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29話「終了」

ページを開いて頂きありがとうございます。

あじたにと申します。

温かい目で見守って頂ければと思います。

 中間テストが終わった。


 あれほど緊張し、あれほど懸命になった事柄であるが、終わってしまえばどこかあっけない。


 無事に終えた安堵感と、結果のわからない不安感の両方を自覚し、言葉にならないむず痒さが残る。


 けれども、かなりの自身があるのも確かであった。


 特に英語は上出来で、全ての問題が手に取るかのように理解できたのだ。これもエルのお陰だなと僕は心の中ではあるが、彼女に対してお礼を言った。ありがとう。


 しかし疲れた。


 体に力を入れるのも億劫で、終礼が終わってもなお机から動けずにいた。


 あたりを見渡せば、すでに多くの生徒が帰宅していたため教室内は閑散としていた。


 残っているのはテストの問題を確認しあう人達と、机でだらける僕、そして…


「お疲れ様」


 ぐったりと机に突っ伏して寝そべる僕の後方から、そんな労いの言葉が聞こえてくる。


 体を起こして振り返ると、そこには僕と違い一切の疲労を感じていないような涼しい顔をしているエルの姿があった。


「おつかれさま…」


 明らかに疲労困憊といった風体で僕は力なく言葉を返す。


 いや、別に僕が特別疲れているわけじゃないと思うんだ。


 やはりテストが終了した瞬間は、クラスの人達はそれなりに疲れている。というか実際に疲れていた。


 その中でエルは御覧の通りで普段通りである。


 天使ってやつは…まったく…


「酷くお疲れね?」


 エルが僕の前にある空いた席に腰を下ろした。特有の金髪が可憐に揺れる。


 少々嫌味っぽい言動をしつつも表情は柔らかい。彼女なりに僕を労ってくれているようだ。


「そりゃもう…エルは全然平気そうだね…すごいや」


「勿論よ。天使としてこんなのはとう…ぜ…」


 言葉を言い切る前に彼女は口を閉じてしまった。どうしたのだろうか、いつもなら自信満々に宣言している場面のはずなのだが。


 …テストで疲れたのだろうか?いいや、やはりそれはあり得ない。


「ま、このくらいはね」


 エルはそう言いなおした。少し表情に陰りがあるように見える。


 天城エルという人物を支える何かが曇っているようにも感じられる。なにか、なにか不安だ。安心できないと言い換えてもいい。


 今の彼女からはいつものたくましくも力強い、頼りになる雰囲気をまるで感じない。


「エル…?」


「帰りましょうか。雨をほら、止んだみたいだし」


 そう言われて窓ガラス越しに外を見ると、先ほどまでは土砂降りだった天気が曇り空を残して落ち着いていた。


 良かった、帰りも雨に濡れるなんてのはやっぱり嫌だからね…


「雨止んで良かったね」


「そうね」


 そう言うエルの表情はちっとも雨が上がったようには見えず、今もなお降り注いでいるかのようだった。


 それを見て僕は、どうしたらいいのかが分からなかった。


 だって、僕はエルの心に差してあげられる傘なんて持ちあわせていないのだから…



ーーーーー



 帰宅路を歩く途中で、僕たちは口先だけのやり取りを何となく繰り返すばかりでいた。


 何処か軸の無い会話をするのは僕の…得意分野ではあるが、エルがそのようなものに身を任せているのはやはり珍しいなと思う。


 本来彼女はそう言ったものが嫌いなはずだ。


 常に心の本心を包み隠さず、時に厳しく時に冷静にと発言するのが彼女のモットーだった…と思うのだが、今日は何処か上の空である。


「テストも終わったし、久しぶりにゲームでもやりこもうかな」


「ええ、いいじゃない」


 …と、こんな感じなのだ。


 いや、特におかしい所は無い。


 無いのだが…普段の彼女ならば「あら、せっかく上げた学力が落ちるわよ」とか「私はテスト前でも読書していたけれど?」とか、妙に嫌味を孕んで言いそうなものなのだが…


 エルが普通の相槌をしているのが妙にひっかかる。


 …やはり何か思い悩んでいる様子だ。


 とうとう、そんな会話すらも途切れて無言の時間がしばらく続いた。


 濡れた地面がぴちゃぴちゃと音を出し、閉じた傘と地面がぶつかり合う音が一定のテンポで鳴り響く。


 雨上がりの匂いがこの時はどうにも不愉快に感じた。


「ねぇ…どうかした…?」


 僕は意を決して口を開いた。


 ここでエルの悩みか何かを聞いたとして、おそらく僕に出来る事は何もないだろう。


 エルの心に降る雨、それを避ける為の傘は持っていない。


 たとえ差せたとしてもそんなのは穴の開いた欠陥品であろう。


 けれど、けれど僕は、ならばせめて隣で一緒に濡れようと思った。それが僕に出来る唯一の事だと思うから。


「特に何も無いわよ」


 ふっと作り笑いをするエル。


 やめて…エルがそんな顔をしたら駄目…


 そんな辛そうな顔、あまりにも似合わない。


 僕は数秒無言を主張したのち、僕はポケットの中にある彼女に貰ったお守りを握ってから口を開いた。


「ぼ…僕は今のエルは、す…好きじゃない…よ…」


 勇気を振り絞ったが、少しどもってしまった。


 普段なら言わない言葉だろうそれは、苦しんでいるエルに対しての精一杯の激励のつもりだった。


 別に、本当にそう思っているわけじゃない。


 誰だって悩むし、それに苦しむものだと思う。僕なんかその最たる例だ。


 でもだからこそエルには早く立ち直って欲しい。そしていつもの様に不敵に微笑んで欲しい。そう思うのは僕のエゴだろうか?


「湊音…」


 僕らしからぬ発言にエルは少々驚いている様子だった。


 珍しく素っ頓狂な表情を見せ、進めていた歩みも止めていた。


「何か悩んでいるなら僕にも教えて欲しい。そ、それでどうにかなるものじゃないと思うけど、それでもエルが一人で抱え込むよりは良いと思うんだ…」


 あぁ…僕みたいな人間がなんて台詞を吐くんだろう。


 少し前の僕なら考えられない、ありえない言葉の羅列だ。


 だけど、僕は彼女が言った言葉を思い出していた。


__私に気を遣いたいなら、私に気を遣わないことね。


 だからこそ僕は言った。本心を、心根の本音を。


 ズボンのポケットに入った、彼女に貰ったこのお守りに降れていると不思議と勇気が出てくる。


 だから僕は言えたのだ。お守りのお陰で、彼女のお陰で。


「随分言うじゃない」


 その言葉を聞いた瞬間は怒らせてしまったかと恐れたが、エルの顔を見てすぐに違うと分かった。


 エルの表情は、先ほどの上っ面だけの顔では無く、心の底から零れたかのような微笑みを浮かべていた。


「湊音に心配されるなんて、私も駄目ね」


「そこまで??」


「冗談よ、悪かったわ。ありがとう」


「そう面と向かって言われると、照れるね」


 この一連の会話だけでもエルの調子が戻ったように感じた。


 それだけでも僕はさっきの言葉を口にして良かったなと思った。


「でもそうね、湊音には伝えておくべきかもね」


 エルは何処か決心したかのように、僕に向き直った。


 僕は固唾を飲んだ。


 エルの口から発せられる言葉が何なのか分からないが、分からないなりに心の準備をし、身構えた。


 そうして、エルは僕の目を見てから口を開いた。


「私はね…実は…」


「ごめん待って…!」


 僕はエルの発言を止めた。


 別に、エルの悩みの種を聞くのに怖気づいた訳ではないし、本当なら最後まで聞きたかった。


 けれども、それを差し引いても無視できない事案が発生してしまったのだ。


 冷汗が一筋頬に垂れる。


 エルもそんな僕の様子を察したようで、神妙な顔つきで「どうかしたの?」と聞いていた。


 僕は、三匹のコウモリが隠れ潜む首元に意識を集中させる。三匹の内の一匹が激しく荒ぶっていた。


 そしてその事が意味するのは…


「近くに吸血鬼がいる」


 僕はその事実をエルに打ち明けた。

お付き合い頂きありがとうございました。

少しでも楽しめましたでしょうか。

今後の糧になります。感想、評価等よろしくお願いします。

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