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第06話 小さな恋①



気が付けば、明日がヴァイツさんが返事を聞きに来る日になっていた。

みんなと過ごしながらも、いつもふとした瞬間にヴァイツさんの話を考えていた。…竜騎士になるか、どうするかということを。



今日もクリフと一緒に洗濯物を干している。すると、



「ロゼッタ」


わたしの名前を呼んだのは、先日来たばかりのニコルフだった。



「ニコフル。どうしたの?今日は来る日じゃなかったよね。」



作業の手を止めてニコルフを見る。彼は、いつにない真剣な目をしていた。



「話が、あるんだ。」


「…うん。」



その固い口調に、つられてわたしも固い声が出てしまった。

騎士になるかの話をしに来たのかな。



「…僕、みんなのところ行ってる。」



気を使ってくれたのか、クリフはそう言うと駆けて行ってしまった。



二人の間に沈黙が落ちる。

なんだか気まずくて視線を落とすと、暫くしてニコルフがわたしの名前を呼んだ。



「ロゼッタ。」



意を決したようなその声に顔を上げた。



「俺と、結婚してくれないか。」


「……え?」



震える声で紡がれた言葉に、理解が追い付かない。


けっこん、わたしと?


言い出したことで勢い付いたのか、ニコフルは尚も震える声で続ける。



「俺、ずっと好きで!…今まで言えなかったけど、ロゼッタが騎士になるかもしれないって思ったら、言わなきゃいけないって思って…。ずっと側に、いて欲しい…!」


言いきったニコルフの顔は真っ赤だ。


ニコルフはみんなに優しくしてくれるいい人。

ここで結婚を選べば、竜騎士になる道は途絶えるけれど、きっと明るい家庭を持つという道が広がる。

そしてこれからはニコフルと一緒に品物を積んで孤児院に来て、お世話になったこの場所に恩返しができる。それは明るい未来に思えた。


でも。


わたしはニコフルのこと、友達だと思ってる。

それは、これからもずっと変わらないと思ってた。

だから、いきなり結婚だなんて言われても、どうしたらいいか分からない。


…それに、竜騎士になることを諦めて、本当に後悔しないの?



「わたし…。」


「返事はさ、明日聞かせてくれないかな。…もし竜騎士になるって言われたら俺、ちゃんと諦めるから…。だから、1日だけ、考えて。」



その言葉に、混乱した頭でかろうじて頷く。

ニコフルは「また、明日。」と言うと、走って帰ってしまった。



遠くで小さい子達の楽しげなが聞こえるなか、わたしはニコフルが立ち去った方を見つめたまま、暫く立ち尽くしていた。








夕食の席で、わたしが明日ここを出るかもしれないことを院長からみんなへ知らされた。


それを聞いた年齢の高い子達は、悲しい顔をしながらも「よかったね」と声をかけてくれたが、小さい子達は皆一様に悲しい顔になった。

いやだ、と泣き出す子もいて、その子達が寝付くまで一緒にいてあげた。



自分よりお姉さんやお兄さんが自立するのは喜ばしいことだけど、いなくなってしまうのが悲しいのは、わたしも経験してる。


同じくらいの歳のメル達が、小さい子を落ち着かせるのを手伝ってくれて、一人また一人と眠りについた。


意外なことに最後までぐずついたクリフが寝たのを見届けると、その柔らかい髪を一度撫で、メル達にありがとうと言って一度部屋を出る。

台所でお水を飲んで落ち着こうと思いながら歩いて行くと、そこには院長がいた。


わたしに気がつくと、優しく微笑んで手招きをする。

呼ばれるまま近づくと、隣に座るように促された。



「…あなたがここに来たときのこと、よく覚えてるわ。暖かい春の午後に、孤児院のドアの前ににいつの間にか毛布に包まれた赤ちゃんがいたの。こんなに小さい子がっていう悲しみもあったけど、せめて少しでも幸せにしてあげたいと思ったわ。」



思い出すように目を瞑ったその横顔は、とても穏やかだ。


「みんなに可愛がられてすくすく育って、今度はお姉さんになって。あなたは聞き分けがいいから、たくさん我慢させてしまったと思うけれど…。」


「そんなこと…。」



首を振ると、暖かい手が頬に当てられた。

穏やかだけど少し悲しそうな、水色の瞳がわたしを見つめている。



「たくさん迷って、自分に正直な結論を出して。あなたがどんな道を選んでも、その先の幸せをずっと祈ってるわ。」


「院長…。」



その優しさに目頭が熱くなる。


わたしが今まで生きてこられたのは、たくさんの優しい人達や兄弟達に恵まれたから、そして、この優しい人に巡り会えたから。


腕を伸ばし、ギュッと院長に抱きつくと、院長も抱きしめ返してくれる。

こうして抱きしめてもらえるのは、小さな時以来だ。あたたかくて、やわらかい。



私達は言葉もなく、暫くただそうしていた。



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