4話 宇宙人に出会う前に読む本
「君嶋君ってなんか変わってるよね?」
「え・・。そうかな? 普通だと思うけど。」
「いやいや、変わっているよ。少なくとも普通じゃないよ。」
「・・・・。」
急に僕こと君嶋蒼をディスってくるのは、今日も今日とてだるそうにしている藤崎美桜さんだ。そしてここは、県立石山高校の図書室で、いつものように僕と彼女は来ない図書室利用者を待つ間に会話を続ける。
「いや、だからさ、君嶋君は変わっているって。」
「えっと・・。どこら辺がかな。」
「これっと言ってないけど・・。強いて言うとこんな地味で対して成果にもならない仕事を文句ひとつ言わずに続けていることとか。」
「その理論だと藤崎さんも変わっている人になっちゃうけど。」
「私は結構文句を心の中で言っているから大丈夫。『あー外に遊びに行きたい・・。』」
「すごい、どこから声を出しているのそれ?」
「だから心の中だって。私心の中にリトル美桜ちゃんがいるから。品行方正で超絶美人な藤崎美桜は仮の姿で本当の藤崎美桜は心の中にいるのだよ。」
「マジか。本当の藤崎美桜さんはどんな人なの?」
「品行方正で成績優秀で超絶美人な人。」
「あっそうですか。そこのさっき返却された本とってもらっていいですか?僕しまってきますよ。」
「ありがとう。優しいねっって、おい!」
一人ノリツッコミが図書室に響き渡る。図書室で声が響くってどんな状況だ。
まあいつものように誰もいないからいいか。
「私の渾身のボケをスルーするな! ツッコめよ!」
「えっ。でも品行方正で成績優秀で超絶美人でしょ? ぼけたの? どの部分?」
「いや、そこだよ、そこ!『自分で言うな!』とか、『心の中で文句言ってるなら品行方正じゃないじゃん、思ってるじゃん』とか、『心の中の私ってなんやねん』とか、どこでもツッコめるでしょ!簡単でしょ!初級編だよ!?」
「いや、僕その授業履修していないんで・・・。僕にはちょっと難しいかなって。」
「友達とか家族と話してて、そういうのって勝手に身につくじゃん!」
「友達も家族も・・・。」
「えっ・・。あっごめん・・。あのさ、私は・・その君嶋君のこと、」
「まあ普通にいるんですけどね。」
「・・・結構・・。っているんかーーーーーい!」
楽しそうだな。今は誰もやっていないであろう、オーソドックスに相手の胸に手の甲を当てるツッコミを虚空に向かってやっている彼女を見ながら思う。
「ぜえぜえ・・・・。 結局私が突っ込んでいるやないかい。」
「さすがツッコミマスターの藤崎さん、お笑い芸人もいけるんじゃないですか?」
「いや、芸人ってそんな簡単なものじゃないから。舐めないでくれる?そもそもお笑いってのはね・・・。」
思ったより、芸人愛が強いようだ。
その後、体感では三十分かけて、お笑い芸人の歴史から、今のお笑い芸人の特徴、そういえば今、第七世代と呼ばれていた芸人ってどこにいるんだっけ?の話まで熱弁していた彼女はふと我に返ったように僕を見て、ゴホンっと咳払いする。
「失礼。私ちょっとお笑い芸人が好きで、熱が入ってしまったよ。えっと、私何の話をしようとしていたんだっけ?」
「環境問題についてだね。紙ストローの意義とかについて話そうとしていたよ。」
「ぐっ、ちょっと興味があって話したいことではあるけど、絶対に違うから今日は割愛!君嶋君が無表情の時は、私を転がして遊ぼうとしているからね。私わかってるよ。」
やばい、ばれてた・・・。
逆に言うと僕に転がされるとわかっていて付き合ってくれているのか。彼女の度量の高さがうかがえる。
今度から笑顔でやってみよう。
「あっそうだ、そうだ。君嶋君は変わっているよって話だ。」
「うーーーん、変わってるかな? 自分ではピンとこないね。」
「絶対変わってるよ。私が言うんだから間違いない。
「そうかな。でも僕からしてみたら、藤崎さんも変わってるよ?」
「えっっっっっっ?」
「いや、そんな宇宙人を初めて見た時のような顔されても・・・。」
「いやいや、私は変わってないよ? 普通だよ? 普通日本代表だよ? 普通=私の方程式もあるくらいだよ?」
「代表になって、日の丸背負って何するのさ。その方程式でどんな世界の謎を解明できるのさ。」
「そりゃあ日本として世界と戦うのさ、UNOとかで。」
「規模感小さいね。」
「ちなみに方程式は美桜ちゃんの定理ね。すべての普通は私に通じているを意味してます。」
「規模感でか!」
「おっ!やっとツッコんでくれたね。そんな君に、ツッコミマスターから初級達成バッチを授けよう」
「ははーありがとうございます。マスター。」
「これで、あなたは友達と家族の会話に参加できます。」
「えっこれないと誰とも会話できなかったの?」
どんな団体なんだ、美桜マスターの団体は・・。
バカな会話を続けた彼女はようやく前座が終わったように席に座り直す。
「結局、人間は自分が一番普通で他人は変わっていると思う生物なんだね。」
「まあ、そうなんだろうね。意外と自分が変わっているって思う人は少ないんじゃないかな。」
「自分が変わっているとこにはなかなか気づかないよね。私も高校に入学してから何回も言われてるよ。『藤崎さんって変わってるね』って。」
「まあ、今日も僕に言ってるね。」
「そうそう。で、私はそのたびに1分くらい考えるわけよ。変わってるって何か?普通って何んだ?とね。」
「1分? 短くない?」
「いや、そんな深刻に考えることでもないからすぐに棚上げするんだけどね。最近君嶋君と話していると思っちゃうんだよね。」
「? 何を?」
「君嶋君って相当変わってる人だな~。って」
「あれ? 結局そこに着地する会話だったの?」
「そうだよ。私、君嶋君みたいな人初めて会ったよ。」
「僕も藤崎さんみたいな人は初めてだけど・・・。」
「でも、私本当に君嶋君みたいな人初めてなんだよね。なんでこんなにそう思うのかが謎なんだよね。今まで出会った誰とも似てないんだよね~。」
「それは、単に高校に入って交流する領域とか人数が増えたからじゃない?」
「うーん。私、誰かさんとは違って友達も多いし、家族とも仲いいから交流関係も広いんだよね。だから、一人くらいそんな人がいてもいいと思ったんだけど。」
「その誰かさんも今日からは大丈夫だと思うけど。初級バッチもらってたし。僕じゃないけどね。」
「誰かさん=君嶋君の新たな定理を見つけてしまった。私って天才?」
「美桜ちゃんの定理くらいメジャーになりたいものだね。できれば、美桜ちゃんの定理と僕の定理が教科書に並んで、未来永劫一緒にいたいものだね。」
「キモ~。」
「よし、またキモポイントがたまった!」
「キモキモ~。」
「あれ、今日は大盤振る舞いですね!」
「いや、本当にキモイから」
「はい、調子に乗りました。申し訳ございません。」
藤崎さんの絶対零度の目線が突き刺さり、思わず僕は謝る。
なんだ今の蔑んだ目線は。癖になりそうだ。もう今日はこれ以上絶対に言わないけど。
「真面目な話、今までの思い出とか記憶とかが違いすぎるから、変わってる人だな、今まで出会ったことない人だなってなってるんだと思うよ。
ちょっとこの本で話してみてもいいかな?」
「ん?ここで本の登場か。
なになに~『宇宙人と出会う前に読む本』? なにこれ、タイトルすごい面白そう!!教えて、教えて!」
「では、ゴホンッ」
『この本はタイトルの通り、宇宙人と出会う前の心構えや考え方を教えてくれる本です。あらすじは、そこまで重要ではないのでざっくりと説明しますが、宇宙人と地球人が交流する世界で、主人公が宇宙人の文化に触れていく物語となっています。ここでは、地球人としての主人公が当たり前として思っていたことが、宇宙人にとっては当たり前ではないこととが出てきます。数の数え方が地球人の1,2,3ではないこと、暦が1年が365日ではないこと、一日は24時間じゃないこと、生物として左右対称じゃない生物の存在・・などなど。主人公は宇宙人と会話しながら、宇宙規模の当たり前を学習していきます。
この本の中で、一番面白かった点は、宇宙人と地球人である主人公が一番最初に会話した内容です。宇宙人が『あなたはどこから来たんですか?』と尋ねると、地球人は当然のように『地球から来ました』と答えます。しかし、宇宙人は地球といわれてもピンと来ていない様子です。それはそのはずで、宇宙人にとってその星は、一銀河の一つにしかならないからです。わかりやすく言うと外国人にどこから来たのか聞いて、栃木県から来ましたと言うようなものです。日本ではまあほとんどの人が栃木県を知っていますが、外国から見たら、数ある国の中で、日本という島国で、かつその中の県なんて日本が好きで、調べている人くらいしか知らないと思います。このような当たり前や常識のすれ違いが宇宙人と地球人とで起こり、認識合わせをしていきます。
僕は、藤崎さんの話もここに通じると思いました。僕と藤崎さんは同じ市内にいますけど、同じ家に住んでいて常に行動を共にしているわけではないので、自分が思う当たり前のことが、それぞれで違うんだと思います。本を見て嬉しいと思う僕と、苦手意識を持つ藤崎さんだったり、藤崎さんと僕の間の当たり前の認識がずれているんだと思います。
ただ、それぞれどっちが悪いいとか、どっちが正しいとか、そんなものはなくて月並みですが、みんな違ってみんないいんだと思います。
僕がこの本を読んで思ったことは、この本で出てくる人(?)たちのように、異なる当たり前があった時に、拒絶することではなく受け入れることが大事だと思いました。なんで宇宙人は、1日が24時間じゃないんだろう? なぜ数の数え方が1,2,3ではないんだと考えて、受け入れて、違いを楽しんだりするのが、面白いんじゃないかなって思いました。
以上です。ご清聴ありがとうございました。』
「違いを受け入れて、違いを楽しむか! なるほどね。」
「今、藤崎さんが何を考えて、何を言おうとしているか、藤崎さんにとって宇宙人である僕はわからないけど、それでも僕はどんな藤崎さんでもこうやって話して、お互いを理解できればなって思ってるよ。」
「くさいこと言うね。」
何かを嚙み締めたような顔をした後、彼女はニヤッとしながら僕の顔をみた。
その時、いつものチャイムの音が校舎に響き渡る。
『キーンコーンカーンコ―ン』
その音を聞いて、彼女は立ち上がる。
「よし! 今日の業務も終わったね。戸締りをして帰りましょう!」
「了解です。」
窓を閉め、図書室のドアを施錠し、いつものように誰もいない廊下を二人の足音が鳴り響く。
彼女は前を向きながら口を開く。
「私、たくあんが好きなんだ。」
「えっ?何のこと?急にどうしたの?」
「私の当たり前を宇宙人の君嶋君に知ってもらおうと思って。君嶋君の違いを知れたらもっと楽しめるかなって。」
「ああなるほど。僕は節分の豆が好きだな。」
「えっなんで? あの鬼は外で投げるあれ? 合法的に大人にモノをぶつけてストレス発散できるあれ?」
「いや、節分ってそんなものじゃないけど。食感がよくておいしいし、永遠と食べちゃうんだよね。節分が待ち遠しいよ。」
「節分を楽しみにしている高校生っているんだ・・・。」
「藤崎さんは?なんでたくあんが好きなの?」
「・・・・。食感がよくて、おいしいしから、永遠と食べてしまう。」
「・・・・。意外と僕と藤崎さんは宇宙の中でも近いところにいるのかもね。」
「じゃあ次! 好きなスポーツは?」
「そうだな・・・、」
二人の宇宙人の異文化交流はまだまだ続く。