第07話 小さな恋②
翌朝、眠い目を擦る小さい子達を起こして朝食をとると、訪ねてきたのはニコルフだった。
何も知らない子達がわらわらと集まるのを、事情をなんとなく察してくれたメル達が外へと連れ出してくれる。
部屋で二人きり、ニコフルと向き合う。
口元をキュッと結んで真剣な面持ちなのは、きっとわたしも同じ。
「…わたし…。」
覚悟を決めて、わたしの選択を彼に打ち明けた。
…………………………
お昼を過ぎて、玄関のベルを鳴らしたのは騎士団の人達だった。
応接室には同じソファーに院長とわたし、対面にヴァイツさんとダイスさんが座っている。
「さっそくだが、君の答えを聞かせてほしい。」
「はい。わたし、…竜騎士になりたいと思います。」
「!…そうか。本当に、良いんだね?」
ヴァイツさんは驚きと喜びが混ざったような顔でわたしに確認する。
「はい、自分なりに考えて決めました。」
「ありがとう、君の決断に敬意を払おう。」
そう言ってヴァイツさんは穏やかに微笑んだ。隣のダイスさんもニコニコとしている。
ふとわたしの手が温かいものに包まれた。それは院長の手で、わたしの手を握ってくれていた。わたしも握り返して応える。
ニコリと微笑む院長の顔は、泣きたいくらい優しかった。
ここを離れるのは寂しいけれど、わたしは決めた。
竜騎士になれば、いろんな形で孤児院に恩返しができる。
この孤児院から竜騎士が出たとなればそれなりに有名になるだろうし、そうしたら、寄付金も集まって経営ももっと楽になるだろう。
そろそろ施設を出る年齢の子達は自分のやりたいことについて考えるきっかけになるだろうし、もっと小さい子達は将来について夢を膨らませてくれるだろう。
それに、竜騎士にはわたしと同じ他の生き物の声が聞こえる人達が集まっているのなら、わたしは一人じゃないと救われる気がするのだ。
わたしは偶然に幼竜を助けたことをきっかけとして竜騎士になる道を選んだ。これから先への不安は尽きないが、ここでの思い出を胸に頑張っていきたい。大好きな院長、そして大切なみんなに胸を張って会いに来れるように。
話がついてから、予めまとめておいた荷物を持って外に出る。
待っていたように小さい子達が次々に出てきて、泣きながら抱きついてくる。
その小さな頭を一人一人撫でていると、ズボンを握りしめて少し離れたところで佇んでいるクリフに気づいた。
「クリフ。」
優しくそう呼びかければ、唇を噛んで涙を目にためた顔を上げた。
そのいじらしさに微笑みながら手を広げると、涙をこぼしながら勢いよく抱きついてきた。
我慢強くて大人びた子だけれど、こうして年相応に泣いているところを見て少し安心した。クリフはもっと我儘になっていい。もっと大きい子達や大人達に迷惑をかけながら成長していってほしい。
しゃくりあげる声を聞きながら、その熱い体温を感じる背中を抱きしめた。
…………………………
「おや、ニコルフさんお帰りなさい。…その顔は、うまくいかなかったようですね。」
「うん、まあ…。」
家に帰ってくるなり、いつも相談を聞いてくれていたドミルが迎えてくれた。
「じゃあロゼッタさんは、騎士になる道を選んだんですね。」
「うん、はっきり言われたよ。ごめんなさいって。竜騎士になりたいんだって。」
そう言った彼女の瞳の強さが忘れられない。
騎士に惹かれていることは気付いていたけど、そのとき初めて彼女の覚悟を垣間見た。
「あーあ。…好きだったのにな。」
元気出せよと言わんばかりに、ポンポンと肩を軽く叩かれる。
応えるように軽く笑うと、ドミルは優しく笑って部屋を出ていった。
好きだった。
花のような笑顔も。
あのちょっと不思議な雰囲気も。
親父には、孤児出身なんて、とあんまり良い顔されなかったけど、それでも一緒になれたらなと思った。
ロゼッタを笑顔にしてやりたい。一番近くでその顔を見られたら幸せだと思ったんだ。
椅子に座り、ふぅっと息を吐く。
新しい道に進んだ彼女を祝うべきだろうけど、今はまだできそうにない。
でも、落ち着いたら、ちゃんと祝ってやりたい。進みたい道を選んだ頑張る彼女を応援してあげたい。
気持ちの整理がついたら、彼女に手紙でも送ろう。