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エピローグ 「最悪の現世」

「カノン……お前は、唯一俺を見てくれた、たったひとりの大切な人、だ…。なぁどうか、どうか俺のそばにいてくれないか?」


やばい、緊急事態です。

目の前に前世の推しにそっくりすぎる、王国の王子様に、私、何故か、迫られてます。


ちなみに私、最底辺の下っ端メイドです。



神様からは、現世に戻るには心から欲しいと思ったものを決めることなんて言われたけど。。


私が、この王子様に持ち帰られそうなんですけど────…!!!!!





パンッ!!


乾いた音とともに、頬に鋭い痛みが走る。


 


私、一ノ瀬奏音いちのせ かのん。24歳、

塾講師をしています。


休日の昼間、駅前の人通りの多い場所で、

たった2週間前に付き合い始めた彼氏・ゆうまにいきなりビンタされました。


 

「かのんさぁ、俺のこと好きなら、貸してくれるでしょ?

20万くらい、大した額じゃないじゃん」


 

「……え?」



何を言ってるのか一瞬わからなかった。


ゆうまは、合コンで出会った同い年の男だった。友人に強引に誘われて行った会で、静かに笑うその横顔が、

私の大好きなアニメ『王子様の憂鬱』に出てくるリリオ王子に少し似ていた。


推しが現パロでいたらこんな感じかなぁなんて。


そのせいだと思う。

つい、気になってしまって。

帰り道に連絡先を交換して、彼からの誘いを断れなくなって、

流されるように付き合い始めた。



でも、付き合い始めてすぐ気づいた。


この人、自分の思い通りにならないとキレる。


たった2週間。…されど、2週間。


この日も呼び出されてすぐ、

「ねぇ」とスマホ画面を突き出された。


画面には高級外車のカスタムプランの見積もりが表示されていた。

額面を見て、思わず息が止まる。


に、にじゅうまん。



「これさ、頭金だけ先に払っときたいんだけど、ちょっと足りなくてさ。


来月には返すからさ、マジで。信用ないの?」

 


「ちょ、ちょっと待って。え、でも……20万て……」


 

私は戸惑いながら言葉を選んだ。

付き合いたての彼氏に20万をポンと出せるほど、私は心にも財布的にも余裕がない。

ゆうまは眉をひそめ、露骨に舌打ちする。


「はーあ、ガチ萎えた。

そういうとこなんだよな。

まじで冷めた。もういいや。他当たるわ。

じゃあな」

 


「……は?」



「誰がこんな好き好んで恋愛経験もない芋女を彼女にすっかよ。ATMに決まってんだろ、ATM!わかる?でも金にもなんねえなら用はねえよ」 


ゆうまの大きな声で、周囲の視線が針のように突き刺さる。

私はただ立ち尽くすしかなかった。


 

「ねぇ、早くどっか行ってくれね?

今から別の女来るからさ。そいつなら金、すぐ貸してくれるし。お前と違って。」

 


もう、怒りとか悲しみとか、そんな感情すら出てこなかった。

ただ、胸の奥がスーッと冷たくなる。


すべてが音を立てて崩れていく感じ。


ゆうまはスマホを弄り、知らない女に電話をかけ始めた。


私は俯いたまま、その場から立ち去った。


 


どこに向かうでもなく、ただ人の流れに身を任せて歩いた。

足元がふらつくけれど、それでもなんとなく前に進めてしまう。


喉の奥が苦しい。でも、涙は出なかった。


──最悪だ。


たった二週間で彼氏に振られて、挙げ句の果てにATM呼ばわり。

確かに恋愛経験はなかったけど、これはさすがにひどすぎる。


でも、わかってたのかもしれない。

最初から。


見た目が「推しのリリオ様に似てた」ってだけで、ちゃんと相手を見ようとしてなかったのかもしれない。


……バカだなぁ、わたしって。


仕事も、プライベートもなーんにもうまくいかないわ。


 


駅のベンチに座り込み、スマホを取り出す。


無意識に開いたのは、推しアニメ『王子様の憂鬱』の公式アカウント。

今日は、推しの「リリオ王子」がメインビジュアルの円盤発売日だった。


リリオ様は金髪の男性にしては少し長めのさらさらの髪で、瞳はまるで南国の美しい海を思わせるかのような蒼さ。

 


「……買お」



今日くらい、癒されないとやってられない。

そう思って駅を出て、アニメショップへ向かう途中だった。


「──ッ!? 危ない!!」


視界の端に、ランドセルを背負った男の子が飛び出すのが見えた。


赤信号。転がるボール。


次の瞬間、体が勝手に動いた。


 


最後に聞こえたのは、耳をつんざくような、クラクションの音だった──。

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