アクロバティックなリンゴ女
頭の中をからっぽにして読んでね☆
「じゃあ、このくらいでいいでしょ」
そう言って彼は金貨が入った小袋を机の上に乗せる。
俺の顔に何かを察したのか、それとも察せなかったのか。その袋の横に金貨十枚を綺麗に縦に並べて、にこにこしながらこちらを再び見る。
「対価としてこんだけの金を用意したんだからさ、そろそろ負けてくれよお、お兄さん」
「どんだけ金を積まれてもこの土地はやれないと言っているだろう! さっさと家から出やがれ!!」
ちっ、と舌打ちをして彼は拳を強く叩きつけて立ち上がる。
「庶民風情が、この土地を持っていたって、宝の持ち腐れだろう⁈ 優しい僕がこんなに大金を用意してまで交渉してやっているというのに、、、これだから体が大きいだけで頭の固い農民は困るんだよ」
唾を床に吐いてから睨みつけてくる。こちらも負けじとガンを飛ばすと後ろに待機している兵士たちが柄に手を伸ばすが、それを金髪の彼が、パルス男爵が片手で制止する。指に嵌めてある高そうな宝石がギラギラと趣味悪く光輝いていた。
「いいさ、頑なにその態度をとるというのなら今は引いといてやる、今、はな。慈悲深い僕に感謝したまえよ、農民。名前はたしかマックスといったか。はは、ありきたりな名前がまさに農民と言う感じだなあ。マックス、マックス……覚えたぞ、その名前。男爵家に楯突いたことを後悔させてやるよ」
そう吐き捨て男爵はドアを蹴り飛ばしてその場から去っていった。
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「ふーっ」
唾を拭いたモップを片手に腰に手をやる。さっきから冷や汗が止まらない。
「あーあ。俺どうなっちゃうんだろう」
将来の行く末を憂いながら窓の外を見る。
「なんでこんなのがうちの土地に生えているんだろうなあ…………」
窓のフレームに切り取られた天まで伸びる巨大な一本の木。あの男爵が喉から手が出るほどに欲しかったに違いない代物。所謂”世界樹”と世間一般に言われるものがいつもと同じようにそこに聳え立ち、神々しいオーラを醸し出していた。
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勇者一行が魔王を倒して世界が平和を取り戻した年から数えて50年たらずして。
かつての惨状は見る影もなく、完全に世界は復旧した。
人々は、抑圧されてきた数百年を乗り越えて、これからの平和な数百年、数千年を暮らせることに胸を躍らせていた。
が、幸せな時間は見るも無残に崩される。ほかでもない自分たち人間の手によって。
世界が復旧した年から10年がたつ頃には領土争いがあちこちで見え始めていた。
魔物がいなくなって安全になった魔界の領土を求め、今度は人間同士の争いが始まったのだ。
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そして、現在。一瞬の平和が訪れてからちょうど百年がたったころ。
魔界の領土争いの熱が広がりに広がり、ついには人間界も含めたすべての土地で領土争いが行われていた。
『価値ある土地を持っているやつが強い』。そのような醜い価値観が生まれてしまった。
その価値観が、人に、世界樹を所有する俺を恨ませる原因となっていたのだ。
家を出て裏に回りひっそりと佇む墓石の前に立つ。二年前にころっと逝っちまった祖父がここの下に埋まっている。
花を墓石の前に添え、地面に座り込む。
「なあ、爺ちゃん。やっぱ、さ。俺には荷が重いよ。まだ、俺20にもなってないのに、毎日色んな怖い人が家に怒鳴り込んで来てさ。…………正直つらい、耐えられないよ」
ああ、逃げたい――。
そう思うたびに祖父の遺言が蘇る。
『この土地は、この世界樹は、いつか来る日まで、何が何でも守り通せ。代々伝わる遺言じゃ。何が、なんで、も…………』
それはまさしく俺を縛り付ける呪いだった。それを、最愛の人に言われていなかったら俺はとっくのとうにこの土地を怖い人たちに譲っていたに違いなかった。
立ち上がり、すーーっと息を大きく吸い込んでから思いっきり吐く。
「愚痴吐いちまったけど、俺は自分の出来る限り、この土地を守り抜くよ」
そう俺は、空に向かっていった。
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「あー、無理無理。俺死にたくないから逃げるね。ごめんよ、爺ちゃん」
墓の下に眠っている祖父が土を掘って出てきそうなセリフを言った後、入るだけの食料、衣服、置きっぱなしにされていた金貨を入れた皮の鞄を背負った俺は家から出ると世界樹とは真逆の方向に爆走した。
振り返って遠くを見ると数十の松明を持った武装集団が馬に乗ってこちらに向かってくるのが見えた。
己に不甲斐なさと不義理さを感じながら、それでも無我夢中で走り続ける。
とにかく離れなくてはとそう思って焦りに焦りながらも、転びながら走り続ける。転びながら、転びながら、ころび…………。
「ちょっとそこの人‼ 足かけてくるのやめてくれませんか⁈⁈」
木の根元に座り込んでいた少女を躱そうとすると再び足をかけてきて派手に転ぶ。
どの角度から行っても信じられない俊敏な動きで足を掛けてくるこいつは本当に人間なのかと疑いたくなるものだった。
少女の口からかすれた声が出る。
「私を、世界樹へ、連れて行って。リンゴが食べたいの……」
「その世界樹から離れようと俺は今頑張ってるんですよお‼」
そう言って少女の上をジャンプして通り過ぎようとしたが、今度はアクロバティックな動きで頭を足で挟まれ、俺は地面に叩きつけられた。横目で見ると少女はまた座り込んでいた。
「世界樹のリンゴが食べたいの……」
「……さっきの、動きが、ごほ、出来るなら。そのくらい、自分で行けるでしょ」
「力が出ないから、連れて行って………………」
瞬きをした瞬間のことだ。視界から少女の姿は消えていて代わりに体の重さが増加した気がした。
いつの間に!! 驚愕していると、耳元でその少女に囁かれる。
「なんでもするから」
体をくるっと反転させて、マックスは真剣な顔で世界樹の方向に走り出した。
「待ってろよ、世界樹!!!」
マックスは童〇だった。