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第35話 変わらない

ラルフ視点


久しぶりに会う町の人達は、俺が帰ってきたことを喜んでくれた。ずっと緊張していたが、以前と変わらないみんなの顔を見ると少し心が和らいだ。

同時に、何かあった時、俺がみんなを守らなければという思いが強くなった。


町に訪れた竜騎士達を歓迎しようと、町のみんなは宴会を用意してくれた。俺達は仕事だからと遠慮したが、みんなの厚意を無碍にもできず、町の中央の広場で日が暮れる頃に始まった。懐かしい顔ぶれ、懐かしい地元の料理…。大切な仕事中だとはいえ、胸にじんとくるものがある。


しばらくしてから、宴会を中座して、俺はアイラの家に向かった。

仕事とはいえ久しぶりの帰省だ、馴染みに挨拶でもしてこいという竜騎士みんなの計らいで、アイラに会いに行く。そういう体でアイラに接触することが俺の任務だ。



「アイラ久しぶり。」


「まあラルフ!久しぶり。」



ベッドに座り本を読んでいたアイラは、俺を見るなり嬉しそうに微笑んだ。

久しぶりに会うアイラは前よりすこし大人っぽくなっていた。それでも肌の白さや身体の細さは変わっていない。



「わあすごい、それが竜騎士の制服なのね?」


「そう。格好良いだろ。」



どうだ凄いだろうと、得意げに笑ってみせる。これを手に入れるまでの俺の苦労を聞いてくれと訓練生時代の話をした。

竜は好きだが騎竜訓練が辛かった話、学科試験ではそこそこに良い点をとれた話、王都の夏季は俺には暑すぎる話…。どんなに小さな話でも、アイラは笑いながら聞いてくれる。


そんなアイラは本当に昔と変わらなくて、何かを企んでいるようにはとても思えなかった。



「手紙でラルフが会って欲しいって言っていた同期は、今日はいらしてるの?」


「ああ、一人は来てるよ。」


「本当!会ってみたいわ。」


「でも町のみんなに捕まってるからな…。あ、ここからでも見えるぞ。ほら、あの銀色の髪の。レイドって言うんだ。」



この寝室は二階にあるので、町の広場も見える。少し遠いが、町の男連中に絡まれているレイドを指差す。



「あいつの兄ちゃんは竜訓練団の副団長でな、仲の良い兄弟なんだ。あいつも凄いやつで、騎士としての誠実さは誰よりも持ってる。自慢の同期だよ。」


「そうなんだ。…あともう一人はどんな方なの?私と気が合いそうって言っていたけれど。」


「竜騎士には珍しい女の子でさ、その子は竜も動物も好きだから、アイラと気が合ったらいいなと思って手紙に書いたんだ。」



少し誤魔化しながら話す。本当はアイラと同じ力を持っていることを伝えて、仲間がいるんだぞと言いたかった。でも、今はそんなことはできない。



「…そうなんだ、話してみたかったわ。」



窓の外を見ながら、アイラはポツリと呟いた。



「ラルフとても大人になったのね。…なんだか遠くに行ってしまったみたい。」



声色も口調もさっきまでと変わらないが、その言葉には寂しさが滲んでいるように感じる。



「そんなことない。町を出る前に、アイラは俺のことを思ってるって言っただろ?俺も、ずっとアイラのことを思ってたよ。」



アイラが心配でならなかった。ちゃんとご飯を食べているか、無理をしていないか、体調は悪化していないか。アイラからの手紙の返事が遅れると、そのまま返事が来ないような気がして怖い時もあった。手紙のやり取りは、アイラが生きていることを確かめる唯一の術でもあったんだ。



「アイラはどうなんだ?アイラは、変わったのか?」



違うと言って欲しい。昔のまま、アイラは変わらないんだと…今回の不穏な事態に関わっていないんだと言って欲しい。



「変わらないよ。私の思いはいつも一つで、これから先もずっとそう。」



窓の外を見ながらアイラはそう言った。それは、とても真っ直ぐな言葉だった。


"変わらない"

その言葉に俺は安堵した。俺の知っている昔のアイラのままだ。悪いことになんて何も関わっていないと、そう思えた。

俺はそれからしばらく、会えなかった分を取り戻すかのようにアイラと話していた。



この時、アイラが言っていた"変わらない"の意味を、俺は分かっていなかった。


アイラはずっと、ある思いを抱えて…背負わされて生きていたんだと知った時、俺はアイラを全く理解できていなかったことを思い知らされた。





……………




「ラルフ、大丈夫だった?」



アイラの家から出ると、近くの木陰からヴァネアさんがそっと出てきて声をかけてきた。


俺がアイラに接触している間、何かあればすぐに駆けつけれるように備えてくれていた。



「はい。話した感じは以前のアイラと変わりませんでした。何か企んでいるとか、そんな不穏な感じはなかったように思います。」



感じたことを正直に答える。



「そう…、分かったわ。団長に報告したらとりあえず今日は適当に休んで。一応見張りは続けるから、私達の時間になったら集合しましょう。」


「わかりました。」



怪しい言動はなかったが、何か動き出さないとは限らない。そのため、アイラの周辺をこっそりと見張る計画が立てられていた。


団長は一人で、俺とヴァネアさんのペア、フォードさんとレイドのペアで交代することになっている。



広場の方へもどり、団長のところへと向かう。

俺たちは飲酒を断っているが、町のみんなの方が盛り上がって酒が進んでいるようだ。



「お!ラルフ戻ってきてたか!」



程よく酔いが回った肉屋のおじさんに声をかけられる。



「アイラのところに行ってきたんだろ?元気だったか?近頃めっきり外に出なくなったからなぁ。」



酒のせいで赤ら顔だが、眉を下げて心配そうにそう言った。



「おう。ちょっと顔色は悪いけどいつものアイラだったよ。…そっか、アイラあんまり外出てないのか。」


「あそこの奥さんも心配性だからな。俺は少しくらい外に出ないと体に悪いと思うんだが…。まあ他所様のことにあんまり口出しできないからなぁ。」



俺が家に行った時は、アイラの母ちゃんは特に何も言わず家に入れてくれた。心労のためか、疲れているような感じがした。



「まあ、元気そうならよかった。ラルフも酒…はダメか、美味いものたくさん食えよ。俺の店も良い肉出したからな。」



肩を強めに叩かれて、そのままおじさんはみんなの方へ向かった。

酔っ払いめ、力加減間違えてるぞと肩をさすりながら団長の前に行く。



「戻りました。特に怪しいものは感じられませんでした。話した所感としては普通の病弱な女子というところです。」


「そうか、ご苦労だったな。何も無いに越したことはないが、さてどうするか…。予定通り見回りは続けよう。」


「はい、分かりました。」



最低限必要の会話だけをして、一礼し団長から離れる。

あまり町の人たちに不安や疑念を抱かせないために。



喧騒から離れて適当な椅子に座ると、すぐに誰かが隣に座った。顔を見ると、それはレイドだった。



「ラルフ。」


「レイド。ありがとう。」



レイドから差し出された飲み物を受け取る。それを飲むと、やっと一息つけた心地がした。



「町の奴らに絡まれてたみたいだけど、大丈夫だったか?悪い奴らじゃないんだが、田舎者の癖みたいなものだろうな。」


「大丈夫だ、みんな良い人達だな。それにお前はみんなに好かれてる。色んな話を聞いたぞ。」


「え、なになに。何聞いたの。」



何を吹き込まれたんだと少し焦る。さっき遠目でレイドを見た時は若者達に囲まれていたから、同級生達が何か話したのか。



「まあ、大丈夫だ。変なことじゃない。」


「いや教えてくれないの?気になるじゃん!」



レイドは口元に笑みを浮かべたまま、自分の飲み物を飲んだ。教えてくれる気はなさそうだ。



「…やっぱり俺にはアイラが何かしようとしてるなんて思えなかった。仕事の手を抜く気はないけどさ、アイラに黙って監視するの少し気が引ける。」



団長や先輩達の前ではこんなこと言えないが、レイドの前だと素直に話せる。自分の言っていることが良いことではないのは分かっているけど。



「たとえ何もなかったとしても監視は意味があることだ。無実の証明になる。」


「そっか、…そうだな。」



アイラには悪いが、レイドの言う通り何もしていないことの証明になるならば、取り組む意味のあることだ。



「アイラ、レイド達に会いたいって言ってたんだ。いろいろ終わったら会ってやってくれよ。」


「ああ、もちろんだ。ラルフの面白い話も聞きたいしな。」



レイド、本当にさっきは誰から何を聞いたんだ?面白い話ってなんだよ?

…それはそうと。



「ロゼッタにも会って欲しいな。砦にいるから会えない距離じゃないけど、今はそれどころじゃないか…。」



アイラはあまり口には出さなかったが、特異な力を自分だけが持っていることに対して孤独感を感じていた。きっとそれは、ロゼッタにも経験があるのではないかと思う。自分は一人じゃないんだと分かることが、これまでの二人の寂しさを埋めることになれば良いなと思う。



「ラルフには伝えてなかったが、訓練生の時に俺とロゼッタが誘拐されたことがあっただろ?あの時は、ロゼッタが動物達に協力を仰いだんだ。ロゼッタの力のおかげで俺達は助かった。」


「そうだったのか!」



レイドの兄さんや、ダイスさんをはじめとした騎士達によって助け出されたと聞いていた。あの時は、二人が無事に帰ってきて本当に安心した。



「俺はあの時ロゼッタに守られてばかりだった。だから今度は俺が守れるくらい強くなろうと誓ったんだ。」



前をまっすぐ見て真剣な表情でそう言う。

俺がアイラを守りたいと思うように、レイドもまたロゼッタを守りたいと思っているんだ。



「レイドはさ、ロゼッタのこと好きなの?」


「…は?なんだいきなり。」



なんとなく、自然に口から出た質問だった。

ロゼッタに関して、俺たちの間でこの手の話をしたことはなかった。

俺からこんな質問をされるとレイドは思っていなかったようで、驚いた顔をしている。

その顔をじっと見つめていると、気まずそうな表情をして顔を逸らした。

これは返答を誤魔化そうとしてるか?返事を促すべく少し煽る事にする。



「ロゼッタかわいいし良いやつだもんな。あれは好きになっちゃうよな。」



俺の言葉にピクリと反応する。



「ロゼッタは秘匿されてるが王族だぞ。相応しい相手が用意されるだろ。」



そうだけどそういうことじゃないだろ。

俺には尊い家柄のことはよく分からないけど、誰かを好きになるとかそういうことも軽々しく言っちゃいけないことなのか?



「同じ竜騎士同士だし、レイドの家は上位貴族だろ?家のことだけで考えるなら、お似合いだと思うけど。…でもそういうこと抜きにしてさ、レイドはどうしたいんだよ?ロゼッタが他の奴のところに行っても良いのかよ?」



少し間を置いて、レイドは答えた。



「ロゼッタのことは大切だと思ってる。…誰かにとられるのは面白くないなとは思う。」


「ふーん?」



誰かにとられたくない、それは立派な独占欲だろう。葛藤してるところがあるみたいだから、あまりつっこまない方が良いか。



「お前はどうなんだ?」


「俺?俺は…。」



ロゼッタはかわいい大切な仲間だ。幸せになって欲しいし、幸せならその隣にいるのが自分じゃなくても良いと思う。そこが俺とレイドの違いだと思う。

それを素直に言っても良いが、焚き付けるために曖昧な返事をしておくか。



「さあな、俺は秘密ということにしておく。」


「なっ、お前…。俺にだけ言わせておいて。」



軽く睨んでくるが怖くない。照れているのか耳がうっすら赤くてかわいいくらいだ。

それよりも、だ。



「ロゼッタ鈍感だから、ちゃんと言わないと伝わらないからな。」


「…分かってる。」



相変わらず耳は少し赤いが、手元のグラスに目を落とすとしっかり頷いた。




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