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リンゴは悪に勝つ!!!!!

 「ひいいい」


 矢が頬を掠める。生まれて初めて感じる類の恐怖に怯えながらも、前に前に足を出していく。


 「見つけたぞーーーー!!!」

 「生け捕りでなくてもいい!! 殺せーーーーーー!!!」

 「「「うおおおおお!!!!」」」

 

 「ひいいいいいいいいい」


 バカなことをした。やっぱりこの少女を置いて逃げるべきだったと後悔しながらも矢の雨から逃れるように身を低くしながら走り続け、やっとこさ世界樹の麓にたどり着く。


 息遣いは荒い。体のあちこちが傷みながらもその信号を無視して後ろに声を掛ける。


 「ほらあ、世界樹だよ!!」


 ……返事がない。揺さぶってみるがなんの反応も返さない様子に焦る。死んだんじゃないだろな。


 少女から目を離して辺りを警戒する。追手がどの位置まできているのかを確認するためだったが、その行動は必要なかった。

 


 警戒するまでもなく、もう既に、俺達は多くの兵士に囲まれていたのだ。


 どうすればいいのだろう、と考えようとしたが頭の中が真っ白でそれは出来なかった。いつの間にか全身を諦めの心が蝕んでいた。


 もうだめか。どう転んでも俺の死は避けられなそうだった。


 馬の蹄が地面を鳴らしながら一騎近づいてくる。

 見知った顔をしたそいつは、馬を優雅に乗りこなしながらついに停止した。


 「お久しぶりです、マックス君。ご機嫌いかが? ちなみに僕はとっても良い気分だ。念願の世界樹が今、まさに目の前にあるのだからね!!」


 そう言って男爵は馬に乗りながら両腕を横いっぱいに広げて世界樹を見渡してから、にこやかな笑顔でこちらを見返す。


 「そう。僕はとっても機嫌が良い。ので僕から君に最後のチャンスを上げよう」


 馬から飛び降りてじゃらじゃらと音を鳴らしながらよりこちらに近づいてくる。


 チャンス。生き残る道としての、薄い希望が見えた気がした。


 「………チャンス?」


 「そうチャンスだあ。一回から言わないからよく聞いてその小さい脳みそに納めてね。」


 何を要求してくるのだろうか。靴を舐めるくらいなら躊躇はしないぞ。


 立ち止まった男爵は、俺を見下ろしながら言った。


 「僕に土下座しろ。それで、這いつくばってこう言うんだ。「ごめんなさい、男爵様。私が間違っていました。世界樹は、穢れた血が流れた農民たる私が持つべきものではなく、清らかな血が流れている男爵様が持つべきものです。」はは、そうすれば命だけは助けてあげなくもなあい」


 言い切った直後、周りを囲んでいる男たちがゲラゲラと下品な笑い方で賛同する。…………頬がぴくりと動いた。


 「ほら、はやくしろよ。汚れた血を持つ人族の底辺が、高貴な血を持つ人族の天辺の時間を奪うな、おこがましい」


 拳を強く握りしめる。よし、腹は決まった。


 黙って、荷物を地面に広げ、その上に少女をゆっくりと降ろす。胸は微かに動いていた。まだ生きているのが分かりほっと息を吐く。良かった……。なんで俺と違って傷一つもついてないんだろうとか考えちゃだめだよね。

 

 表情を引き締め男爵の方を振り向き、膝からついて四つん這いになる。俺の様子を気色悪い顔をにやにやさせながら観察しているのは見ないでも分かった。


 俺はゆっくりと口を開く。


 プライドをとるか、生を取るか。俺の中の天秤はとうに傾いていた。

 

 「ごめんなさい、男爵様。」


 爺ちゃんとの温かい思い出が頭を駆け巡る。


 父と母が俺を置いて家を出た後、男手一つで大切に育ててくれた爺ちゃん。


 一緒に飯を食べた時。


 一緒にお風呂に入った時。


 一緒に夜を過ごした時。


 「私が、間違っていました」


 爺ちゃんは、時に優しく、時に厳しく、いつも愛情深くて。

 そして、


 世界樹が葉を揺らす。


 「男爵は、私が、いや! 俺が思っていた以上にクソ野郎でした!!」

 「殺す!!」

 

 そして、俺の一番尊敬する人だ! 汚い血なんか流れてるわけねえだろ、タコおおおお!!!


 

 周りの動きがスローモーションになる。

 

 剣がゆっくりと振り下ろされるのを眺める。ああ、俺こんなクソみたいな奴に殺されるんだ。


 ごめんなあ、爺ちゃん。遺言の約束果たせそうにないわ。


 くそ、ごめん。


 俺は目を閉じた。



 ゴンっっっ


 酷く鈍い音が聞こえ、ゆっくりと目を開けると地面に金髪の男が頭を押さえ、のた打ち回っていた。


 近くには金色のリンゴが転がっている。


 俺は、無意識的に、突き動かされるようにして体を動かしそのリンゴを拾い上げ、世界樹のリンゴが生み出す奇跡と俺なんかより遥かに強いだろう少女に僅かな希望を託して、叫んだ。


 「ほら、世界樹のリンゴだよ!!!!! そして俺を助けろ、それが願いだ!!!!! 」


ーーーーー

 「うぐぐ」

 

 頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。


 手には血がついていた。ああ、僕の高潔な血が……!! 


 地面に転がった剣を拾い、殺意を持った目で振り返る。


 「クソ! 僕に血を流せたな。クソが!!! 楽して死ねると、おも、う……」


 いない。荷物があるだけで、マックスの姿は見つからなかった。後で慰み者にしようとしていた見知らぬ少女の姿もだ。

 

 「どこだ!!! どこへ逃げた!!! クソ野郎!!!!!」


 あらかた息を吐きだしてすっかり息切れし、膝に手を付けて一休みする。


 ………おかしい。

 頭に血が回ってきて、ようやく違和感に気が付いた。さっきから僕以外の声がしない。兵士はいったい何をしてるんだ。


 そう思って、辺りを見渡すとその悲惨な有様に思わず絶句する。


 僕を中心にして、兵士達は自らの体で仲良く円をつくるようにしながら地面に倒れていた。


 「な、何が起こっ」


 首に響く衝撃を最後に、何も分からないまま、意識は一瞬にして闇に落ちていった。


ーーーーー

 「huh?」


 思わず異国の言葉が出てしまうくらい、俺は少女の存在に圧倒された。


 たった5秒足らずで、俺以外のその場にいた人間を全員気絶させたのだ。強いだろうとは思っていたがこれほどまでとは。


 いつの間にか俺は世界樹の枝に引っ掛かっているし、何が何だかよく分からず夢見心地な気分だが取り敢えずあの少女のおかげで助かったのは間違いない。


 ありがとう。そして急かすようで悪いんだが、終わったなら早く降ろしてくれ。そう思いながらゆっくりと目を閉じる……実は、高所恐怖症なので心臓がもうそろそろ限界なのだ。枝もさっきからメキメキと嫌な音が鳴っているしこっちも限界かも。


 いつの間にか地に足がついていることに気が付き目を開けると、俺は先程男爵に追い詰められた場所にいた。


 目の前に倒れている男爵の上を踏んづけて、フードを完全に外した少女が仁王立ちをしながら俺を見ている。月の光が差して、辺りは明るくなってゆく。


 そして白髪の少女はいつの間にか手に持っていたリンゴを見せつけながら、口を大きく開けてこう言ったのだ。


 「リンゴは正義!!!! 正義は悪に勝つ!!!! つまり! リンゴは!悪に!勝つ!!!!!!!」


 


 それが、頭のおかしい彼女との出会いだった。

 

 

リンゴは悪に勝つ!!!!!

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