第08話 学舎
ガタガタと馬車に揺られて着いたのは、国の紋章が掲げられた白い建物だった。ここは竜騎士を目指す者の訓練所らしい。
ここへ向かう道すがら聞かされたのは、竜騎士になるにはある程度の訓練が必要であることだった。
山を切り開いた専用の施設で、10代半ばの素質のある者がこの国と騎士について学び、竜と共に過ごし心身を磨いていく。騎士として相応しい心と体を育てるのだ。
しかし、途中で出ていかざるを得ない者も多いのだという。
その理由は様々だが、一般の騎士よりも少ない候補生がさらに絞られていくらしい。
そんな話を聞いてやっていけるだろうかと不安になるわたしに、ヴァイツさんは「きっと君なら大丈夫だ。」とフッと笑みを浮かべた。
励まされてしまった…そんなに顔に出てたかな…。
馬車から降りるときには先に降りたヴァイツさんが手を差し出してくれて、まるで絵本の王子様みたいだなとドキドキした。
今はちょうど授業中なのか、シンとした校内を案内してもらう。
「教室棟、食堂、運動場…、主要な所は案内したか。次は寮だな。」
「寮なんて久しぶりだねー。全寮制だから第二の家みたいなものだったな。」
ヴァイツさんにダイスさんが続く。
「うるさいこと言う人はいないし、家より気が楽だった。」
「…そうだな。」
笑い合う二人はとても親しい間柄のようだ。
「お二人は、ここで一緒に学ばれたのですか?」
「そうだよ。知り合ったのはもっと幼い頃だけど、ここで同期として学んで、もちろん今も同じ職場。」
なー?と軽い口調のダイスさんに、「ああ、腐れ縁だな。」とクールに返すヴァイツさん。
その様子を見て、わたしもこんな間柄の友達が出来ると良いな、と思う。
案内された場所の一つ一つを懐かしむ様子から、お二人はここで素敵な青春時代を過ごしたのだと分かる。
そうして着いた寮は校舎に負けず綺麗で、中に入ると、ニコニコとした笑顔が印象的な中年の女性が出迎えてくれた。
「待ってたわ!あら、かわいいお嬢さん。久しぶりの女の子で嬉しいわ。」
「ハルさん、ご無沙汰しております。」
ハルさんと呼ばれた女性に、ヴァイツさんとダイスさんが揃って礼をする。
「二人とも久しぶりね!すっかり良い男になっちゃって!」
ハルさんはアハハと気持ちよく笑った。
「この人は、ここの寮母のハルさん。何か困ったことがあったら相談すると良い。」
「ロゼッタです。これからお世話になります」
ヴァイツさんに促されて挨拶すると、「ええ、よろしくね!」とハグしてくれた。
その温かさに、シスターのことを思い出して少し寂しくなってしまった。
「では俺達はこれで」と、帰る二人を見送る。
馬車で帰るのかと思っていたが、見送るために二人に着いて行った場所は、先程案内された運動場だった。
なぜだろうと思いつつ歩いていたが、やがて、その場所にいる“とある存在”に気がつくと、思わず足が止まった。
そこにいたのは、二頭の深い青色の竜だった。
あの騒動の時に子どもの竜を始めて見たが、いま、大人の竜を初めて見た。
大きな体に力強い足、鋭い爪、そして、今まで見た何よりも綺麗な金色の瞳に見惚れる。
二人がそれぞれ竜の元へと近付く。
ダイスさんは、右側の竜に向かって笑いかけながらその背へと回った。
ヴァイツさんが左側の竜に近づくと、竜は顔を寄せてヴァイツさんを見つめる。
ヴァイツさんも竜を見つめ、その頬に手を当てている。
何か言葉を交わしているのだろうか。
普段のヴァイツさんとあまり表情は変わらないが、そのアメジストの瞳は、とても優しい色をしている。
互いを大切に思い合っているのだということが、ひしひしと伝わり、なんだか胸がギュッとした。
「ロゼッタ。」
感動にも似た感情のままその光景を見ていると、不意にヴァイツさんの目がこちらを向き名前を呼ばれた。
「改めて、君の選択に感謝する。辛いこともあると思うが、頑張れよ。」
「ロゼッタちゃん!俺も応援してる!頑張ってね。」
そうして二人は竜の背に跨がる。
「あの、ありがとうございました!後悔のないように、わたし頑張ります!」
慌てて言うと、ヴァイツさんは笑って、ダイスさんは手を軽く挙げて応えてくれた。
大きな翼を広げ、風を巻き起こしながら竜は飛び立つ。その力強さにも圧倒される。
徐々に離れて小さくなり、見えなくなっても尚、彼等が飛び立った空をしばらく見つめていた。