18話「吸血鬼VS天使」
ページを開いて頂きありがとうございます。
あじたにと申します。
温かい目で見守って頂ければと思います。
人間を圧倒的に超越する存在、天使と吸血鬼。
その二名が相対してから一体どれほどの時間が経過していただろうか。
湊音という少年の扱いと正義とは何かについての問答を経て、再び両者は沈黙を主張していた。
…が、お互いに臨戦態勢。
「………」
天使は天に祈りを捧げるかのように両手を組み合わせ、なにか鳥類に例えられそうな白い翼を大きく広げている。
だが、それを鳥類などという獣風情にあてはめられる事をその天使は許さないだろう。それほどに光々しく、また神々しくもあった。
加えて天使の頭上には白く光を発している輪っかがふよふよと浮いている。
天使といえば誰しもが想像する天使のリングが確かにそこに存在しているのだ。
祈りを捧げる姿勢を取る天使、だがその視線は対する吸血鬼を見据えている。
視線にて場を制すかのように、視線にて相手の制御するかのように。
それが数多の悪と、命のやり取り…いわば殺し合いをしてきた天使の死線をくぐる為の術であった。
「………」
それに対して吸血鬼、アリアもまた巨大で黒い羽を広げていた。その羽を何かに例えるのは非常に難しい。
コウモリのそれとは当然似ているのだが、まったくもって異なる物のように見える。
まず厚さが違う。普通、動物や虫などの羽は空を飛ぶために軟弱と言っていいほどに薄い。
…が、吸血鬼のそれは違う。雑に厚い。そして骨組み部分に当たる箇所も太い。
おそらく、生半可は刃物などは貫通はおろか傷を付けることすら至らないだろう。
そして吸血鬼のもう一つの異質さ、それが発達した牙とも言える八重歯である。
戦闘態勢に入った吸血鬼の八重歯は、この世に存在する猛獣の持つあらゆる牙よりも強固で鋭い。
大きさだけならば匹敵する獣もいるだろうが、それは問題の争点にはなり得ない。
なにしろそれは、吸血鬼の翼を唯一噛み破れる牙…凶器なのだから。
そしてアリアはその牙を剥きだしにしたり、威嚇などの行為はとらない。
威嚇とは元来、自身を大きく見せる事によって強者を退ける、いわば弱者が生き残る為の苦肉の策である。
ならばアリアはその策を使う必要は無い。
数時間前の肉体的に落ち込んでいた状態ならまだしも、今の彼女は完全無欠の吸血鬼。圧倒的強者であり、圧倒的勝者でもある。
そしてそれは、天使としても同じことであった。天使もまた、正義の使者として圧倒的な力を持つ存在である。
両者の間には何もない。言葉も交わさず目線を交わすのみ。
日も沈み、月がとうとう夜の星空の頂点に上り詰める時間。
少々欠けた月から発せられる光によって大地は照らされている。
そんな中、名前も知らない昆虫が甲高い音で鳴いている。
吹き付ける風が、耳をくすぐり風切り音を置いて行く。
その風もまた、周りの木々を小刻みに揺らし葉と葉が重なり合う音が響く。
自然の中の一角。二人の耳に入る情報はそれくらいの物であった。
それ以外は何もない。ただ二人は沈黙し、その静寂に身を置いていた。
そんな中、アリアは右の腕を軽く上げた。
何かするつもりだ…と注視する天使の視線を感じながら、アリアは自身の身体から一匹のコウモリに分裂させ、一本の小さな漆黒のナイフへと変形させた。
「……ふッ」
そしてそれを、天使の右眼球目掛け真っすぐと投げつけたのだ。
薄暗い中投擲された漆黒のナイフは、気を抜けば闇に紛れて見失いかねない。だが、それを見失うほど天使という生き物は甘くない。
当然、たった一本真っすぐに投げられたナイフを難なく避ける。
が、一難去ってまた一難。
この場合、投げられたナイフが最初の一難。では次の一難とは?
「…ッ」
ナイフの投擲に乗じてアリアが天使に向けて急接近しており、さらには右手に身体を変形させて作り上げた刃渡り三十センチほどのナイフが握られていた。
その接近する速度は、先ほどのナイフを軽く上回っていた。
速いッ!…と思った時には既に…ナイフは今にも天使の胸部を突き刺そうという距離にあった。
…戦いとは、激的で劇的な結末を迎えることが多々ある。
長い時を経ての決着だとか、激しい心理戦を勝ち抜いての勝利だとか。はたまたは敗北したその後に報復を果たすだとか。
だが、全ての戦いがその限りではない。
以外にも呆気なくも、味気なくも終わる時もあるのだ。
__まぁ、今回がそうとは限りませんがね…
天使は笑う。目も前に迫る死を認識しておきながらも不敵に笑ってみせたのだ。
その時、天使のリングが一段と輝いたその瞬間であった。
「くッ…」
アリアの握るナイフが弾き落とされた。
その事実を受け入れたアリアが天使の方へと目を向けると、ナイフが何によって弾かれたかがすぐに分かった。
天使の右手には、光の塊のようなものが握られている。
おそらく剣であるそれは眩く光を発しており、この薄暗い中では動かすたび光の残像が目に残る。
かつて、エルが吸血鬼と戦う際に顕現させた光剣よりも清くあり、美しくもある。
混じりっけのない純粋な天使により作られた最高峰の光剣が、その手には握られていた。
「大層な物だね。クソ天使には勿体無いくらいだよ」
「そのクソ天使が生み出してるのですが」
天使は笑う。その光剣を手にし、自身が満ち満ちている。
が、アリアも薄く笑みを浮かべた。
不審に思った天使が、笑みを消して再び警戒の意を示す。
それでもなお笑みを浮かべる吸血鬼の姿を見て、天使はその違和感にようやく気付いた。
「これは…」
天使は驚きと同時に周囲を見渡した。
気づけば小さく黒い何かに球形に包囲されていたのだ。
「もう逃げられないよ」
アリアが低く、重たい声色で言う。
先ほどの一連の攻撃は、天使の命を狙って行われたものでは無い。
全てはこの網を完成させるための布石だったのだ。種は二人が相対してから既に巻かれていた。
天使に感づかれないよう少しずつコウモリを分裂、そして死角に配置したのち、奇襲攻撃に紛れて包囲を完成させる。
アリアはコウモリを分裂させ配置するのが難関であると考えていたが、薄暗い空間に黒いコウモリは目立ちにくかったため特に問題は無かった。
「おや、二人きりの空間とは…ドキドキしますね」
「おえ。最悪」
アリアは不愉快な顔色を浮かべる。
「これからが本番、という訳ですか」
天使がその大ぶりな光剣を緩く振り回しながら言った。
光の残像がアリアの目に不要に残る。
「命の取り合いに本番もなにもないとは思うけど」
「気分というやつですよ。気分」
「あっそ」
包囲され逃げ場を失ったというのに天使の舐め腐った態度は変わらない。
それが自信の表れなのか、アリアの気分を害する為の戦術なのかは見分けがつかなかった。
ただ、まるで緊張感の無い。今まさに殺し合いをしているというのに、その自覚がまるで無いようにさえ思えるほどだ。
対するアリアの返答も冷たいままであった。天使という存在とまともにやり取りをするだけ無駄であるからだ。
「では…改めて始めましょうか」
…と、天使が言おうとしたが発言は中断された。
「…ッ」
代わりに苦悶の声が漏れて出た。その声は困惑を孕んであり、何が起きたか把握しきれていないようだった。
唐突に背中を刺されるかのような激痛が走ったのだから無理もないだろう。
否、刺されるかのよう…ではない。事実として背中に何かが刺さっていた。
天使は背中に手を回し、それを抜き取り確認する。
それは…漆黒のナイフであった。しかし、ただのナイフではない。柄の部分からコウモリの羽が生えている。
その特異な形状を見た天使は、ある事実を認めるようにため息をついた。
「既に、詰んでいたわけですか…」
「まあね。本番も何も、もう終わり。辺りを包囲しているのは私の身体を分けたコウモリ。そして私は身体の形状を弄れる」
ま、そういう事だよ。とアリアは言う。
つまりアリアは覆い囲んでいるコウモリを自在に変形させ、どの角度からでも天使に攻撃が可能という訳である。
コウモリをナイフに変え一斉に掃射しても良し、丁寧に死角を突いても良し。
この包囲網に掛かった瞬間にアリアの勝利は確定していたのだ。
「…参りましたね」
天使の薄ら笑いが、ようやく消えた。
お付き合い頂きありがとうございました。
少しでも楽しめましたでしょうか。
今後の糧になります。感想、評価等よろしくお願いします。




