表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/38

28話「二日目」

ページを開いて頂きありがとうございます。

あじたにと申します。

温かい目で見守って頂ければと思います。

「おきっろ~!湊音く~ん!」


 テスト二日目の朝、僕はアリアさんの陽気な掛け声で気持ち良く意識を覚醒させた。


 朝起きるとアリアさんの眩いご尊顔を拝見することの出来る朝。何とも素晴らしいくも美しい朝だろうか。


 これだけでも今日という一日を活気よく走り出せる気がしてくる。


「おはようございます、アリアさん」


 いつも起こしてくれてありがとう…といった旨を伝えるのは、もはや野暮だろうかと思い最近は口にしていない。


「今日は良い天気!という事はなく、生憎の雨模様だよ」


 言われてアリアさんによって開けられたであろうカーテンの外を見てみると、シトシトと静かであるが確かな質量を伴った雨粒が空から降り注いでいた。


 雨…雨かぁ…


 雨の音は好きだけど、いざ外に出るとなるとやはり憂鬱になる。


「なんだか、ちょっと気分が落ち込みますね」


「まあね、けどそうも言ってられないよ。なんたって今日はテスト二日目!つまり最終日だからね!」


 僕を元気づけるよう、むんっ!と力こぶを作るポーズをして見せてくれる。可愛くもやはり美人である。


 見かけには全然こぶが出来てない。そもそもすらっとしなやかで細やかな線をしているので当たり前である。


 それでもやはり吸血鬼、細い腕でも僕は勿論、大人の人よりも力が強い不思議である。


「そうですね、頑張ります」


 僕は後に控えるテストの時間割を思い出した。


 一時間目に国語、次に理科、そして最後に英語である。


 そう、今日はエルに力を貸してもらった英語のテストがある。


 一週間ほど前に開催した勉強会では勿論、それ以外のちょっとした空き時間などにも僕はエルに英語を教えて貰っていた。


 物覚えの悪い僕に何度も付き合ってくれたエルには感謝してもしきれない。もう本当…何度同じ質問をしたことか…ごめんよエル…


「ふむ、気合十分なのは良いけど、まずは朝ご飯を食べなきゃね。腹が減ってはなんとやら…だよ!」


「はい、ありがとうございます。先に顔洗ってきますね」


「用意して待ってるよ~」


 今回のテストで必ず良い成績を残すぞという、一見特別でもない決意を胸に秘め、この世で一番美味しい朝食をほおばり、学校へと向かった。


 …ちなみにしゃけおにぎりだった。



ーーーーー



 雨は更に激しさを増していた。


 指していた傘からは、雨粒がぶつかる音がどんどんと大きくなっていくのが理解出来た。


 ざらざらと聞こえていた音がザーーと絶え間ない音に変わり耳に伝わる。


 ぽつぽつとした傘から伝わる手ごたえが、ぼぼぼぼと連続性を増していく。


 きわめつけに、視界はまるで壊れたテレビの砂嵐のよう。


 大きめの傘を差していたはずだが、校内に入る頃にはズボンのすそはびしょ濡れになってしまった。寒い。


「おはよう湊音」


 下駄箱の前で上履きに履き替えていると、僕と同じように濡れたエルが立っていた。


「おはようエル…凄い雨だね…」


「ええ、流石に予想してなかったわ。おかげさまで靴下までびしょ濡れ、最悪よ」


「こんな事ならタオル持ってくればよかったや…」


 と言いながら僕とエルは速やかに外靴から上履きへと履き替え、教室の中へと入っていく。傘立てには濡れた傘ですし詰めになっていた。雨の日にのみ見る光景である。


「タオル…ね。あの過保護は?持たせそうな奴だけど」


 エルが発した『過保護』という単語。ほしてその後の語気。


 普段と変わらない様子で言っているように見え、聞こえたが、少し含みを感じた。


 …気のせいかな。


「流石に持ってきてないよ、代わりに大きめの傘を持たせてくれ……あ」


 僕が筆記用具など、テストに必要な物を取り出そうと鞄を開けると、なんとタオルが入っていた。


 流石アリアさん…なんという抜かりなさ…


「げ…マジで入ってるじゃない…」


 それを見たエルはドン引きしていた。


 ふっふっふ…だが甘い…まだ驚きには早いぞエルよ!!


「替えの靴下も入ってるよ…!」


「えぇ…」


 もはやドン引きというよりは困惑している様子だった。


 この時、首元に潜んでくれている三匹のミニマムコウモリ達が高笑いでもするかのように小刻みに震えていた。ちょっとくすぐったかった。


「それはそうと、今日は大丈夫かしら?」


 濡れた部分をタオルで拭きとり、用意されていた靴下に履き替えている時にエルが問うた。


 それは無論、本日のテストの自身を聞いているのであろう。


「大丈夫、自身は……かなりある」


 少し詰まってしまった。


 けれど、今言った発言は嘘では無い。今回の三教科、テスト範囲の勉強にぬかりはない。


「なら安心ね?頑張りなさいよ」


 僕の言を聞いたエルは、短くそう言った。少しではあるが頬が緩んだように感じた。


 …エルの表情筋は少し読み取りにくい。笑っているのか、怒っているのか、それすらも分からない時が多々ある。


 それが、ただ彼女の表情筋が硬いのか、わざと表に出さないようにしているかは分からない。


 本当に憶測であるのだが、僕は後者だと思う。


「それじゃ、頑張ってね」


 エルはそっと時計の方を見て、もうすぐ朝礼が始まることを把握して自分の席へと戻っていった。


 その時に、『エルも頑張って』と言ったのだが『あら、その必要は無いわ』と己が失敗を疑わないようすだった。


 もはや清々しい。やはりエルはエルだなと思い知らされたようだった。


 さて、それはそうと一時間目は国語だ。


 漢字の書き取りも出るんだ、そこだけでも復習しておこう。


 そうして、僕は無駄な足掻きとも捉えられてしまうであろう最後の抵抗に取り組んだ。


「おはよう。さぁさぁ、教科書しまってな~」


 坂口先生の入室とほぼ同時に、チャイムは鳴り響き朝礼が始まる。


 ざわついていた教室が、徐々に静寂を生み出し独特な空気間を作り出す。不愉快な湿度を孕んだ緊張感が、僕の全身を撫でる。


 あぁ、始まる。始まるのだなと、受け入れるしかない事実が眼前に迫る。


 先生が、もはや定型文とも言える諸注意を述べながら、テスト用紙を配っていく。問題用紙二枚に、解答用紙が一枚。


 用紙が全員に行きわたり、再び静寂が顔を出す。


 静かな空間の中で、テスト開始時刻が刻一刻と近づいていく。


 二日目だというのに、慣れない。


 誰かの息を吸う音、シャーペンの軽い音、用紙を整える音。


 ため息を吐く者、天井を見上げる者、伸びをする者。


 そうした雑音もやがて落ち着き、土砂降りの雨の音のみが空間を支配した。


 がたがたと、風で窓枠が揺れる。


 生唾を飲み込む。ゴクリ、と音がやけに大きく聞こえた。


 ……あ、まずい。かなり緊張している。


 おかしい、昨日はここまで酷くなかった。


 落ち着いて、落ち着いて。ダメだ、緊張を自覚してしまうとどうにも制御が効かない。


 せっかくエルが、アリアさんが勉強に協力してくれたのだ。ならば僕は全ての力を出し切らなければならないのに…


 脂汗が生え際に滲む。焦りと恐れが身体を循環していく。


 やっぱり…僕はやっぱり……


 そう、思考が限りなくネガティブな方向へと向かい始めた時だった。


 コンコココンッ


 静かな教室に、乾いた打音が響いた。


 この音は…エルだ。彼女のテストが終わったことを知らせる軽快な音。


 それが何故…?まだテストは始まってすらいないのに。


「こほん」


 教室の左後方、窓際の主人公席の方向からそんな軽い咳払いが聞こえてきた。


 テスト開始前故、後ろには振り向けない。けれど、確かにそれはエルのものだった。


「落ち着きなさいよね」


 その控えめな咳払いで、そう言われたような気がした。


 先ほどのシャーペンの音が、控えめな咳払いが、僕の心の震えを収めてくれた。


 先ほどまで体を支配していた焦りや恐れは身を潜めた。


 脂汗も先ほどよりもマシな気がする。


 僕はペンと机をコンコンと鳴らし、それを簡単なお礼とした。気持ち、頭を下げながら。


「ふぅ…」


 やれやれ、とこの時エルは息を吐いていたが、それはあまりにも小さな音だったので、雨音にかき消され僕の耳には届かなかった。


 ともあれ、エルのお陰で緊張はちょっぴりほぐれた。


 ありがとうエル。やっぱり彼女は優しい天使様だ…!


 僕はまた、生唾を飲んでみた。さっきよりも大人しい。もう、平気だ。


 静かに、深呼吸をする。


 僕が二度繰り返したのち、チャイムが全てのクラスに鳴り響いた。


 一斉にテスト用紙が表へと返される。


 そうして僕は、ペンを紙へと走らせた。


お付き合い頂きありがとうございました。

少しでも楽しめましたでしょうか。

今後の糧になります。感想、評価等よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ