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第36話 報せ


パチリと目が覚めた。

部屋の中はまだ薄暗いが、カーテンの向こうから少し明かりが差し込んでいる。


同室のミラさんを起こさないようにそっとベッドを出た。カーテンを少し開けて窓の外を見ると、朝日が登ろうとしているところだった。

朝晩はさらに冷え込み、上着を着ないと少し寒いくらいだ。窓ガラスに指で触れると、ひんやりと冷気が伝わってくる。

王都はまだ暑いのに、こんなにも違うんだと驚く。


しばらくそのまま朝日を見ていると、窓辺にリスがやってきた。木の実をカリカリ齧っているが、その頬袋はぷっくりとしている。本格的な寒さを前に食べ物を貯めているのだろうか。その可愛らしい姿に自然と笑みが溢れる。


けれど、ふと、リスの動きが止まった。森の方をじっと見ている。どうしたんだろうと思うと、すぐに窓辺から駆け出して行ってしまった。


すると。




ドンッ…!




遠くで何かが爆ぜるような音と、重い地鳴りが響いた。

窓の外には逃げていく鳥や小動物たちが見える。窓を開けて声を聞こうとしたが、彼らも何があったかは分からないようだ。

ただ、怖いと逃げていく。



「何!?」



異変を感じて起きたミラさんもわたしの隣に来て、外の様子をうかがう。この周辺には音の原因はないようだが、もしかすると…。

わたしとミラさんは顔を見合わせて、窓から離れて急いで制服に着替える。

もしかしたら、北の竜が本格的に動き出したのかもしれない…!とりあえず、みんなのところに行かなくては。



準備を整えて、昨日ミーティングをした部屋へ向かう。ミラさんと早足で向かう間も、胸がドキドキしている。

ここにくる途中で何人か砦の騎士達にすれ違った。みんな異変を感じて動き出しているようで、砦全体がバタバタと動いている気配を感じる。


目的の部屋につきミラさんが扉を開け、続いて中に入ると、そこにはすでにヴァイツさんとルーカス殿下がいた。この砦の代表を務めている騎士もいる。

ヴァイツさんは地図を見ていて、ルーカス殿下は代表の騎士と話している。わたし達に気がついたヴァイツさんがこちらを見た。



「早朝からすまない。さっきの地鳴りは気付いたな?」


「はい。でも一体何が…。」


「分からないが、原因が竜だった場合は最悪だ。ダイスには準備ができ次第、白銀の町上空へ向かってもらうように指示した。スピードの速いダイスの竜なら、それほど時間はかからないだろう。」



そう言いながら地図上でコンパスを使用して距離を測っている。そして、わたしを見た。



「ロゼッタは竜舎に向かって、パートナーが何を感じたのか聞いてほしい。彼の言葉は、君しか聞けない。」


「わかりました。すぐに向かいます。」



ヴァイツさんから指示を受けるとすぐに、竜舎へ向かった。

竜舎へ向かう途中も慌ただしく動いている騎士達とすれ違う。

みんなが緊張と不安が入り混じった表情をしていて、緊迫感に包まれている。こんなことは、竜騎士になってから初めてだ。

このような事態になることはある程度覚悟していたとはいえ、手が震える。

不安を振り払うように走り、竜舎にたどり着いた。



「ナクティス!」



じっと向こうの山の方を見ていた彼は、わたしの呼びかけでこちらを向いた。

名前を呼んだだけで、わたしの言いたいことが伝わったようだ。



『おそらくあいつが動いたのだろう。もう動いてしまったものを止めることはできないが…早く向かおう。』



やっぱり白銀の町の竜が関係していたんだわ。町から離れたここでも感じられた地鳴りと音…。そこにいる人達の安否を確認して、場合によっては避難させなければならない。

それに、そこに向かった竜と竜騎士のみんな…。どうか、無事でいて…。


そこへ、ヴァイツさん、ルーカス殿下、ミラさんが来た。

ナクティスに確認してやはり竜の可能性が大きいと伝えると、みんな苦い顔になる。



「ここまで届くような衝撃音となると、民の安否が心配だ。」



ルーカス殿下の言葉にヴァイツさんが頷く。



「これより白銀の町へ向かう。俺とロゼッタで行き、殿下とミラにはこの砦で待機してもらう。二人には、ここの騎士達と共に王都や近隣の町との連絡を行ってもらいたい。それと、ここへ避難して来た人々がいた場合の対応を。」



それに、もしかしたら白銀の町に行った仲間が連絡を寄こすかもしれない。ここに留まる人も必要だ。



「承知しました。」


「…分かった。」



ルーカス殿下はやや渋い顔をしたが了承した。王族でありながらこうして前線に立つ殿下のことだから、自分も白銀の町へ赴きたいに違いない。先ほども民を心配する発言をしていたし、民のために動きたい気持ちが強いのだろう。




ナクティス達に竜舎の外へ出てもらい、急いで用意を整える。

ゴーグル越しにヴァイツさんを見て頷き合い、ヴァイツさんの合図で飛び立った。


高度を上げて飛行してすぐ、暗い雲が立ち込めた。さっきまで朝日が綺麗に見えるくらい晴れていたのに。

すると、ゴーグルに水滴がぶつかり始めた。一瞬、雨が降り出したのかと思ったけれど違う。これは、雪だ。



「なんで雪が。今はそんな季節じゃないわ…。」



気温が低めの地域ではあるが、雪が降るにはまだ早すぎる。それがなぜ、雪が降るまでになっているの。これも、竜の影響だと言うの…?


グルルッ


ナクティスが低く短い唸り声を上げた。それが、この雪が白銀の町の竜に関係していることを肯定しているように聞こえる。


飛んでいるうちに、地上に降り積もる雪も多くなっていく。

普段ならば雪は綺麗だと思うけれど、今ばかりは、不吉の象徴のように思える。


視界が悪い中しばらく飛ぶと、白銀の町上空にたどり着いた。旋回しながら双眼鏡で町を確認したのだが…。



「そんな…。…みんなは?」



地上には建物らしきものはある。だが、降り積もった雪に埋もれてしまっていたのだ。そこにいたはずの民は、そして仲間のみんなはどうなってしまったの。


苦しくて、思わず胸元をギュッと掴む。

気が付けばハッハッと短く呼吸していた。


まるで人気がない、この真っ白な世界が怖い。

建物を潰さんばかりにのしかかり、その入り口も見えないほどに雪が積もっている。

それは、わたしの知っているものではないような、怖いものに感じる。



『しっかりしろ、ロゼッタ。』



響いた声にハッとする。



『大丈夫だ。私がついている。』



わたしに呼びかけたのはナクティスだ。

彼こそ、この光景を見て思うことがあるはずなのに、わたしを慮ってくれた。


落ち着いて、深く深呼吸する。

そうね、わたしは一人じゃないわ。彼の言葉がすっと胸に染み込んで、少し冷静になれた気がする。



その時、ヴァイツさんが笛で合図を出した。

見ると、降下するように指示を出している。後ろに続いて降下していくと、着地点近くに見知った人物がいるのが見えた。


あれは、ダイスさん!こちらへ向かって手を振っている。彼のパートナーもそばにいる。


わたし達が着陸すると、白い息を吐きながら近付いてきた。



「よかった!俺のパートナーの気配に気がついてくれて、さすがだな。」



どうやら、ダイスさんのパートナーの気配にヴァイツさんのパートナーが気付いたらしい。さすが、双子の竜だ。



「ダイス、無事でよかった。町がどうなってしまったか分かるか?」


「いいや、俺が到着した時には既にこうだった。住民や団長達を探そうにも、慣れない雪には体力を持ってかれる。どうしたもんかと思ってな。」



今わたし達は、白銀の町を見下ろせる小高い丘にいる。

ここから見ても、やはり建物は白い雪に覆われてしまっている。人の声は聞こえてこない。


避難できていれば良いのだが、この雪や建物の下に取り残された人もいるかもしれない。探したいが、わたし達は雪中での捜索に慣れていない。となれば、砦の騎士などこの地方の雪に慣れた人達に協力してもらう必要がある。



「わかった。応援を呼ぼう。砦の騎士は応援に来れる者はすぐに来てくれるようになっているが、この近隣に駐在する騎士達にも声をかけてもらうようにしよう。…これはもはや災害だ。」



ヴァイツさんは苦い顔をしてそう言い、ダイスさんにもう一度砦まで飛んで応援を呼べそうか聞いている。



わたしは再び町を見た。

冷たく重い雪に埋まった、まるで人気のない町。あの雪の下に誰かが埋まってしまっていたら…、それが、レイドやラルフだったら…?

一瞬脳裏に浮かんだイメージにとても怖くなる。


なんとかしなくちゃ。

応援が来る前に、わたしはわたしにできることをしなくちゃ!


その時、ガサリと茂みが動いた。

もしかしたら逃げてきた人かもと目を凝らすと、顔を出したのは鹿だった。


いた、動物だ!この場から逃げなかった子もいたんだ!



「わたし、情報を集めてきます!」


「え?でも情報なんてどこから…。」



ダイスさんに声をかけ、急いでその鹿に近付いて話しかけた。



「あの町にいた人達はどうしたか知ってる?お願い、探すのを手伝って欲しいの。」



毛艶の良い雌鹿だ。クリクリとした目でこちらを見つめると、小さく頷いた。

軽快に町の方へ走り出したかと思うと、彼女に数頭の鹿が続いた。


あとは、人間を目撃した動物がいないか…。

森をキョロキョロと見回すと、木に止まる小鳥が見えた。



「誰か逃げていく人間を見た子はいないかな?もしいたらわたしに教えて!」



チチッと鳴いたかと思うと、その後も鳴きながら木々の上を飛んでいく。すると、隠れていた鳥達が合流してみんなで鳴きながら空を旋回するようになった。



目を閉じて、彼らの声を注意深く聞く。

聞こえる、聞こえるわ。

みんな鳴き合って人間を見たものがいないか探してる。そしてその声の中に、人間を見たという声がいくつか混ざるようになった。


いっぱいいた。

みんなで歩いて行った。

あっちの方。穴がある方。


足音がして目を開けると、一頭の鹿が近くに来ており、町に人間の気配はないことを伝えてくれた。匂いを頼りに町を探してくれたのだ。


動物達のおかげで得た情報は、とりあえず胸を撫で下ろすものだった。



「いました!ここからそう遠くない所にみんな避難しているようです。建物の方からは人間の匂いはしないみたいです。」



振り返ってヴァイツさん、ダイスさんに報告すると、二人は驚いたようにわたしを見ていた。



「ロゼッタ、君には本当に驚かされる。」


「ほんと、ロゼッタちゃん凄すぎ…。」



そう言って二人は眉を下げて笑った。


その反応でハッとした。

夢中になってしまったけれど、動物と話せることを秘密にしているならば今の行動はあまり良くなかった。

ヴァイツさんもダイスさんもわたしの能力を元々知っていたから良かったけれど、もし知らない人に見られていたら…。



「あ…、ごめんなさい。わたし…。」


「謝る必要はない。みんなを助けたいと必死になってくれたんだろう。人の命が懸っている今、責められる謂れはないよ。」



いけないことをしてしまったかもしれないと不安になったが、ヴァイツさんが優しく微笑みながらそう言ってくれてホッとする。ダイスさんも笑顔で頷いている。


そして、わたしとヴァイツさんは行ける範囲での捜索を開始し、ダイスさんは砦へ戻って状況説明と応援要請をすることになった。


とりあえずの方針が固まり、ヴァイツさんとダイスさんが話している間、わたしはふと気になったことをナクティスに聞いてみた。



「動物の声を聞くことができる力を"竜の耳"と呼んでいるみたいなんだけど、ナクティス達も動物に何かお願いしたりするの?」


『たしかに私達も動物の声を聞くことはできる。だが、彼らが私達の願いを聞き入れたり、私達のために動いたりすることはない。彼らにとって私達は怖く見えているだろうから。』



竜は大きくて強い存在だから、動物達にとっては怖いだろう。それに、竜は大概のことは自分達でできてしまいそう。



『動物は人間よりも相手の心を見通す能力に長けている。その心が曇りのない綺麗なものだと分かるから、ロゼッタのために何かしてあげたいと思うのだろう。動物に愛されるのは、ロゼッタの力だ。』



そう言われてなんだか気恥ずかしい。

だけど、この力が誰かを助けるのに役立つのならば、この力を持っていることに感謝して、よく考えて使わなければと思った。




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