは分からない。
だってそれって先生の仕事じゃん!? と声を大きくして言いたい。
嫌だなぁ……これから文化祭とか合唱コンクールとかあるのに、それら全部エルと僕が前に出ないといけないのかなぁ……ううぅ。
というかなんだってエルは僕を副委員長に任命したんだ! 僕がこういうのに向いていないってのは分かり切っているだろうに……!
くそう! それでも天使か! ……堕天使か。
「なにぼけっとしてんの、行くわよ」
「……うん」
そうして重たい足取りで僕は教壇へと向かう。
みんなの視線が皮膚にチクチクとつつかれるような感覚を覚える。
「それじゃ天城、予定通りで頼むな」
「分かりました」
予定通りってなんだろう。何も知らないけど大丈夫なんだろうか。
「湊音は板書を頼むわね」
「あ、わかった」
……そうか! 何も僕が皆を取り仕切って進行を勧めたりとかはしなくても良いんだ。
よかったぁ。でも考えてみればそうだよね、エルが学級委員長で僕は副委員長。だとしたらメインはエルであって僕はあくまでサポート。
そういえばアリアさんにもそれほど気負わなくて良いって言われたんだった……!
よぉし! そう思うとちょっと元気が出てきたぞ! 板書がんばろっと!
「では今から体育祭の各出場競技を決めていきます」
エルの真っすぐで良く通る声が教室に響き渡る。彼女の心根を体現しているようで、そんな彼女の声が好きだ。
さて、体育祭一日目ではクラス対抗リレーや綱引きなど、紅組白組に分かれて勝敗を競う。ちなみに僕たちのクラスは白組である。
二日目は組み分けはそのままに、各学年ごとに球技大会を行い勝敗の数でポイントが決まる。
「これ競技表、写しておいて」
そう言い渡されたのが、競技一覧だ。
どれどれ……50m走に男女別400mリレー、借り人競争に障害物競走。綱引きに棒引きなどなど。
うぅむ。どれも王道でよいラインナップである。
余談だが、僕は50m走に出たい! 何故ならすぐ終わるからである!
と、内心で希望競技に焦がれながら僕は黒板に内容を書き写していく。
ふふ……このチョークを使って文字を書くの、新鮮でちょっと楽しい。
「それぞれ男子と女子で出場できる人数が決まってますので、もし超過した場合は恨みっこなしのジャンケンで決めます。それでは最初、50m走に出場したい人はいますか」
……多ッ!
三十人と少しのクラスだけど、文化部系の人たち全員が手を上げている。特に女の子が多い。やっぱり、出来る事ならみんな走りたくないんだろうなぁ……
それに50m走はプログラムの最序盤に位置するので、それさえ走ってしまえば後は何もしなくて良いと言うのも、人気に拍車をかけているような気がする。
と、当然その数にびびった僕は、手を上げる事も出来ず、ジャンケンをすることなく出場を諦めたとさ。
「アンタどれ出るの?」
競技出場をかけて行われるジャンケン大会を背景に、エルがそんな事を聞いてきた。
「どうしよかな……まだ迷い中」
「へぇ? ジャンケン、しなくていいの?」
……バレてる。僕が人数の多さに遠慮して手を上げなかったことが見透かされている。
わー、凄い悪い顔で僕の事見てる。流石堕天使と言ったところだろうか。
……でもそんな顔が嫌いじゃない。
「いやまぁ、どうせあの多さじゃ厳しいだろうし」
「相変わらずね」
「うるへ」
と、そんな小言を言い合っているうちに、ジャンケン大会の勝利者が決定したようだ。
……すごい喜んでる。もう天高くにチョキを振り上げて後光が指しているようにすら見える。
「えと、男子が佐藤君と岡崎君……」
そうして僕は決まった人の名前を黒板に書き写していった。
「では次、200m走に出場してい人はいますか」
そうして、体育祭の出場競技決めは滞りなく進んでいった。
このクラスは幸運な事に運動部と文化部が丁度よい配分で在籍しているため、進行に支障なく順調に進んでいった。
あぁ良かった……去年は少しごたついたから、一安心だ。
本当に良かった、不毛な擦り付け合いとかが無くて。
今年は苦無く、すぐに終わりそうだ。
そうして出場競技決めも中盤に入った時だった。
「次、男女混合二人三脚に出場したい人はいますか」
教室が凍り付いた。
……二人三脚、男女混合? そんなの去年は無かったはず。
「あー、今年から校長先生の意向でな、新競技が追加された。是非出場して欲しい」
なにやってんだ校長ぉおお!!!!!
見ろ! 坂口先生の気まずそうな顔!!
やっぱりみんな恥ずかしいよね……とでも言いたそうにしょんぼりしちゃってるじゃないか!
「え、女子とやるの?」「校長さいてー」「流石に恥ずかしくね」「ちょっと出てみたいかも」「うわ変態じゃん」「きもーい」「これやばくね」「見る分にはいいけどな」
まずい、教室がざわついてきた。
でもそりゃそうだよ。僕たちは一応思春期真っ只中の中学生。異性とピッタリくっついて肩を組んで走るなんて、それなりにハードルが高い。
「誰かいませんか?」
エルが返事を促す。
その言葉でまた、教室が熱を帯びる。
先ほどまで平和だったこの空間が瞬時に物々しい雰囲気を帯び始める。
……いやだ。この感じ、苦手だ。
「まだ何にも出てない人が出ればいいんじゃない?」
と、どこからか声が上がった。
あぁ、まずい。始まってしまう。
「はぁ?別に複数でれんだから関係なくね」
声が増える。
「でも出てない人優先じゃん? え、私何か間違った事言ってる?」
声が上がる。
「言ってないよ、私達は出るの決まってるもんね」
感情が、交差する。
「楽なやつ一個だけだろ?」
自己保身の念が立ち上る。
自分はやりたくない、けれど悪者にはなりたくない。そんな自己安全欲求が見え隠れする。
ある者は自分は出なくても良い理由を主張し、ある者は出なければならない理由を他者に主張する。
そしてある者はひそひそと話し、やれやれとため息を吐く。まるで自分には関係のない事だと言いたいように。
またある者は地面に突っ伏して寝たふりをする。定期的に顔を上げ、状況を確認し事が終わっていないことを確認してまた寝たふりをする。
そもそもの競技に文句をいう者もいた。校長にそんな権限はあるのかと、生徒の事を考えていないだの言っても仕方のない事を言う。
自分が出るという発想を消去した人たちによる押し付け合いが、時間を増すごとにその熱が上がっていく。
最初は小さな相談程度だったのに、いつの間にか感情のぶつけ合いになっている。
見かねた先生が声を掛けるも、止まらない。もうどうにもならない。
……気持ち悪い。荒れた海上の船に乗っているようで、気分が悪くなる。
あぁ、なら僕がこの二人三脚に出よう。
そうだ、それが良い。相手の女の子が嫌がるかもしれないけれど、それでとりあえず話は進む。
「あの……」
「決まらないようですので、学級委員の二人で構いませんか?」
教室の熱が静まった。
「エル……」
荒れた感情の渦が一息に鎮まった。
先ほどまでの騒音が嘘の様だ。
「特に反対もないみたいですので」
と、僕に板書を促そうとした時だった。
「まって」
教室に一人の声が響いた。西城さんだ。
彼女はこの時間ずっと大人しく座っており、教室がざわついていた間もどうする事も出来ずにただ黙って見ていた。
そんな彼女がこの時間、初めて声を出した。
「湊音くんは、それでいいの?」
彼女は真っすぐな目で僕を見つめた。
「そうだよ、湊音くんは良いって言ってないじゃん。天城さん勝手に決めるなんて最低だよ」
「人の気持ち考えたら?」
二人の女の子達がこそこそと話を始めたかと思えば、そんなことを言い出す。
それを見ていたエルが小さく、ほんとうに小さくため息を吐いたのを僕は聞いていた。
何かあったんだろうなと察したが、僕の意識は西城さんから離れなかった。
だって……
「ごめん二人共、今はそんなのじゃないから」
いつも仲の良さそうにしている二人に、そう言ったから。
その言葉に、僕だけでなくエルすらも驚いたような顔を浮かべていた。
今の西城さんの表情は、本当に僕のことを心配してくれてるように見える。
僕が無理をしているんじゃないか、と。気を使っているんじゃないか、と。
知らなかった。彼女は本気で人の事を考えることの出来る人だったなんて。
であるなら、僕もキチンと目を見てお話をしないといけない。
「ありがとう西城さん。でも大丈夫だよ、実は二人三脚やってみたかったんだ」
男女混合にびっくりしちゃって言い出せなかったんだけど……と苦笑いをしながら、ハッキリと伝えてみた。
「そうなんだ。なら良いんだけれど」
そう言って西城さんはまた、大人しく自分の席についた。
「好かれてるわねぇ」
エルが板書をしながら僕にだけ聞こえる様に言ってくる。
こいつぅ……ちょっと楽しんでやがるぞぉ……
「それでは、男女混合二人三脚は私と湊音に決定で。次、クラス対抗リレーに出場したい人はいますか」
ともあれ、こうしてこの六時間目の時間は再び流れ始める。
体育祭本番まで何事も無いようにと、僕は小さく願った。




