第33話 白銀の町へ
白銀の町へ出発する日となった。
天気は良好で風も強くなく、飛行するには申し分ない。
訓練場には団長、ヴァネアさん、フォードさん、レイド、ラルフがそれぞれのパートナーと一緒に並び、装具や竜の体調の最終チェックをしている。
わたし達のチームは後ほど出発するため、チームでみんなの見送りに来た。
『ロゼッタ!』
わたしを見て真っ先に声をかけてくれたのはアルだ。今回はヴァネアさんのパートナーとして頑張ってくれる。
「アル、緊張するかもしれないけど頑張ってね。」
『大丈夫!ヴァネアと一緒だもん。ヴァネアは怖いけど優しいんだ!』
「そこは優しいだけでいいでしょ!」と、ヴァネアさんがアルの頭をわしわしと撫でる。
ヴァネアさんはアルが幼竜舎を出て一般の竜舎に来てから、パートナーとなり飛行訓練を行ってきた。
アルにとってこれほど安心できる人はいないだろう。
チームの中でアルは一番若いが、彼の言った通りヴァネアさんと一緒なら大丈夫だ。
この前、わたしを乗せて古竜のところへ行った時も、怖そうにしながらも頑張ってくれた経緯もある。
微笑ましい気持ちでアルにエールを送りながら、レイドとラルフは…と周りを見渡す。
パッと目に入ったのは美しい水竜で、陽の光を反射する鱗は透明感があって綺麗だ。彼の住んでいた湖を体現したような美しい竜。
その横にはパートナーであるレイドがいて、ヴァイツさんと話をしている。
それを見たミラさんとヴァネアさんが「麗しいご兄弟だわ。」「眼福ね。」と話しているのが聞こえる。
真面目な顔で話しながらも、時折柔らかい笑みを浮かべる二人。こうして兄弟の仲の良さを垣間見れることができて心があたたかくなる。お互いに大切に思っているのだということが伝わってくる。
今は二人の邪魔をしないでおこうとラルフを探して、見つけた。
こちらに背中を向けてパートナーに鞍を付けていたラルフに近付く。
ラルフ、と名前を呼ぶとこちらを見てくれた。
「ロゼッタ、来てくれたんだ。」
「うん、出発前に顔が見たかったの。ラルフのパートナーにも会いたくて。」
ラルフの竜は内気な女の子の竜だ。
今回は大きな仕事だから緊張しているだろう。
ただ、ラルフを見る目からは気遣うような気配があって、このこもきっと、いつもとは違うラルフの様子を感じ取っているのだろうと思う。
微笑みかけながら、ラルフをよろしくねと心の中で呟く。
「…正直言うと、まだ心の整理がついてないとこもあるんだ。だけどさ、ロゼッタに言われたようにまずは会いに行ってみようと思うんだ。」
そう言って、ラルフは故郷の方を見た。
その横顔は、今までに見たことがないくらい真剣だった。
これから先、何が起こるかは誰にも分からない。
ラルフの心が傷つかないかが心配だけど、彼が行くと決めたならその選択を応援するしかない。
「わたしは一緒には行けないけど、何かあったらすぐ駆けつけるから。」
「ああ、ありがとう。
…ロゼッタが来るまでは俺のことはレイドが守ってくれるらしいし、きっと大丈夫だ。」
ふいにラルフがいたずらっぽい表情なり、わたしの後ろに視線を向けた。振り返ってみると、そこにはレイドがいた。
そのさらに後ろでは、先程までレイドと話していたヴァイツさんは、今度は団長、ルーカス殿下と話しているのが見える。
「ヴァイツさんとの話はもういいの?」
「ああ、話したいことは話せた。…そんなに心配しなくても、ラルフのことは俺が見てるし、団長達だっている。ロゼッタはゆっくり連絡を待っていてくれ。」
わたしの不安が伝わったのだろう。レイドは表情を緩めてそう言った。
そうよね、わたしが不安そうに送り出したらラルフの不安も大きくなってしまう。それならわたしは笑顔でいないと。
「わかった。レイドも気を付けてね。連絡待ってるから。」
「ああ。」
笑顔を向けると、レイドもラルフも笑顔を返してくれた。
みんなの準備が整い、見送り組は少し離れたところに集まる。
団長が腕を上げて合図すると、風を巻き起こしてみんなを乗せた竜達が舞い上がった。
上昇しながら団長を一番先頭にして隊列を組み、みんなの姿はどんどん遠くなっていく。
白銀の町で何もないに越したことはないけれど、こんなに色付達が胸騒ぎを覚えている状況では、きっと何かが起こってしまうのだろう。
どうかみんな無事で。
祈るような気持ちで、遠くなっていくみんなを見送った。
…………………………
先遣隊が出発してしばらくの後、わたし達もそれぞれのパートナーを連れて集まる。
道具の点検とパートナーの体調の最終確認を行い、出発準備を進めていく。
ここにいるのはルーカス殿下と白竜、ヴァイツさん・ダイスさんと双子の青竜、そしてわたしの黒竜。
ミラさんのパートナーだけは緑竜だが、色付達を前にしても怯んだ様子を見せていない。経験も積んでいて落ち着いた性格の賢い緑竜だ。だからこそ今回のメンバーに抜擢された。
「では私達も出発しよう。」
ルーカス殿下の言葉にみんな頷き、ヴァイツさんの合図で飛び立つ。
ぶつからないようにスペースを確保し旋回しながら上昇していく。
副団長であるヴァイツさんを先頭に、ルーカス殿下とダイスさんが脇を固め、その後ろにわたしとミラさんという隊列を組む。
白銀の町の少し南側に砦があるので、わたし達はそこへ向かい待機することとなる。
空は晴れ渡っているのに、対照的にわたしの心はあまり晴れない。
なんだか胸騒ぎがするのは、わたしの心配しすぎだろうか。




