15話「山登り」
ページを開いて頂きありがとうございます。
あじたにと申します。
温かい目で見守って頂ければと思います。
「ゴールデンウィーク二日目!何して遊ぶ!?」
時刻はお昼。
朝食を簡単に済ませて僕たちは今日という一日をどのようにして過ごすかを考えていた。
「釣り…山登り…悩ましいですね」
顎に手を添えてつい考え込む。
昨日は結局夜のお散歩の後すぐに寝てしまったため、今日こそは全身全霊でこの大自然を楽しみたい。
ならばこそ、何が最善の遊びかを導き出さねばならないのだ!!
「今日は天気が良いからねえ!なんだって出来るよー!」
アリアさんの言うように今日は本当に天気が良い。
雲一つない晴天だ。
空の一番高いところへと登ったお天道様は元気にこの大地を照らしている。
…あれ、ちょっとまてよ??
「あっ太陽!!太陽が出てますよ!?」
大変明るい外を指さしながらつい大声を上げてしまう。
旅行気分に浮かれて重要な部分を見逃していた。
これだけ晴れてしまっていては吸血鬼であるアリアさんは外で活動が出来ないではないか!!
せっかくの休日!せっかくの旅行が!
「ふっふっふ……心配無用…」
当の本人はわざとらしく肩を揺らしながら笑っている。
まさか…何か秘策が…!?
「私をそこらの軟弱吸血鬼と一緒にされては困るね湊音くん!!」
「おぉ!」
「こうして…日焼け止めをこれでもかと塗り込んで、遮光帽子とアームカバーを付けて肌の露出を減らすとぉ…」
「おぉ…?」
「これで吸血鬼の私でも外に出られるのさ!!!」
「大丈夫なんですかそれ!?!?」
数多の日焼け防止用品を見にまとったアリアさんは、高貴な吸血鬼というよりは農作業をするおばさまのようになっていた。
というか吸血鬼の弱点ってこんな形で克服出来るものなの…!?
「あとは塩分と水分補給を欠かさなければ平気なんだなこれが」
ただの熱中症対策みたい…
実際、アリアさんが言うには吸血鬼は日光に当たると瞬時に重度の熱中症になりそのまま苦しんで命を落としてしまうそうなので、この対策も理にはかなっているのだろうが…なんとも不安である。
「よし!それじゃあ何処に行くか決めちゃおう!!」
忘れていた、本来それを決めようとしていたのについ話が脱線してしまった。
改めて考えてみると明確に行きたいところがわからない。
むむ…どうしたものか…
「もし候補がないなら、見せたい所があるんだけどどうかな?」
人差し指を立ててそんな提案をしてくれた。
アリアさんが僕に見せたいもの…気になる…!
「行きたいです!!」
「よぉし!なら少し歩くからね、準備して行こうか!」
「はい!!」
そうして僕は連れられるままに、アリアさんが見せたいと言う場所まで向かったのだった。
ーーーーー
「アリ…アさん……まだですか…?」
そうして山登りが始まって一時間ほど経っただろうか。
アリアさんの言う地点まではしばらく歩いたが、まだ到着しないようだ。
「もうちょっとだよ!頑張って!」
声援が聞こえてくる。
アリアさんは万が一僕が転んだりしても大丈夫なように、僕のすぐ後ろで見守ってくれている。
途中から荷物は全部持ってくれたし、喉が渇いたと思ったその時に水分を渡してくれる。
そしてもう歩けない!となる少し前に小休憩を挟んでくれたりと、完璧なサポートをしてくれている。
怖いね。過保護というよりエスパーだね。
「はぁ…はぁ…」
あたりを見渡すと生い茂る草木に囲まれており、一歩踏み締める事に土の潰れる音が鼓膜を刺激する。
木々を駆け抜けてくるそよ風は火照った体を心地いい温度に戻してくれる。
ひとたび深呼吸をすれば緑と土の香りが胸いっぱいに埋め尽くす。
……といったように最初は情緒的に楽しめていたが、今ではそんな余裕は消え失せてしまった。
「ひぃ…ひぃ……」
情けなく息を切らして一歩一歩苦労して足を踏み出す。
太ももがッ…痛いッッ…!
運動には多少自信があったのだがこの体たらくである。
足場を確認するため下を向きながら歩いているのだが、大粒の汗が滝のように流れおちるのが視界に入る。
すご…これ全部僕の汗か…
そう困惑ともとれる感心をしている時だった。
「見えてきたよ!」
アリアさんの声で反射的に頭を上げると、そこには大自然の中で少々浮いている見晴し台があった。
「わぁ…あれが……ひぃ…」
ようやく目的地に着いた喜びと、もう歩かなくて良いのかという安堵感が入り混じって変な声が出てしまった。
「あそこまでもう一踏ん張り!」
そうして僕はようやくの思いで目的地へと到着した。
その見晴し台は木で出来ており、少しの階段を登ることで景色を眺めることが出来るようになっていた。
この、あとちょっとの階段がすごいしんどい。なんかふくらはぎも痛いよぉ…
と、なんとか残った体力を振り絞って登るとそこには…
「わぁ…!!」
絶景が一面に広がっていた。
大自然の一角から覗けるその風景は、いつも立っている地面がはるか下にありそしてそこに建つ家なども小さく見える。
車なんて豆粒がちまちまと動いている様に見えるほどだ。
なんだか自分が大きくなったかのような錯覚を覚えた。
「気に入ってもらえた?」
「はい…はい!凄いです!!!」
僕はつい嬉しくなって、木々を通って響くくらい元気な返事をした。
その返答を聞いたアリアさんもなんだが嬉しそうにしていた。
先程までは煩わしいと思っていた汗が、すでに心地良い。
空気の高いところで吹く風はなんだかいつもよりも楽しげだった。
アリアさんと空の旅をしたりしたけども、それとは全く別の嬉しさあった。
きっと達成感もあるのだろう。
「これ、作ってきたから食べよっか」
そうして差し出されたのはラップに包まれたおにぎりだった。
見晴し台に設置された小さな椅子に僕らは腰掛け、景色を見ながらそれを頬張った。
「梅だ…!」
つい笑顔になる。
おにぎりの具材は塩味の効いた梅干しだった。
普段ならかなりすっぱく感じるが、大量に汗と水分を失った今の体はその味を喜んで受け入れた。
酸味の強い味が隅々まで染み渡る感覚は、また新しい体験だった。
それにお米と梅との味覚を楽しみ、絶景を見る。なんて贅沢なのだろう。
「楽しい?湊音くん」
優しい眼差しの奥にどこか不安感を隠しているような…そんな顔をして聞いてきた。
なんだか最近、アリアさんがこの手の質問をする頻度が高い気がする。
なんだからしくないなぁと思いながら僕は決まりきった返事をする。
「楽しいです、とっても!」
それに対してアリアさんは短く『良かった』と言い、再びおにぎりを口にした。
この時、僕の首元に隠れているコウモリ達の体温が少し冷たくなったのは気のせいなのだろうか。
はたまた僕の汗が風に冷やされたせいなのか、それはわからなかった。
ーーーーー
「うおー…!下山!!!」
最後の力を振り絞ってなんとか地上に戻ってきた。
すぐさまポツリと設置されたベンチへとへたり込むように座った。
登るのとは別の力を使うから、また別の疲労感があるんだ…知らなかったなぁ…
足の筋繊維が泣いてるよ…
「お疲れ様、大丈夫?関節が痛んだり頭がくらんだりはしてないかな…?」
言いながら体の節々を触りながら確認をしてくれる。
アリアさんなら自覚症状が出る前に気づきそうだなぁと体の疲労感に耐えながら思った。
それにしても、気持ちの良い疲労感だ。
学校の体育とかでも疲れたりはするけれどもそれとは別な、もっとなにか特別な感覚だと思う。
「良かった、何処か痛めたりは無さそうだね。体調も疲れてるだけで脱水や熱中症も無さそう」
僕の体をくまなく調べた後、アリアさんは安心したように言った。
相変わらず大袈裟だな、と思った。
けれどもありがたいな、嬉しいなとも思った。
それにしても何だか瞼が重い。
体に脱力感が広がり、自分ではもうどうすることも出来ない。
「少し休憩したら戻ろ……あれ?湊音くん?」
___アリアが気づいた頃、既に湊音は意識を落とし夢の中へと入っていた。
初めての山登りでの肉体的疲労は勿論だが、心身ともに充実感や充足感、そして満足感が争う事なく湊音を眠りへと導いたのだ。
「しょうがないなぁ」
アリアは満足げに眠りこけた愛しの少年を見つめ、優しく微笑んだ。
やむ負えなく強引に湊音をおぶったのだが、やっぱり起きることは無かったので相当疲れている事がわかる。
「楽しかったな…」
落ちかける太陽により、赤く色づいた空を見上げて今日という一日を思い出した。
それは、山に登る時や絶景のことではなく、湊音の苦労する姿や喜ぶ表情の事であった。
今回の四連休、それを利用した小旅行。
アリアの目的はただ一つ、湊音に全力で楽しんで貰うことのみであった。
そのため本日の山登りは成功と言えるのではないだろうか。そうアリアは確信していた。
「…ふぅ」
しかし疲れたな…という意思を含んだため息がアリアの口から溢れて落ちる。
「久々の日光浴は染みるなぁ…」
湊音を前にしていたため平常を装ってはいたが、実はアリアの身体は限界に近かった。
それは吸血鬼の弱点である太陽光を長時間に渡り浴び続けた事によるものだ。
様々な日焼け止め用品を見に纏とったところでその致命的な弱点が克服出来るはずもなく、徐々に太陽はアリアの体を蝕んでいたのだ。
それももう一踏ん張りだ。アリアは前を向いて歩き出した。
…そうして数十分歩いた頃だろうか。
アリアは嫌な違和感を感じていた。
二分ほど前から誰かにつけられているのだ。誰かはわからない。だが、確実にバレないようアリアらの後ろにいる。
新手の吸血鬼か?そう警戒したが、まだ日光も出ているためその線は捨てた。
アリアは他の吸血鬼よりも訳あって日光への耐性を獲得している。
だが他の吸血鬼はそうはいかない、普通であれば太陽光に当たる事すら致命的になりかねないのだ。
背後に潜む輩が何者かわからないが、アリアの心境は思考は単純だった。
もし湊音くんに危害を加える輩はぶっ殺す…ただその一点のみだった。
そうしてしばらくは硬直状態が続いた。
姿が見えない以上アリアは下手に動けなかったし、さらには湊音を起こす事も不本意だったため大きな動きが取れずにいた。
しかし、そろそろ古民家に到着してしまうといった距離になりとうとう痺れを切らしたアリアは口を開いた。
「誰か知らないけど、後つけるの辞めてくれないかな?」
そうして振り返った時だった。
なんと一歩後ろという距離に人がいたのだ。
「な…」
アリアが困惑を声にして溢したと同時に、勢いよく離れた。
再びその得体の知れない奴の人物像を確認するが、アリアはその容姿の特徴が何者かであるか知っていた。
「おや、気付かれていましたか。これは不覚…ふふふ」
薄気味悪い奴だ。とアリアは思った。
「…お前天使か」
「おぉ!ご存知でしたか!貴女は善き吸血鬼のようですね!!いやはや私、感動の意を示さずにはいられません!」
アリアが天使だと認識できたのは奴の全体像にあった。
背中辺りまで伸びる気味の悪いほどに薄い金髪に、映るものみな不愉快にさせる青い双眸。
そして白をベースとした趣味の悪い衣装。
それはアリアの知る天使像に合致していた。
「クソッタレ天使様が何の用で?」
アリアは口調とは裏腹に、全神経を持ってその男を警戒していた。
何故なら、天使にはロクなやつがいないとその長い命の経験をもって認識しているからである。
「特にこれといった用はありません、ええありませんとも。本当に些細な微細な繊細な用事でありますとも」
面倒な奴だ…とアリアは心の中で舌打ちをした。
そんなアリアを横目に天使は大袈裟な動きで指をさした。
それはアリアの背中で未だ眠りこけた湊音を示していた。
そして天使は一言こう言った。
「その悪を排除します」
アリアは舌打ちをした。
お付き合い頂きありがとうございました。
少しでも楽しめましたでしょうか。
今後の糧になります。感想、評価等よろしくお願いします。




