3話 聖書
「今日も今日とて暇ですな。」
「そうだね。何も先週と変わらないね」
「これって経営的にどうなの? 赤字じゃない? 早く潰れてくんないかな。」
「ひどいこと言う。まあでもこんな店があったら潰れるよね。これ見てよ。図書室に来た人がリスト化されてるんだけど、9人だって。ここの経営者だとしたら、休み込みで5日間で9人。一人二冊だとして、一冊千円だとしても一万八千円の売り上げ。こりゃバイト代も出ませんなあ。」
「いや、こんなに頑張ってるのに!?・・・社長もう私も限界です。やめさせてもらってもいいですか?」
「いやいや、あなたこの店の看板娘じゃないですか。紅一点じゃないですか。やめられたら困るよ。」
「いやいやいや、いくら美人で要領もよくて頭もいい私でもこのお店はもうだめですよ部長。」
「降格したよ。この経営難って僕のせいなの?」
「悲しい社会だね。私の給料はしっかりいただきますよ。月百万くらい。課長」
「どんどん降格していくね。しかも月百万って。このお店の経営難って君のせいじゃん。」
「ああ、傷つきました。これが正論でのハラスメント、モラハラってやつですね。もうこの仕事やめさせてもらいます。係長。」
「社長から係長に降格してもまだ会社にいるのって、僕強心臓過ぎない?しかも正論って認識してるじゃん。モラハラって、正論言われた方が物事が分からなかったことの言い訳にしか聞こえないよね。」
「だから私には正論はやめてって! 嘘と建前の世界にいさせてよ。」
そういって彼女は僕をにらむ。にらんでも猫が威嚇しているようにしか見えず、可愛いなぁという感想しか出てこない。美人で要領もいいっていうのも間違っていないなぁ。
こんな傍からみたら仲良くコントをしているように見えない、僕と彼女がいるのは石山高校の別館3Fの図書室である。
この前、なんやかんやで図書委員になった僕こと君嶋蒼と彼女こと藤崎美桜は、図書室にて来るかもわからない生徒に対して、本の貸し出しと返された本の整理の仕事を放課後にやるために、ここに二人で来ている。
「いや~。でも暇だね~。うーん。君嶋君何か面白い話してよ。」
「うへぇ。そんなキラーパスあります? 面白い話してっていって面白い話できる人なんて、お笑い芸人くらいじゃない? モラハラですよ。」
「ハラスメントは、物事がわからない言い訳じゃないの?」
「自分の言葉に首を絞めるとは!。申し訳ございませんでした!!!!」
ハラスメントには世の中は厳しい。ハラスメントに意見するのはやめよう。
「じゃなくてさ。この前みたいに蒼君が読んだ本の内容を私に教えてよ。あれ結構面白かったよ。」
にししと笑う彼女。
「そうすか。藤崎さんを笑わせられたら本望です。では、この前気になって読んだ聖書の話でもしましょうか。」
「なんで聖書を読んだの? 聖書ってすごく難しいイメージがあるんだけど。」
「世界で一番読まれている本が聖書だとテレビでやっていましたので・・・。後、自分の家に聖書を持った方たちが来て聖書のすばらしさを説明してくれましたので、そこまで言うなら読んでみようと。」
「あーうちにも来たことがあるかも。駅前でも聖書をくばっているときあるよね。そのまま読んだの?」
「いや、本体を見ても難しそうだったので、図と地図で説明されている本で読んだという感じですね。」
「やっぱり、難しかったんだ。でも何となくストーリーはわかったんでしょ?教えて、教えて!」
「では、自分の解釈込みでの説明になってしまいますが。ごほん。」
『神様が世界を創りました。一日目に神様は光と闇を創りました。これにより昼と夜ができました。二日目に空と水ができました。三日目に陸と海が区別され、陸には植樹がつくれられました。四日目は太陽と月ができました。五日目には水中の生物と鳥が創造されました。六日目に動物とすべての動植物を支配するために神を模倣するように人間が創造されました。七日目を休みとしました。これが創世記と呼ばれる聖書の第一章のお話です。』
「ちょっちょ待って。いろいろ質問があるんだけど。まず一番最初にこれだけ聞かせて。神様って七日で世界創っちゃったの? もう少し考えた方が良くない?」
「正確には六日だね。神様もせっかちだよねー。」
「えっ!? 感想それだけ? 私が変なの? あと七日の休みって何?」
「僕も変だとは思ったけどね。七日目は神様が六日で世界を創造できたのに満足したらしいですよ。その七日目が現代でも1週間で休みがあるのは創世記のおかげって説もあるらしいですよ。」
「おおお。それは嬉しいね。でもそう考えると神様にはもうちょっと頑張って五日とかで世界を完成させてほしかったね。もうちょっと休みがほしいよ。」
「あと、六日で世界を創造したって言っているけど、これも諸説ありますよ。神様だから六日で創造できるはずだ、という説と、今の人間で考える六日と時間の感覚が異なっている、つまり1日が24時間ではなく、それこそ1万時間を一日と考えていた可能性もあるという説ですね。」
「ふーん。まあ六日の144時間くらいで世界くらい創ったって方が神様っぽいね。それで?続きは?」
「ここからはゲームとか小説とかで出てくる名称が出てくるので興味深いですよ。」
『世界の最初の人間がアダムとイブです。二人はエデンの園で過ごしていたのですが、動物の中で狡猾だった蛇に騙されて、知恵の実を食べてしまいます。知恵の実を食べると善悪が分かるようになってしまいました。神様はそんな二人をエデンの園から追放し、罰として地で農作を続けながら頑張るように言いつけました。
そのあとは、神様と神様の声が聞こえる人間を中心にしていく物語ですね。
初めての殺人を起こしたカインとアベル。
増えすぎて地を騒がしくした人間をリセットするために作らせたノアの箱舟。
天に近づくために人間が制作したバベルの塔を調子に乗るなと破壊。』
「いや・・・。人間やっちゃダメって神様が言ったこと無視しすぎじゃない?そりゃ神様も怒るわ。スケールが大きいけども。」
「ほんとにそうですね。まあこれからも神様の命令とか結構無視して痛い目に合うんだけどね。」
「ほうほう。ちょっと続きを聞いてみようかな。」
『ここからは具体的に神様と交信できる人たちの活躍ですね。まずはアブラハムです。歴史の授業で聞いてますかね。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の始祖です。アブラハムは神エルと初めてお話できた人間です。アブラハムは神様とお話ししながら今のイスラエルやシリア、ヨルダン、エジプトに赴き、神殿を作って神様エルに祈りをささげていきます。この後、アブラハムの息子ヤコブとその息子ヨセフへと神様との会話能力を伝承しながら、いろいろな出来事をこなしてきます。具体的には、妻と奴隷との三角関係。兄弟との継承争い。奴隷まで落ちてからの成り上がり物語。・・・。などなど、非常にバラエティーに富んだお話が続きます。』
「うふぇ。やばいね。ドロドロじゃん。大昔でも人間関係で悩むんだね。」
「逆に面白いですよね。神様のお力をもってしても、人間の嫉妬心を解決することは出来ずに現代まできているってことですね。」
「ん?嫉妬心?」
「そうです。妻と奴隷の三角関係も、妻がなかなか妊娠できなかったので、子供を産んでもらうために女奴隷に妻から頼んだのに、実際に子供を妊娠したらそれに嫉妬して女奴隷を国から追い出してしまいます。また、兄弟との継承争いは、自分が継承を得るために家族をだましました。奴隷の話も親からの愛情を一心に受けた子供に兄弟が嫉妬して、商売人に売ってしまったのが原因です。ね?全部嫉妬から来たものでしょう?」
「へー。そうだったんだ。怖いねー。嫉妬心。」
そう言いながら彼女は顔をゆがませる。
「でも。そこまで嫉妬に狂えるのもすごいよね?」
「ん?どういうこと?」
今度は僕が彼女に聞き返す。
「だって、相手をだましてまで、嫉妬に狂うまで欲しいものがあったってことでしょう?夫に愛されたい。神様との会話能力を継承したい。親に愛されたい。自分がだました相手に復讐したい。みんなそんな風な欲をもっている。でもその欲を追ってしまえば、今でいえば、世間体がとか第三者から見てとか、それこそ神様を裏切ってしまう、とか思ってしまうかもしれない。それでも自分の欲に従って行動を起こせるのはすごいと思うよ。」
「・・・・・。」
彼女のこういうところが好きだなあ。不幸の中でも幸運を見つける能力というか。短所を長所に変える能力というか。
僕にはない能力で彼女のそういう言葉を聞くたびに、訳も分からないが泣きそうになる。
そんな彼女は困惑した顔で続ける。
「私も絶対に欲しいもの、誰かに譲れないものができたら嫉妬に駆られてしまうのかな。それこそ人を騙してまで欲しいものを取りに行くのかな?」
「・・・・・・。」
「なんてね。ちょっとセンチメンタルになってしまったよ。ごめんごめん。続けて。」
「・・・・。まあ。ここからは戦争のお話、つまりは国対国のお話になってきますので、あまり面白くはありませんが」
『この後、モーセが出てきます。モーセはイスラエルの民を連れてエジプトからイスラエルの土地へと逃げます。ここでもよく知られているモーセの海割りや十戒が出てきます。そのあとダビデ王、ソロモン王、ヘロデ王と続いてイスラエルの土地を取られたり取られ返されたりします。いろいろな国との戦いをしながら時間が経過し、イエスキリストが生まれます。イエスキリストが生まれた後は、多分藤崎さんも知っている通りだと思うけど、磔刑で処刑されたはずのキリストが復活したことで神格化され、キリスト教が普及しました。ざっくりとしていますが、この後、アラブ地域でイスラム教がムハンマドによって制定されますが、その話はまたどこかで。ここまでがざっくり聖書のお話です。ご清聴ありがとうございました。』
「ふむふむ。最後の方は駆け足だったけど、何となくわかったよ。結局、人間はいつでも争っているんだね。」
「まあ。そんな感じの総括だね。僕が面白いなと思ったのは聖書に書いてある出来事は実際にあった出来事を参考にしているんだよね。」
「ん?これまたどういうこと?」
「例えば、ノアの箱舟はこの時に実際に大洪水があったことが分かっています。また、今回は話を省略しましたが、何度か神様の命令を無視した結果、神様の怒りを買ってたびたび大災害が生じています。つまり、昔の人は自然災害=神様の怒りと認識していたようです。実際に自然災害の原因はその当時わからなかったので、神様によって引き起こされることだと考えないと怖かったのでしょう。自然災害は神様の怒りだ。神様が怒ったのは我々人間が神様のお言葉を無視したからと、無理矢理に原因を考え、対処をしていたのでしょう。」
「なるほどね。確かにその当時に大洪水とか地震とか訳が分からないし、その規模感でいうと神様以外考えられないと。」
「うん。だから、聖書に書いてあることは史実に似通っていて、面白いなと思って。」
「確かにね。」
僕の話と感想を伝えると彼女は満足したような顔で伸びをする。
そのタイミングで丁度よくチャイムが校舎に鳴り響く。
『キーンコーンカーンコーン』
「お?終わったね。今日は誰も来なかったね。でも君嶋君のおかげで退屈しなかったよ。ありがとう!」
そういって彼女は帰り支度を進める。
僕はその満足げな顔に声をかける。
「あのさ、さっきの話だけど。」
「ん?さっきの話って?」
「欲の話」
「ああ、うん何?」
「君に欲しいものができたら言ってね。僕も手伝うよ。」
「え?なんで?」
「うーん。何となく。藤崎さんが嫉妬心に駆られるほどの欲しいものを一緒に見てみたいなと思ったんだ。」
「・・・・。」
彼女は困惑した顔で苦笑いしながら答えた。
「きも~。」
「キモいって言うな! いいこと言いましたよね?僕。」
「いや、そのいいこと言った顔がきもかった。大したこと言ってなかったよ。」
「ひーーーーん。」
オーバーキルだよ。もう。慣れないことはしないようにしよう。
僕がめそめそしていると彼女は僕の背中をバシッと叩きながら、いつもの太陽な笑顔でいう。
「まあ、気持ちは伝わったよ!。ありがとう!じゃ一緒に嫉妬に狂って世界を海に沈めようか!。」
「いや、僕には神様の力はないよ!?」
こんな話をしながら僕と彼女は一緒に図書室を出る。
また、僕は彼女と他愛もない話を続ける。