第三話「孤独の王子」
あれから私は、リオルのことが気になって仕方がなかった。
そこで仕事に支障が出ない程度で、バレないように私はリオルの行動を観察するようになった。
リオルは基本、誰とも口をきかない。
王族の三兄弟の末っ子である彼は、両親である王や王妃、そして他の兄弟と一緒にいる姿も、ほとんどないとヘスティアが言っていた。
そしてリオルは、朝食をいつも1人で取っていた。
食堂の隅の、陽の当たらない小さな席で、無言でナイフとフォークを動かして。
王族なのに、誰も話しかけない。
というより、誰も“話しかけようとしない”。
昼も、夜も、同じ。
そして決まって、午後の時間になると、彼女は温室へと向かう。
使われていないその温室は、雑草が生い茂っていた。けれど、リオルはそこで、毎日ひとりで枯れかけた花に水をやっていた。
「……見た? またリオル様、温室にいたんだって。相変わらずブツブツ花に話しかけてるんだって」
「相変わらず、誰とも話さないし。変な子よね。ありゃ将来が心配だわぁ」
使用人たちの間で、彼の話題は噂話としてしか語られない。
そしてそれが、誰にも咎められない空気になっていた。
次の日の朝。
「カノンさん。この作業が終わりましたら、お時間を少しいただけますか?」
「あ、はい!もちろんです。何か仕事ですか?」
洗い場でタオルを干していた私に、ヘスティアは静かに微笑んだ。
「ええ。西塔の書庫の清掃をお願いできればと。普段は立ち入りが制限されているんですが……ちょうど担当者が不在ですの。
私から正式に許可をいただいておりますので、ご心配なさらず」
「わかりました」
「ただし、どうかお気をつけください。あの部屋には、王家の重要な記録や、歴代の書状が多く保管されておりますから。
お手を触れる際は、必要最低限に。そして決して、勝手に読み込んだり、持ち出したりしないように。…いいです?」
「……き、肝に銘じます」
「ありがとうございます。ご負担をおかけいたしますが、カノンさんなら安心です」
そう言って、ヘスティアは深く一礼して去っていった。
なかなか緊張感のある仕事を命じられた。
私は最後の一枚のタオルを干して、屋敷へと向かった。
私は一人、指定された時間に西塔の書庫へと足を運んだ。
この屋敷の西塔はかなり寂れており、廊下も薄暗く電球も切れかけていた。
「こんなに広いと、掃除も行き届かないのかなあ…」
ぼそりとつぶやく。
廊下を歩き進めると一際赤い扉がある。
私はポケットから、ヘスティアから受け取った鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
その扉を開けた瞬間、古い紙とインクのにおいが鼻をかすめる。
ぎっしりと並ぶ書物、古びた巻物、丁寧に束ねられた記録の山。
この部屋すべてが「王家の知識の蔵」といった雰囲気をまとっていた。
「おお…まぁ…とりあえず、埃とクモの巣から片付けるかぁ…」
掃除一式セットを置き、箒やらハタキやらを取り出し丁寧に作業する。
本の上にはぎっしりと埃が溜まっている。担当者本当に掃除してたか?と疑いたくなるほどだった。
やけに埃がかぶっている書物の山を発見した。
あぁ、こりゃ一つ一つ拭っていかなきゃダメなやつだと、そこに手を伸ばした時、
不意に────
「うわあっ……!」
ぎっしりと積み重ねられていた書物の山が、バサバサバサと音を立てて崩れ落ちた。
その瞬間煙のように埃が舞い上がり、激しく咽せてしまった。
拾い上げると、その中に一冊だけ、
やけに古くて重い書類束があった。
表紙には、くっきりと金の箔押し文字が刻まれている。
『ルミナス王家 血統記録/内密保管用』
思わず手が止まった。
(……これって、絶対に“読んじゃいけない”類のやつ、だよね……?)
でも、目に入ったその束の角。そこに――
「リオル=ルミナス」
その名前が、確かに記されていた。
(……彼の、名前?)
ダメだと分かっている。
けれど、どうしても目が離せなかった。
(知りたい……どうして、あの人だけ、誰からも見向きもされないのか)
それは興味なんかじゃない。
私の中に芽生えていたのは、もう少しだけ踏み込んででも知りたいという、感情の種だった。
そこには、彼が深い孤独の中で生きている悲しい理由が載っているのも知らずに。