第09話 訓練生
今期の訓練生はまだ入学したばかりで、わたしは2ヶ月遅れの新入生という扱いになるそうだ。
制服等が届くのがここに着いた日から3日後だということで、わたしはそれまで寮の部屋で過ごした。
寮は男子棟と女子棟に別れていて、食堂と談話室は共用スペースにある。
過ごしているうちに誰かに会うかと思ったが、今は遠征中らしく他の訓練生には会っていない。最初にここに来た日に校舎が静かだったと思ったのはそのせいだ。
訓練生がどれくらいいるのかハルさんに聞くと10人程度だそうで、多くの子供達が学ぶ学校をイメージしていたわたしにはとても少なく感じた。
素質がある者を集めるとなると、どうしても少ないのだそうだ。
そして、残念だったのは、今期の訓練生の中にはわたし以外に女の子がいないということだ。
同姓がいるのといないのとでは、安心感が全く違う。
そんなわたしにハルさんは、「この時期の男の子はやんちゃだからね。何かあったら私に相談して!私が懲らしめてやるから!」と励ましてくれて、心が少し温かくなった。
これからのことに少し不安を抱えつつ、支給された教科書を読みながら過ごしていた。
…………………………
そして、他の訓練生と合流する日になった。
届いた緑色のブレザーとスカートに着替えて教室まで歩く。訓練生のカラーは緑色ということで、運動着も緑色だ。
正式な竜騎士のカラーはヴァイツさん達が着ていた青色で、その青色の制服を着ることが訓練生の憧れらしい。
「昨日までの遠征で一人脱落してな、今日加わる君を入れて全員で9人だ。…入ったばかりで話すことでもなかったか。」
そう言ったのは、わたしの前を歩くグラント先生。
朝、職員室に挨拶に伺った際に、グレーの髪と同色の瞳を持つグラント先生が出迎えてくれて、担当だと話した。一見怖そうだが、話してみると優しい人だ。
「やっぱり、厳しいことなんですね。竜騎士を目指すって。」
「ああ…。いろいろな面で厳しいだろうな。」
グラント先生は苦笑いしながらガシガシと頭を掻いた。
教室の扉の前まで着き、グラント先生は確かめるようにわたしを見た。頷きを返すと、扉を開けた。
緊張しながら先生に続いて教室に入る。教壇の上に先生と並んで立つと、教室中から視線が集まるのを感じた。
「前にも話したが、今日から一緒に学ぶことになる新入生だ。」
「はじめまして、ロゼッタと言います。今日からよろしくお願いします。」
言い終わり、ペコリと頭を下げる。名前を言うだけなのに緊張した。
先生から空いてる席に、と促され、一番後ろの窓際の席へ座る。
隣の席の男の子が小さくヒラヒラと手を振り、口だけで「よろしく」と言ってくれたので、会釈して応えた。
「ではさっそく講義に入る。騎士の役割の変遷について……。」
教科書を開き先生の話を聞く。緊張も不安もあるけれど、これからいろいろなことを学べるのだとワクワクした。
…………………………
午前の講義が終わりグラント先生が教室を出た。すると、隣の席の男の子がくるりとこちらに体を向けた。
「なあなあ、俺はラルフ。ロゼッタって呼んでも良いか?」
「ええ、もちろん。これからよろしくね。」
「ああ、よろしく!男ばっかりだから女子が来てくれて嬉しいよ。」
ニコニコと話すラルフは、人懐っこい笑みを浮かべていて初対面なのに親しみやすい。
「あ!ずるい俺も!」
「ラルフ、隣だからって抜け駆けかよー。」
二人で話していると、周りのみんなも話しかけてきてくれた。
初めて会う人達だし、わたしはみんなより遅れて入ったし、馴染めるかなと緊張していたけれど、温かく迎えてくれてホッとした。
午後になり、運動着に着替えてみんなで向かったのは“竜舎”。竜が主に生活する場所だ。
毎日みんなで竜の世話をする決まりらしい。
大きな扉をガラガラと開けると、そこには緑色の竜が3頭いた。広い内部が部屋のように区切られ、竜それぞれが休めるようになっている。部屋の通路側には餌箱と水桶が置かれている。
一番近くにいる竜は、横になって目をつむっていた。
この前見たヴァイツさん達の青い竜よりは小柄だけれど、それでも立派な体と迫力だ。
「竜だわ…。」
「何度見てもすごい生き物だよな。俺は特に目が好きだ。目を合わせるのはあんまり良くないけど、ついつい見ちまう。」
思わずこぼれた感嘆の声に反応したのはラルフだった。
"目が好き"
その言葉に頷くことで同意を示す。
竜特有の透き通るような金色の瞳は、きっとどんな宝物よりも美しいのだろうと思う。
竜の部屋の掃除と、食事や水を与えるのが訓練生の仕事だ。
訓練生だけでは危険もあるだろうと、竜の世話に長けた調教師のザンドさんが付き添っている。
ザンドさんは立派な髭のおじいさんで、今は木箱に腰を掛けてわたし達を見守って…、いや寝ている?
「ザンドのじいさん、まーた寝てるよ。」
「やっぱり寝てるんだ?」
「気が付くとな。でも危険な時はすかさず竜を宥めに来てくれるんだから、すごい人だよ。」
ザンドさんは引退した竜騎士で、普段は寝ていることが多い。しかしふとした時に騎士の名残を感じるのだそうだ。
国に忠誠を誓った騎士は、きっといつまで経ってもその心は騎士なのだろう。
そんなことを思いながらラルフと話していると、不意に影が差した。
「…!」
「う、わっ…!」
振り向くと、ごく至近距離に金色の瞳があった。
さっきまで寝ていたはずの竜が、身を乗り出してわたし達を見下ろしていたのだ。
その息を感じるほど近くで互いに見つめ合う。
ラルフがわたしの手を引いてゆっくり下がるように促すが、…大丈夫、この子にわたし達を傷付ける気はない。
引かれる手と反対の手を竜に向かって伸ばすと、竜はわたしの手に鼻を寄せて匂いを嗅ぐ。
その鼻の濡れた感触と、吹きかかる生暖かい息が少しくすぐったい。
そうして少しすると満足したのか、フゥーと大きく息を吐いて離れていった。
「…驚いた、竜のあんな反応初めて見た。」
緑竜がもとの体勢に戻ると、ラルフが口を開く。
「一番はじめに脱落したやつはさ、この竜を怒らせて噛みつかれる寸前だったんだ。二の舞かと思ったよ。」
「あの小僧は竜をバカにしておったからな、当然のことだ。」
声の方向を振り向くと、それは寝ていたはずのザンドさんだった。
「じいさんが動かなかったってことは、危険じゃないって分かってたってことか?」
ザンドさんは「じいさんとはなんだ。」とゆっくり立ち上がると、竜の檻の前まで歩く。
「竜は人の心が解る。それがどんな者なのかな。誇り高い、美しい生き物だよ。」
そう言って竜を見つめる瞳は温かく、この人も竜を愛する一人なのだと知った。