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36話「梅雨入り」

 季節は梅雨入り、学校の生徒の大半が半袖へ移行するそんな六月。


 中間テストを乗り越え、大天使との邂逅も果たした僕たちは今……


「暑いよぉアリアさーーん……」


「可哀想に……冷房を十六度まで下げようね」


「下げすぎよ馬鹿」


 家でお勉強会をしている! 発案者はもちろんエル!


 ちなみに冷房はしっかりとつけている。が、少しエアコンの型が古くて効きが悪いのだ。


「エルちゃん酷いぞ! 湊音くんがこんなに暑がっているじゃないか!」


「だからって十六度は無いでしょ十六度は」


 僕の軽口からそんなやり取りが繰り広げられている。


 アリアさんは大袈裟に言うもんだから、逆にちょっと恥ずかしくなってしまう。


「あの、全然我慢出来ます……すみません」


「湊音くん! 無理しなくていいんだよ!? この季節は熱中症がこわいからねぇ、無理な我慢が命取りなんだよ?」


「まだ真夏には程遠いけれどね」


 じめっとした高めの湿度の空気にも屈することなく、涼し気な表情でエルはノートにペンを走らせる。


 この堕天使、汗一つかいていない。


「なんでそんな涼しそうなの、暑くないの?」


「まぁ、堕天使の力でちょいっとね」


「ずるぅ!」


「私の力をどう使おうと勝手でしょう?」


「正論はもっとずるい」


「なら勉強なさい」


 ぐぅの音も出ない程に言い任せれてしまった。あーあ、めっちゃ駄々こねて抗議したい気分だ。もっと暑くなるだろうからやらないけど。


「大丈夫湊音くん、私に任せて!」


「アリアさん! なにか吸血鬼の特別な力を!?」


 わぁーーい! 流石アリアさん、最高で美しくて頼りになるナンバーワン吸血鬼だ!


 と、僕が期待の眼差しを向けていると。


「ぱたぱたぱた」


「……それは?」


「うちわ」


「人力!」


吸血鬼関係ねぇ! けどありがとうございます!! その優しさで僕の心は温まりました。


 温まったらダメじゃんね……


「馬鹿やってないで手を動かしなさい」


 しまった、仮にもこの家に来て僕の勉強を見てくれているのだ。あまり身が入らないのも彼女に失礼だ。


「ごめ……」


 そう謝ろうと彼女の顔を見ると、微かに口角を上げていた。


 その事に少しだけ驚いて、数秒見つめていると。


「ふふ……」


 そう静かに笑った。まるで先ほどの事柄を思い出すかのように小さく、柔らかく笑顔を綻ばせながら。


 普段の毅然とした立ち振る舞いとは打って変わった、年相応のその顔はなんだかとても、可愛らしいと感じた。


「ん……?あらごめんなさい、あまりにも可笑しくて」


「やっ、いや、ごめん勉強ちゃんとするね」


 ふんわりと揺れる金髪と、いつもより柔らかい目線になんだか緊張してしまって、少ししどろもどろになってしまった。


「そう、良い心がけね。でも少ししたら休憩を挟みましょうか」


「うん」


 そうして勉強会は再開した。だというのに、ずっと僕の顔にそよ風が吹いているような感覚だった。


 こうして今も実際に、僕の髪を揺らし続けている。


「……あの、アリアさん」


「ぱたぱたぱた」


「うちわ、もう大丈夫です」


「やることなくて」


「あぁ……」


 そうして約一時間、アリアさんは僕たちを見守りながらうちわをあおぎ続けた。


 すごく申し訳ない気持ちになった。



ーーーーー



 「そういえば、そろそろ体育祭ね」


 ある程度の勉強を済ませた後の休憩時間、疲労で机にぐでっと突っ伏している僕に言った。


「もうそんな時期かぁ」


 もうバレているかもしれないが、僕は体育祭が好きではない。というか、学校行事という概念があまり好きではない。


「露骨に嫌そうな顔しない」


「えっ」


 しまった、顔に出ていただろうか。そう思い僕は表情筋をなだめる様に頬をぐりぐりと揉んだ。


「そういえば二人の学校はどんな感じなの?体育祭」


 冷たい麦茶を用意してくれたアリアさんが、ふと聞いてきた。


 かぁー! アリアさんの入れてくれる麦茶うまーい!


「他の学校とは少し違うかもね」


「あ、だよね。二日開催だもんね、うちの中学」


「そうなんだね?」


 アリアさんがもの珍しそうに相槌を打つ。


 僕も他の学校の体育祭に詳しい訳ではないけど、それでも一般的には一日で終わりだから珍しいのではないかなと思う。


「一日目が普通の体育祭、まぁリレーとか騎馬戦とか。二日目が球技大会ね」


「一年がバレー、二年がバスケ、三年がサッカーだったっけ?」


「学年ごとで違うんだ。楽しそう」


 これが結構盛り上がる。


 雰囲気的に一日目が前菜で二日目が本番みたいに考えている人は少なくないんじゃなかろうか。


「順当にいけば今年、私たちはバスケットボールね。湊音は得意?」


「えっ、やー……どうだろう」


 バスケットボールと聞いて、少し体が強張った。


 あまり、いい思い出が無い。


「そういうエルちゃんはどうなの?」


 アリアさんが気持ち強引に話をエルに振った。


 あまり身に覚えのない会話のテンポに若干の違和感を感じたが、あまり深くは考えなかった。


「誰に聞いているのかしら、余裕よ。因みに去年のバレーボールは堂々の得点王に輝いたわ」


 ふふんと小さく鼻を鳴らすドヤ顔のエルさん。


 なんか天使と接触したあの時から表情が豊かになった気がする。


 ……や、ドヤ顔は元々かな。


「あぁ……あったね、確かに」


 しかしこの堕天使、何処まで凄いのだ。文武両道も清々しいね。ちくしょう。


 アリアさんも「凄いなぁ」と素直に感心している。くそう! 僕もアリアさんに凄いって言われたいなーー!


「体育祭は一か月後だし、張り切っていきましょ」


「僕は別に、緩く楽しめたらいいかな……」


 ……そう、特別頑張る必要は無い。


 たかが行事ごと、必要以上に熱を上げなくともよい。それは他の生徒たちも思っている事だろう。


 体育祭が盛り上がると言っても、それは全体の空気間の話だ。一人一人が盛り上がり楽しんでいるわけではない。


 はなからやる気のない人もいれば、うまい具合にサボる人もいる。個人で勝ちたい人もいれば、集団に全力を強要する人もいる。


 誰が悪いとは言っていない。何が嫌とは言っていない。


 ただ、ただ少し……その温度差に酔ってしまって、苦手なのだ。


 だから僕は去年と同じように、目立たず目立たなすぎずで良い。


 だって僕は、人の感情渦巻く大海を泳ぎ切る体力を持ち合わせていないのだから。


「なーに言ってんのよ、駄目よ」


「え?」


「私達学級委員だから、キチンと仕切らないといけないでしょ?」


「……うそ」


「本当」


 前言撤回。


 どうやら今回、逃げも隠れも出来ないみたいです。


 無理だーーーーー!!!! 助けてアリアさーーーん!!(泣)

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