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32話「決別」

ページを開いて頂きありがとうございます。

あじたにと申します。

温かい目で見守って頂ければと思います。

 僕は震えていた。


 何故かと言われれば……何故だろうか…分からない。


 例えば、足先は雨の降った後の地面を歩いている間に若干水で濡れてしまった。せっかく履き替えた靴下が湿り気を帯びていて少し冷える。それで、寒くなって震えているのだろうか?


 違う。確かに足先は濡れているが、そもそも気温が寒くない。不愉快にジメっとしていて生暖かい。


 では、エルの所在が分からずに不安を覚えているからだろうか?大切な人であるエルの生命の安否が分からず、もしもの可能性を考えてしまいその恐怖心に駆られているからだろうか?


 違う。確かにその事について不安と恐怖を感じてはいるが、そのことで僕の身体が震えているのでは無いと思う。


 では、大切な存在であるはずのエルが危機的状況に陥っているというのに、何をすることも出来ず、ただ棒立ちでアリアさんに頼る他無い無力で無能で役立たずな自分に対する…怒り、だろうか。


 ああ、そうだ。僕は自分に怒っている。憤りを感じている。憤慨している。


 そして僕は、なすすべもなく震えて立ち尽くしている。


 結局僕は肝心な時に何もできないのだなと、そう思う。


 エルが立ち去ろうとしたあの時、僕は何も言えなかった。否、何を言えばよいか分からなかった。そもそも声を掛けるのがより良い事であるのかどうかも分からなかった。


 友達になりたいと願った人物が、まだ手の届く範囲にいたのにも関わらず、僕は行動一つ起こせなかった。


 少しは変われたと思った。テスト一日目の放課後に言うことの出来た別れの挨拶…僕も少しは前進できたと思った。


 けれど…あぁ、結局は…


「あまり自分を責めちゃ駄目だよ、湊音くん」


 下を向く僕に、アリアさんの声が届く。優しく頬に手を回し、軽く撫でてくれる。


「湊音くんがエルちゃんを引き留めなかったのは、何も君が臆病とかだからじゃない。湊音くんなりに、彼女の心根を尊重しようとした結果だよ。決して間違っちゃいない」


「でも…その結果…」


 エルは吸血鬼に酷い目に合わされるのかもしれない、命を奪われるかもしれない。と、言おうとした。


 しかし、その発言をアリアさんは遮って言葉を声にした。まるで僕の言葉を認めないと言わんばかりに。


「結果なんて出てないさ、今はまだ途中だよ。大体、今言おうとした事なんか私が許さないさ」


「アリアさん…」


 僕は震えていた。


 あまりにその言葉が身に染みて、どうしようもなくて、転びそうな僕に、転んでしまった僕に、手を差し伸べてくれるその人があまりに眩しくて、瞳から水分が零れそうなのを必死に我慢していたから。


「まぁ…エルちゃんを見失った私だけどさ、また任せてくれると嬉しいな」


「はい…お願いします…」


 アリアさんの言葉と、頬に触れる手の温度がどうにも暖かくて、先ほどまで抱いていた自分自身への憤りをつい忘れてしまいそうになった。



ーーーーー



 あてもなく吸血鬼を探し街中を疾走している最中、エルはかつて憧れた力と同系統の威光を感じ取った…ような気がした。


 何か確信があったわけではない。予感と言い換えた方が自然かもしれない。


 ともかくその方向へ足を運ぶと、少々人里離れた所に一軒の廃墟へと行き当たった。


 所有者の不明な土地だからか、解体する手間のせいか、どういった経緯で放置されているかも分からないが、ともかく酷く汚れた建物だった。


 割れた窓ガラス、むき出しの鉄筋、黒ずんだ壁など、離れてみても分かるほど廃れている。


 この地にこのような場所があったのかとエルは眉をしかめた。


 そうして導かれるように行き着いた建物、その中に入ってみると、そこで見た光景にエルは目を疑った。


 なんと、その場に全く相応しくない存在であろう天使がそこにいたのだ。


 エルがこの世に生を受け、物心のついた時からの目標、夢が目の前に存在していた。


 大天使だと思っていた父はとっくに堕天していたので、そう言った意味でもエルはこの瞬間に初めて天使を目にした。


 白みの強い長く伸びた煌びやかな薄い金髪に、これまた白を基調とした天使として相応しい衣装を見に纏っている。


 当然、その高貴な存在が目に飛び込んだ瞬間、彼女は感動した。目にするだけで分かるその神々しさ。エルの目指した天使像そのものであった。まさに理想そのままの姿であったからだ。


 しかし、それも数秒後には崩壊する。


 眼前に流れた光景は、四肢を壁に打ち付けられ身動きを封じられた吸血鬼が、天使によって喉を極太の光槍で貫かれるまでの一部始終であった。


 さらに当の本人である天使は、終始独り言をそれなりの声量でつらつらと並べている。


 なにやら悪が許されるには死ぬしかないだの、天使に生まれてきてよかっただの…微かに聞こえるその全てがエルにとって気味悪くて仕方が無かった。


 そうして理想の形であったはずの天使、その行いを陰に隠れて注視していると、どんな心境の変化があったのかは不明だが、唐突に天使の力を最大限に使用し吸血鬼の亡骸を処理してしまったのだ。


 その過程の天使の独り言も要所で聞き取れたが、やはり気味の悪い独自の理論が展開されていてエルの感性ではこれっぽっちも理解できなかった。むしろ畏怖すら覚えた。


 やがて天使は一仕事終えたように祈り終えると、エルの方へと振り返った。


「そこの堕天使、すぐに済みますので出てきなさい」


 心臓が跳ねた。


 比喩だと思うが、いや実際比喩なのだが、エルにとっては本当に心臓が跳ねて飛んだかのように錯覚した。


 鼓動の一つ一つが血管を労わらないほどに力強かった。


 エルは一瞬迷った。逃げてしまおうかと。


 仮に戦ったとして勝ち目はないし、そもそもまともな戦いになるかどうかも分からない。


 吸血鬼を葬る時に見せた天使としての力は圧倒的であった。出来損ないの成り損ないであるエルが到底太刀打ちできる相手では無かった。


 そんな事は分かっている。


 けれど、エルはどうしても天使に言ってやろうと思った。


 かつての目標、目指した夢。その到達点である天使に一言、言葉を投げつけてやろうと思ったのだ。


 エルは一呼吸置いて、天使の前に身を晒す。


「…気色の悪い化け物よ、アナタは」


 エルは失望の中で、小さな一歩を踏み出した。


「堕ちた天使と対話をする気にはなれません…速やかに命を差し出すように」


「ばーか…そもそもお前とは話になんねーわよ…」


 諦める天使に呆れる堕天使。


 あぁ…お父さんは、だから人を愛し堕天したんだな。


 この時にようやく、自身の父親であるその本懐を断片的ではあるが理解した。


 ほんの少し、ほんの数分の出来事ではあったが、エルは既に目前に立つ天使を軽蔑し侮蔑していた。


 アリアが言っていた「ろくなもんじゃないよ」という言葉もこの瞬間になって理解出来た。


「さて…堕天使であるアナタは問答無用で死です。覚悟の必要ありません。ただ死になさい」


 天使は手を組み合わせる。


 途端に大きく偉大であるが、それと同時に仰々しい翼が広げられ、更には天使のリングが出現する。


 あぁ…勝てない。種として格が違う。


 エルは察した。


「人格破綻者が力を持つとこうなるのね」


 せめての思いで、精一杯の嫌味を込めて言葉を投げかけた。手も足も出ないのなら、せめて口だけは出してやろうという最後の意地でもあった。


 しかし、その言葉を聞いた天使はほとほと困り果てたかのような表情を浮かべ、こう言った。


「それはアナタのことでは?貴方は正義の善道から外れ堕ちた外道であるにもかかわらず、天使の力の一端を振りかざす…あぁ!なるほど、これは知っています。自虐というやつですね?」


「……はぁ」


 エルはこの時、初めてそれをため息だと認めた。


「しかしアナタには随分と手間をかけてしまった…本来であればもう少し早くに始末するはずでしたのに…」


 天使は嘆く。


 無駄に大きく無駄に威光を知らしめる羽と輪を携え、光の粒子をまき散らしながら嘆く。


 エルはそれをただ黙って聞くほか無かった。もはや何を言っても意味は無いし、逃げも隠れも出来ないと確信していたから。


 半ば諦めていた。


「ですが堕天使として速やかに死ぬべきだったアナタは僅かに生きながらえた。あの吸血鬼に感謝することですね」


 そして死を持って許しを与える私に対してはより深く感謝するように。と天使は続けて言ったが、そんな事はエルの耳には入ってこなかった。


 それよりも気になったのは、一つの単語である。


「あの吸血鬼…?」


「ええ…彼女は良い。残念ながら悪ではありましたが…」


 と、また天使による独りよがりな独り語りが始まる前にエルは割り込み、ずっと引っかかっていたことを問いただした。


「その吸血鬼は…少年と一緒だったか?」


「ええ、まぁあれは少年などでは…」


 またも語り出しそうな天使を無視し、エルは再び言葉を発した。


「そいつに…衰弱の首輪を付けたのは…お前か?」


 その堕天使の目つきが変わった。


 彼女が思い出すのは、父の書物にある後半のページ。そこに記された悪を打倒するための天使の御業…その一つ。


 取り付けた対象の体力を奪い徐々に衰弱させ、苦しませること無く命を断つという代物。


 それがもし、湊音の首に取り付けられたのだとしたら…


「はい私です。それが何か?」


「…そう、気が変わったわ」


 エルは両腕を大きく広げ、前のめりになる。


 すると酷く濁った小ぶりな天使の羽と、薄く汚れた輪が顕現する。目の前にある完成品と見比べるとそれはもう雲泥の差であったが、そんなことは関係無い。


 彼女はただ、一つの動機の元その体を奮い立たせた。


「来なさい…誰かの為の剣」


 エルの両の手に二本の光の剣が出現する。以前に吸血鬼と対峙した時よりも色はくすんでおり、天使らしい清らかさは無い。


 けれど、今はそれでいい。


「私は、お前が死んでも赦さないわ」


 その堕天使はかつての夢に刃を向けた。

お付き合い頂きありがとうございました。

少しでも楽しめましたでしょうか。

今後の糧になります。感想、評価等よろしくお願いします。

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