第05話 素質②
孤児院に帰ってくると、私達を待っていてくれたみんなが出迎えてくれた。
馬から降りると、小さい子達が抱きついてくる。
落ち着かせるように一人一人の頭を撫でてあげる。すると、院長が中から出てきた。
「お帰りなさい。」
そう言って微笑む院長にハグをする。院長はわたしを見てホッとしたように息を吐いていた。
ここまで送ってくれたヴァイツさんは、院長とニコルフのお家の人に挨拶をすると、わたしを見た。
「本当に感謝している。…少し、話をしたいので時間をもらえないだろうか。」
「はい、構わないですが…。」
チラリと院長を見ると、「こちらへどうぞ」と応接室に通された。
院長と、気を使って出ていこうとするニコルフもここにいて聞いて欲しいとの要望で、四人掛けソファーに座った。
わたしの隣には院長、目の前にはヴァイツさんでその隣には居心地悪そうなニコフルがいる。
見慣れているはずのこの部屋が、ヴァイツさんがいるだけで高貴な雰囲気になるのが不思議だ。
「単刀直入に言わせて頂く。…ロゼッタ。」
「はい。」
名前を呼ばれ、アメジストの瞳が真っ直ぐ向けられる。
「……君は、竜騎士になる気はないかい?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
遅れて理解した時には、「え?」という間抜けな声しかでなかった。
院長も、ニコルフも目を真ん丸に見開いていて、おそらくわたしも同じ顔をしているのだと思う。
「君はあの時、竜の言葉が聞こえていただろう。それは、紛れもない竜騎士の素質だ。」
竜騎士といえば、この国の象徴たるものであり騎士を目指す者達の憧れの的だ。
この国の男の子ならば一度は夢見たことがある存在で、わたしはその素質がある…?
それと、気になることがある。
「素質、ということは、ヴァイツさんも聞こえるのですか?」
わたしと同じ人が他にもいるのだということを確かめたかった。
「ああ、私も竜の声が聞こえる。だが今回のような生まれたばかりの幼竜は、言葉を覚えておらず意思疏通が難しい。…それすらも聞くことができたのは、稀有な才能だ。」
ヴァイツさんの言葉に、驚きと、わたしと同じ人達がいるという安堵が胸の中で広がる。
「じゃ、じゃあ、ロゼッタは竜騎士になるのか?」
手を膝の上で握りしめたニコルフは、若干震える声でわたしに問い掛けた。
「わたしは…。」
次の言葉をみんなが待っているのを感じる。
突然与えられた選択肢に動揺はあるが、かねてから考えていたことがある。
今は孤児院で養ってもらっているが、わたしもそろそろ一人立ちしなければいけない歳だ。
毎年のように新たな子どもが仲間入りするこの場所で、大きくなってもいつまでも留まり続けることはできない。
わたしより上の兄や姉達は、自分で仕事を見つけたり、人伝の紹介で手に職をつけたりすると同時にここを出た。
次はわたしの番……、そう思っていたのだ。
思ってもみない話が降ってきたのだから、こんなにありがたい機会を逃すのはもったいない。
…でも、誘われているのは騎士だ
この国と人々を体を張って守る存在…。
わたしがなれるのかという不安と、命を懸けるということへの怖さに、思わず、手が震える。
「…突然の話で混乱しただろう。安心してくれ、無理強いするつもりはない。」
3日後に返事を聞きに来る、そう言い残してヴァイツさんは帰っていった。
ニコフルは商人さん達と一緒に帰る間際、わたしを見て何か言いたそうに唇を震わせたが、曖昧に笑って何も言わなかった。
わたしがどうするか、気になっていたのだろう。
みんなが帰ると、女の子達でいつも通りに夕食の支度を始めた。
出来上がってみんなで食べているときも、片付けをしているときも、昼間のことばかり考えて上の空になってしまう。
みんなは応接室での話を知らないが、わたしの様子を見て心配そうにしている
そんな態度をとらせてしまったことに申し訳なさを感じたが、ぐるぐると、止めどなくヴァイツさんの話が頭を巡った。
あの時、わたしは人と違うのだと気付いたときから感じていた孤独感が、わたしと同じ人達がいるという事実によって、優しく包まれていく気がした。
不安や怖さはあるけど、お世話になったこの孤児院に恩返しもできる。
それなら、わたし……。
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詰め所へと戻る道すがら、稀有な才能を持つロゼッタという少女のことを考える。
彼女を竜騎士に勧誘したとき、彼女は迷い、そして震えていた。
それは、騎士として生きることへの恐怖から。
騎士がどういうものなのか正しく理解して、恐れながらも迷っていることに好感が持てた。
あの時は無理強いしないとは言ったが、ぜひ欲しい人材だ。
たとえ竜騎士にならない道を選んだとしても、竜と、更には動物とも心を通わせることができるその才能は見逃すことができないものだ。
それは悪用される危険もあるし、…何よりその力は、知る人ぞ知る特別な力だ。
場合によっては、保護という形をとることも考えなければならない。
偶然に遭遇した特別な才能を持つ存在と、上司に報告する内容に頭を悩ませた。