第34話 砦にて
〜砦の騎士視点〜
俺達が勤める砦に、大きな竜達が降り立った。
竜騎士が来ると通達されてはいたが、こうして目の前で竜を見ると、その存在に圧倒される。
幼い頃は俺も多くの子供と同じように、かっこいい竜と竜騎士に憧れた時期もあったが、こうして間近で竜を見て、率直に"怖い"と思った。
硬そうな外殻で覆われた大きな身体、鋭い金色の目、大きな爪やチラリとのぞく牙。
竜が人間を食べたなんて聞いたことはないが、竜達がその気になれば俺達人間はひとたまりもないだろう。
恐怖で身体が固まったが、その背から降りてきた人々を見てハッと我に返る。
大丈夫、万が一何かあってもこの人達が竜を抑えてくれるはずだと。
まるで真珠のように綺麗な白い竜の背からはルーカス殿下が降りられた。最敬礼をとるが、殿下はそんな俺達を手で制した。
「今はこの国を守る同じ騎士だよ。」
そう言って殿下は優しく微笑まれた。王族としての威厳がありながらも、優しく、そして騎士として尊敬できるお方だ。
青い竜から降りたのは、竜騎士を多く輩出するシルバー家長子であり竜騎士団副団長のヴァイツ副団長、そしてその右腕のダイスさんだ。
二頭の青い竜はとてもよく似ていて、双璧という言葉が相応しい。その騎手であるお二人もまた、竜騎士団の双璧として活躍されていると聞く。
その後ろに、竜騎士の中でも数が少ない女性団員も来ていることに気がつく。あれは、フラナー子爵令嬢のミラさんだったはず。同じく女性竜騎士のヴァネアさんと一緒に、竜騎士団の華と称されている。
彼女が乗っていたのは一般的な緑竜で、こんなに色付き達に囲まれていると相対的に小さく見えるが、それでも立派な竜だ。色付き達に囲まれても落ち着いていて、肝がすわっている。
そして、最後に降り立ち、一際異彩を放っているのは大きな黒竜だ。
その竜を見た時、俺はここにいる竜の中で一番恐ろしいと感じた。どうして人間に従っているのかとさえ疑問に思ってしまう。どの竜もそれぞれ怖さは感じるが、この竜は…。上手く言えないが、暗くて重い闇を見ているような、身の内側がぞわりとするような感覚を覚える。
一体どんな武人がこの竜を従えているのかと思っていたが、その人を見て驚く。その背から降りてきたのは、なんと年若い少女だったのだ。
白い肌に端正な顔立ち、艶やかな黒髪を纏めて肩に流している。華やかな社交界で綺麗なドレスを着ていそうな彼女だが、身に纏っているのは紛れもない竜騎士の制服だ。
このこが、この恐ろしげな竜を従えているのか。
少女は黒竜へと手を伸ばし、その白く小さい手で竜の顔を撫でている。黒竜はそれに応えるように顔を寄せていて、その光景はまるで著名な画家が描いた絵画のように美しい。
思わずまじまじと見入っていると、黒竜の金色の目がギロリと俺を睨んだ。標的として捉えられたような感覚にぶるりと震え上がり、思わずその場から逃げるように立ち去った。
砦入り口にて物資を搬入していた同僚に鉢合うと、そいつは俺の顔を見るなりギョッとした。
「お前どうしたんだよ。そんなに真っ青になって。」
「…怖い、竜がいてさ…。不躾に見たから竜の不興を買ったかもしれない。」
そう答えると、同僚は哀れんだように俺を見た。そして、とりあえずその竜には近づかないようにしようとだけ言われた。
ああその通りにする。俺だってできれば怖い思いなんてしたくない。
俺も物資の運搬に加わりながら、あの少女はよくあの竜と一緒にいられるなと思う。あの時彼女は、慈しむ視線を竜に向けていた。恐ろしげな竜が、彼女にはどのように映っているのだろうか。
他の竜騎士もそうだが、恐ろしい竜を恐ろしいと思っていないような。それが、竜騎士としての素質なのだろうか。
…………………………
〜ロゼッタ視点〜
北の地域だけあって、ここは王都よりも肌寒い。冬になったらきっと厳しい寒さになって雪も降り積もるのだろう。
竜達を竜舎に入れ、一息つく。そしてここまで飛んでくれたパートナーに声をかける。
「こっちは少し寒いね。あなたがいたのは暖かいところだったから、疲れたでしょう?」
「これくらいは問題ない。流石に真冬となると辛いが。」
普段と変わらない様子の受け答えだけど、なんとなく彼の表情は暗い。
「…友達が気になるのね。」
「ああ…。やはりこの先にいるのだろうが…嫌な気配だ。」
そのうち勘の鋭い動物達は隠れるなり逃げるなり何かしらの行動を起こすだろうと言う。
彼としてはすぐにでも北の竜に会いたいところだろうが、へたに刺激すると予想できない行動をとってしまうかもしれない。まずはここで待機して情報を待ち、できるだけ穏便に接触したいところ。彼もそれを分かって、わたし達に協力してくれている。
「一緒に会いに行こうね。」
不安を抱えるあなたを一人にはしないから。一緒に会いに行って、何があっても二人で受け止めましょう。
その想いを込めて伝えると、彼の目が柔らかく細められた。
「ロゼッタ、そろそろ戻るよ。」
ミラさんがわたしを呼ぶ声に返事をする。
「今日はお疲れ様。ゆっくり休んでね。」
そう声をかけると、パートナーはゆっくり頷いた。
砦の中に入り、夕食をいただいた。
野菜がたっぷり入ったスープは素朴な味ながら身体を温めてくれて、とてもおいしかった。この辺りの地域で採れたものが使われているそうだ。肌寒いので身体が温まる食事は嬉しい。それに、大人数の食事だから大鍋でたくさんの量を作れるのも、スープや煮込み料理の良いところだ。
孤児院にいた時も、大きな鍋でみんなで協力して食事を用意していたことを思い出す。
…みんな元気かな。
訓練所は全寮制だったし、竜騎士になってからもバタバタで会いに行けていない。いろいろ落ち着いたら、みんなの顔を見に行きたいな。
懐かしいような寂しいような気持ちになりながら、食事をいただいた。
夕食後は砦の部屋の一室で、今日の飛行に問題はなかったかとか、竜達の体調、そして先遣隊から連絡が来た際の動き方について確認し合った。
先遣隊のみんなは今頃どうしているのだろうか。白銀の町に着いてはいるだろうから、情報収集中か、少し休んでいる頃か。
「長丁場になるかもしれないし、短期間で片がつくかもしれない。いつでも動けるように油断しないでいこう。」
最後の殿下の一言に、みんな深く頷く。
いつ、何が起きるか、誰にもわからない。
殿下が退室した後も少し部屋に残って、窓から外の様子を見る。日はだいぶ落ちていて、もうすぐ夜の暗さに包まれるだろう。この辺りの土地は切り開かれているけど、少し行くと森が広がっている。砦からさらに北に進むとやがて白銀の町だ。
ラルフは、幼馴染の女の子…アイラさんには会えたのだろうか。今回の作戦の重要人物であるアイラさん。わたしと同じ力を持つ人…。ラルフはいつか、同じ力を持つ私たちを会わせたいと思っていたという。お互いに良い友達になれそうだと。
しかしこんな形でそれがかないそうだとは、誰も思っていなかっただろう。
「ロゼッタ大丈夫?ラルフにレイド…先遣隊の心配をしてるの?」
ミラさんが心配したように声をかけてくれた。その言葉に首を横に振る。
「先遣隊を心配する気持ちはあります。でも、信じて待つのも仕事だと思っています。」
ミラさんは優しく微笑んで頷いた。
「ロゼッタちゃん、本当に成長したね。」
そうしみじみ言ったのはダイスさんだ。横のヴァイツさんも頷いている。
「だが素質は前からあったのだと思う。俺が竜騎士に勧誘した時、ロゼッタは迷っていただろう?はじめから騎士としての責任の重さや怖さを理解していた。君は誠実で賢いと思ったよ。」
そんな風に言ってもらえて、恥ずかしいけど嬉しい。ヴァイツさんの言葉にダイスさんが続ける。
「そうだね。それに、レイドとラルフと、三人がお互いに良い影響を与え合っていると思う。」
「わたしがお二人と一緒に初めて訓練所に行った時、懐かしそうに案内するお二人を見てこんな風な友人が欲しいと思ったんです。お互いを信頼していて、隣にいると安心するような…。そんなお二人に憧れました。」
それは、ずっと思っていたことだ。
お二人を見て、信頼を寄せる友人がいることを羨ましく思った。いつか、私もお互いに成長し合えるような関係の友人ができたらいいなと。
そして今は、レイドとラルフは信頼できる一番の友人だと胸を張って言える。
わたしの言葉に、ヴァイツさんとダイスさんはお互いに顔を見合わせて、少し照れたように笑った。




