男爵たちの末路と今後の悩み
「ああ゛、疲れたああ~」
そう言いながら、俺はベッドに倒れこんで体を沈める。
そのままぼさぼさになった髪を手直ししながら、メルが風呂から出るのを待っていた。
静かにしていると、遠くで水が勢いよく流れる音がする。
(なんか、少し緊張するな)
これから何が起きるわけでもないのに、俺は胸をソワソワさせていた。
マックスたちがいたのは、町の中心部にあるホテルだ。
どうしてそんなところにいるのかというと時間は少し遡る。
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「おわわわ゛わ゛わ゛わ゛わ」
「口はしっかり閉じてて!」
言われた通りに口を閉ざしながら、薄っすらと目を開ける、いや、正確に言うとしっかりと開けられないからそうなっていた。
俺たちは、空を、飛んでいた。
真夜中であるのでほぼ何も見えないが、明かりがついている遠くの家を見ると自分たちが非常に高い高度を飛んでいるのが実感できる。
(こわいいいいい)
高所恐怖症の俺はすぐに目も閉じた。枝に引っ掛けられたあの時に恥ずかしがらず言っておけばよかった。後悔が募る。
メルが言うにはこれは風魔法の派生らしいが、そんな魔法は子供の頃に読んだ勇者の冒険譚でしか見たことがなかったし、それに魔法の知識もなかったので凄いなあとしか言えなかった。
俺は農民だから初歩的な魔法しか分からないけど、魔法使いはみんなこんなのが使えるのか。おったまげたあ。
ゆっくりと降下していることが肌感覚で分かった。
内臓が浮くような感覚を得て身が縮むような思いをしたが、浮遊感が去ったので目をゆっくりと開けるといつの間にか目的地に到着している。
後ろを見るとちゃんと男爵たちも五体満足でそこにいた。顔的には今にも吐きそうな様子だったが。
仁王立ちをしながら胸を張っていた彼女に俺は礼を言ってから、協会内に入っていく。
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風圧でぼさぼさになった髪のまま取り調べを受け、予想通りすぐに解放された後に男爵たちについて聞くと
〇財産没収
〇領地没収
〇称号剥奪
この三つが彼らが受ける罰らしかった。
人の命を奪おうとしたことで罪が重くなったとのこと。どうやら、うそ発見器は男爵を隅々まで白状させたようだ。
こんな夜中に対応してくれてありがとう、と担当してくれた方に感謝してから協会から出ようとすると背後から呼び止められた。
「今回没収した領土、財産についてですが最大で三割までマックス様は受け取ることが出来ます。いかがいたしましょう」
「え! そうなんですか⁈」
初耳の情報に体が前のめりになる。しかし、ここは冷静に考えるべきだろう。
「それっていつまでに答える必要がありますかね」
「ここ最近は土地争いがあちこちで勃発しておりまして、そうですね、三日後までに答えていただければこちらとしては嬉しいです」
「ではその件は持ち帰って考えさせてもらって、明日また来ますので」
土地と財産の資料をもらってから外に出る。
日はまだ出ていない。近くに立っていたメルに手をあげながら近づく。
「終わったし、帰ろうか」
帰りは別の魔法でお願いできないかな。実は俺、高所恐怖症でさ。
そう言って反応を待ったが。
…………。いつまでたっても返答が返ってこない。前で手を振ってもこっちを見向きもせずに横をただ見続けている。
仕方なくその視線を辿っていくと、その先にはいかつい形をした巨大なホテルがあった。過去の建造物を利用した建造物だろう。そこかしこに歴史を感じさせる傷跡が見える。
「お、おい」
視線を戻すとそのホテルに向かってメルは歩きだしていた。その有無を言わさない様相に、俺は仕方なく後ろを付いて行った。
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その後は、どこかに行こうとするメルを止めつつ、しかし受付の人のトークスキルに流されるままにして成り行きで一番安い部屋を借り、今こうして俺はベッドに寝っ転がっているというわけだ。
「財産は最大限もらおう」
ポケットから取り出した小袋を開き、その中を覗きながら財産の方は決めた。
あの時男爵から金貨をもらっていなかったら、このホテルの一泊で俺の全財産が尽きるところだった。金はあって悪いことはない。
しかし、土地の方はどうしようか。
この国では役職によって所有できる土地の数が決められていて、例えば男爵なら3つであるが、農民の俺は一つしか持てない。
つまり男爵が持つ土地を貰えば世界樹は手放すことになる。大事なのは、その土地にある大きな屋敷がほぼ確定でついてくることだ。
自分が住んでいるおんぼろの小さい家を思い浮かべる。穴がところどころに開いているその家は寒暖差が激しく生活するのが大変であった。
だけど、世界樹は先祖代々受け継いできたものだ。簡単には手放せない。
悩んでいると、いつの間にか水の音が聞こえなくなったことに気が付いた。
そろそろ上がる頃か。
俺がのそのそとベッドから起き上がっているとすぐ横で声が聞こえた。
「寝衣はどこにあるか知ってる?」
「うわーーーー!!」
そこには水を滴らせながらタオルを肩に乗せただけの生まれたままの姿で立っているメルがいた。彼女が持つ白髪のように白く、水のような透明感を感じさせるその肌が目に焼き付く。
「服着ろ、服ぅ!!!!」
「だから、それがどこにあるか聞いているんだけれど」
目を抑えて努めて、何とは言わないが、それを見ないようにしながらドアの横に設置された棚を開き、取った寝間着を投げつける。
「もう! 乱暴に投げないでよ、しわがついちゃうじゃない」
後ろを見ても強制的に聞こえてくる布の擦れた音が心臓をバクバクさせる。
勘弁してくれよ。
そこから逃げるようにして俺は自分の分の寝間着と横に掛けてあったタオルを持って風呂場に入った。
こいつと一年一緒に過ごすのかあ。家には二つも部屋ないけど、住む空間分けないと気がもたないぞ、と思うと気持ちは世界樹を手放す方向に傾いていくのであった。