表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/38

17話「正義とは」

ページを開いて頂きありがとうございます。

あじたにと申します。

温かい目で見守って頂ければと思います。

「もちろんです」


 その言葉を残し再び眠りについた少年を前に、一人の吸血鬼はジッと座っていた。


 自然と自身の口から出た言葉「血を、吸わせてくれないかな」という一言、それがどうして言えたのかが分からなかったからだ。


 あれほど躊躇してきたのに、あれほど湊音を傷つけまいとしてきたのに、あれほど我慢してきたのに、あれほど…あれほど…あれほど…


 何故だか涙を流すその少年を目にした時、無意識に口に出ていたのだ。


 分からない、分からないが一つだけハッキリしていることがあった。


__私はただ…


 アリアはただ、湊音に泣き止んで欲しかっただけなのだ。


 ボロボロと大粒の涙を静かに落とす少年にただ泣き止んで欲しい、泣き止んでいつものような笑顔を見せて欲しいと思った。


 そうして口にしたのがあの言葉だったのだ。


「君があんなに泣いたのは、母親が亡くなった時以来かな」


 その吸血鬼は眠った少年の髪に触れる。


 どこか安心したように眠るその顔を眺めていると、唐突に自身の思考が整理されていき一つの結論に至った。


「私は、信条を守るために君の心を蔑ろにしていたのかもしれないね」


 その声は妙に落ち着いていた。


 太陽の影響による不調は変わらない。本当ならば今すぐにでも倒れこんでしまいたいはず。


 しかし、そんな状況でもその吸血鬼は少年の髪をもてあそび愛でる事を止めなかった。


 アリアは普段は見せない八重歯をあらわにさせ、湊音を傍に抱え寄せた。


 この時湊音の表情は少し緩んでいた。睡眠状態であってもアリアの香りが感じられ、それを心地よいと感じたからだろう。


「いただきます」


 少年の首元へと、美食家が一流のコース料理を堪能するかのように緩やかに近づいてゆく。


 登山の時に多くかいたであろう汗と先ほど流した涙の香り、その両方がその吸血鬼の食欲を掻き立てる。


 そして…新たに湊音の中から沸き立った異様な匂いがその吸血鬼の鼻孔を激烈に刺激した。


 到底一人の人間が出してよいものではないそれは、空腹の猛獣の前に差し出された鮮血まみれの生肉さながら…アリアの奥に眠っていた吸血鬼としての本能が呼び起されていた。


 普通の吸血鬼ならば、欲望のままに湊音の血を一滴残らず飲み干してしまう。そんな状態だった。


 興奮状態に陥ったため心拍数が上がり、吸血鬼としての本能が早く食べてしまいたいと疼き、口の中で多くの唾液を分泌させた。


 が…アリアはそれを理性と共に飲み込んだ。


__待て、違う。


 ばちん、と音が鳴る程の勢いで手を口元に当てた。


 アリアは思い止まった、本能を寸前の所で押し殺したのだ。


 危ない、これはただの食事ではない。


 この差し出された柔肌を貪るのは湊音の心を汚す行いであると、アリアはそれを固く禁じた。それでは他の低俗な吸血鬼と同じになってしまうからだ。


 ならば、アリアはこの行為の時なにを思うのか?


__君を守る、その為に血を貰う。


 この吸血行動は「天使を打倒し湊音を救う」と決意を示す意思表示だ。


 一度、深く息を吸った。自分自身の決意を固める様に、大きく吸った。


 そうしてアリアは、全身のぬくもりが伝わるように湊音を抱きしめた。


「温かい」


 心が落ち着いて行くのが分かる。吸血鬼としての本能が引いて行くのを実感する。


 今一度、少年の顔に目をむける。


 安らかに眠っており、その表情はどこか安堵感が見て取れる。


 それを見たアリアもまた、釣られるように安堵した。


「ありがとう、湊音くん」


 少し口を開き、少年の体温と鼓動を感じながら勿体付ける様に近づいた。


 その距離は徐々に狭まり、アリアの吐息が少年の肌に当たり少し湿らせる。


 ようやく、八重歯が優しく少年の柔肌に触れた。


 くすぐったいのか湊音がピクリと反応する。


 アリアはそのまま、抱擁でもするかのように……



ーーーーー



 太陽は既に身を隠し、代わりに月が全身をその輝きを遺憾無く発揮するかのように晒していた。


 そんな月光が照らす中、天使はただ立ち尽くしていた。


 場所は先ほどまでアリアら二人がおにぎりを食べていた見晴し台。


 その中心に何を言う訳でもなく、何をするわけでもなくただ立っていた。


 まるで誰かを待つように。


 天使は予感していた。確信と言い換えてもいい。あの吸血鬼は必ず自分の前に姿を現すと。


 そうしてどれほどの時間待ち続けただろう。十分か、三十分か、一時間か。


 どれにせよ、天使にとってはどうでもいい事だった。


「おや、思ったより早かったですね」


 天使は振り返った。


 そこには先ほどまで満身創痍だったはずの美しい吸血鬼が立っていた。


 だが、傷が治っている事や気力が回復していることを天使は不思議には思わなかった。血液を補給したのだろうと容易に察せたからだ。


「やぁ、クソ天使」


 なんて無表情のまま暴言を吐くのだろうと天使は思った。


「クソとは…酷いですね」


 やれやれと言った様子で頭を横に振り、薄い黄金色をした長髪が少し揺れる。


「湊音くん…あの男の子の趣味の悪いチョーカー外してくれない?」


 アリアは据わった目線で天使を貫く。


 天使はその鋭い眼光に若干身震いをした。目線一つでこれほどまでの敵意をむき出しに出来るのかと驚いたのだ。


「それは出来ませんね。彼には必要な物ですから」


「あぁそう。ならいいや」


「おぉ!理解してくれますか!やはり貴方は救いのある善き吸血鬼なのですね!」


 そう言った天使は両の手を組み、ぶつぶつと独り言を喋り始める。内容はよく聞こえないが「救済」や「正義」などの単語が辛うじて聞き取れた。


 アリアは大きな乾いた舌打ちをしたい気分だった。


 目前の吸血鬼の気色悪さに心底嫌気がさしていたのだ。


 まるで話の通じていない手ごたえの無さ。かみ合わない意図。ズレた返答。


 本来ならば即刻で攻撃に入り実力行使で言うことを聞かせたい所なのだが、アリアには一つだけ問いただしたい事があった。


「…正義って結局なに?」


「気になりますか素晴らしい心がけです!天使である私から直接聞けるなどこれほど贅沢な事はありませんよ!」


 御託はいいから早く話せ。とアリアは内心で少々の苛立ちの念を覚えたが、話が進まないのでグッと堪えた。


「天使が掲げる正義、それは人間の幸福です」


 両手を大きく広げ、壮大な様子でその天使は言う。


「幸福な人生のため、私たちは悪から人間を守っているのですよ」


「耳障りは良いね」


「でしょう?」


 天使はアリアの嫌味に微塵も気付いていなかった。


 アリアは天使と人間との感性のズレを改めて再認識した。


 そうして天使は続けた。まるで熱心な教徒に教えを説く教祖のように言った。


「なのであの少年は始末せねばなりません。あれは将来的に多くの人間を不幸にしますから」


 湊音という少年が将来人を不幸にする。


 この文言をアリアは否定しない。


 何故ならそれは動かぬ事実だから。


 だが、アリアにとってその事実は湊音を見放す原因にはなり得ない。


「多くの人が不幸にならない為に、一人の少年を殺すんだね」


 深く重い声色で、天使に言う。


「そうです、ご理解いただけましたか?」


「理解はしたよ。でも許容はしない」


「何故です!?先ほど貴方は私の思いに答えてくれたではありませんか!」


 天使は感情を高ぶらせ声が上ずっている。


 覚えのない事を言われたアリアは空を見上げた。会話が成り立たねー…と怒りを超えて呆れていた。


 それも数秒で気持ちを切り替え、一拍置いて口を開いた。


 アリア自身の主張を天使に伝えるために。


「私は貴方の考えには賛同できない。私は、あの子を守る」


「その結果大勢の人間が不幸になっても?」


「構わない」


 アリアは軽く笑って見せるが、その目は少しも笑っていなかった。


 それを感じ取った天使は、吸血鬼の発言が全て本気であることを認識した。


「愚かですよ、アナタ」


「吸血鬼はね、そういう生き物なんだよ」


 そうして静かな夜空の元、二人は静かに近づく。


 片方は神々しい光を放ちながら、もう片方は暗い闇を広げながら…


 今、この静寂の時が終わろうとしている。

お付き合い頂きありがとうございました。

少しでも楽しめましたでしょうか。

今後の糧になります。感想、評価等よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ