第32話 作戦会議
白銀の町へ出発するにあたり、竜騎士団全体に作戦が発表された。
数日前の会議に出席したルーカス殿下、団長、ヴァイツさん、ダイスさん、レイド、ラルフ、わたし以外のメンバーには竜の血筋のことは話されていない。今回白銀の町に行く目的は、その地にいると言われている竜の確認のためとだけ知らされた。もしかすると、古竜かもしれないからと。
右袖を控えめに引っ張られる感覚がしてそちらを見ると、ヴァネアさんがこちらに身を寄せた。
「ロゼッタから見て本当に古竜だと思う?その…ロゼッタのパートナーは何か言ってた?」
「昔はそこにいたと言っていましたが、今生きているかまでは…。」
ヴァネアさんへの返答に少し嘘をつく。わたしの竜の話によれば北の古竜は生きているはずだが、混乱を避けるためだろうか団長達は古竜が必ずいるとは言わなかった。わたしもそれに倣った方が良いと思ったのだ。
嘘をついたことにほんの少し胸が痛くなる。
わたしとヴァネアさんは小声で話していたが、そのやり取りを見たのだろうヴァイツさんが話す。
「自分の目で見た者や伝え聞いた者などいるだろうが、ここで正式に発表する。先日、ロゼッタは古竜と絆を結んだ。その古竜から、確かに昔北の地域に古竜が住んでいたと情報を得ている。」
古竜と呼ばれる存在が生きていたこと、そしてわたしが古竜と絆を結んだことは、混乱を避けるために口止めされる予定だった。しかし、竜舎の竜達がそれぞれのパートナーに伝えたことであっという間に広がってしまった。
もはや周知の事実だったが、こうして正式に発表されたことでやはり場はざわめいた。
しばらくの後、一人が手を挙げて質問した。
「もし本当に町に古竜がいた場合、任務の危険性はどれほどでしょうか。」
それはみんなが気になっていることだ。
わたしの絆の相手は、今は暴れることもなく幼竜舎で過ごしている。わたし達がどうするかを待っていてくれているのだ。
しかし、それはきっと絆を結んだから。
絆を結んだ竜は人間により友好的になる。プライドが高く気性が荒い色付きの竜でさえそうだ。
絆を結ぶ前の強い竜…、たとえば団長のパートナーである赤竜は、東方の谷の暴れ竜として有名だったそうだ。先輩達から聞いたことには、近づいたもの全てに牙を剥くような気性の荒さだったそうだが、団長と出会い絆を結び、今は落ち着いている。
そんな例もあり、もし古竜がいたとしてそれが大人しいとは限らない。人間を傷付けることがあるかもしれない。
「正直、危険性は未知数だ。本当に古竜がいるかも分からないが、もしいた場合、危険を伴うだろう。」
団長の言葉に、緊張した空気が流れる。
「そこで、今回向かうメンバーは絆の相手を持つ者達を中心に編成することとする。」
白銀の町には団長、ヴァネアさん、フォードさん、レイド、ラルフが向かうと発表された。色付きと絆を結んだ団長、レイドと、経験豊富なヴァネアさん、フォードさん。そして白銀の町出身であるラルフの構成だ。
…みんなには詳しく説明されていないが、まずはラルフをアイラに接触させて様子を見るのだろう。
そして、近くの町でルーカス殿下、ヴァイツさん、ダイスさん、ミラさん、わたしが待機することとなった。
何もなければ団長達先遣隊は帰還すればいい。わたし達ら何かがあった時の応援として近くで待つのだ。
白銀の町には、飛行訓練の休憩地として利用すると伝えることとした。突然竜騎士が来たのでは住民が驚いてしまう。ニコルフが言っていたように白銀の町は以前にも休憩地としたことがあるため、それほど不自然ではないはずだ。
出発は五日後だと知らされ、作戦会議は終了した。
…………………………
金色の鍵を使って大きな扉を開ける。
中に入るとポカポカと心地良く、爽やかな緑の匂いがする。換気のためにドーム状の天井についた小窓が何箇所か開けられている。
「おや、いらっしゃい。」
ここに入るための鍵はルーカス殿下からいただいたが、植物の管理や幼竜達の世話をする者にも鍵が与えられている。
それは引退した竜騎士で名前はガランさん。細身で穏やかな初老の男性だ。
日向ぼっこする幼竜の体をブラシで擦ってあげていて、幼竜は気持ちよさそうに目を細めている。
「ガランさんこんにちは。」
ブラッシングされている幼竜に「よかったね。」と声をかけて頭を撫でる。目を細めたままキューンと鳴いてとてもかわいい。
そのこの周りには幼竜が2匹いて、ブラッシングされる様子をぐるぐると周りながら見ている。順番待ちをしているのだろう。
そんなかわいらしい様子に、わたしもガランさんも自然と笑みが溢れる。
「このこ達はあなたの竜を怖がることもなく、一緒にお昼寝したりしてますよ。将来は大物になるかな。」
「古竜が遊び相手なんて、あまりできない経験ですよね。物怖じしない竜に育つかもしれませんね。」
子どもだからよく分かっていないところもあるのだろうけど、大人の竜も怖く思うような存在に小さい頃から慣れたなら、この子達はこれから先怖いもの知らずなのではないかと思う。
飛び石の上を歩き、開けた場所の大きな岩の前まで来た。温かいその場所には、大きな黒竜が目を瞑ってじっとしている。身体の上を幼竜がよじ登ったり滑ったりしていて、まるで子猫が親猫と遊んでいるようで微笑ましい。
「ナクティス。」
名前を呼ぶと、ゆっくりと金色の目が開けられた。
ナクティスは身体が大きいからたくさんご飯を食べるのかと思ったが、少しの水と食料で足りるらしい。眠っていることが多く、やはり高齢の竜なのだと改めて思う。
彼に、作戦会議で決まったことを伝えた。彼は「そうか…。」とだけ呟き、どこか遠いところを見るような目をした。
「我が必ず友を止める。ロゼッタ、お前は我等を見届けてくれ。」
そう言ってナクティスはゆっくり目を閉じた。
彼が言った言葉はどこか寂しくて、悲しくて…なんだか胸がキュッとなる。
わたしは岩の上に登って彼に寄りかかり、目を閉じて、しばらく彼の呼吸を感じていた。
…………………………
〜レイド視点〜
しゃがみ込み、陽の光を反射する水面を覗き込む。水の中には長い髭を揺らして目を瞑るパートナーがいて、とても気持ちよさそうだ。
パートナーは普段、他の色付き達と一緒の竜舎にいるが、やはり水の中が好きなのだという。
運動場には小さな池があるが、パートナーのために色付達の竜舎の近くに池をつくってもらった。人工的な物だが気に入ってくれたようだ。
パートナーはぱちりと目を開け、俺を見た。
ゆっくり動き出し、トプンと音を立てて水面に顔を出した。
透き通るような鱗、金色の瞳…。とても美しい。
「日程が決まった。五日後に出発して白銀の町にいく。」
作戦会議で決まったことを伝える。パートナーはそれを穏やか聞いていた。
竜の血筋の疑いがあるラルフの幼馴染は、病弱な女性だというが、古竜と一緒に何を企んでいるのだろうか。
危険性はまさしく未知数。何もなく、穏やかに事が済めばいいが…。
ルーカス殿下のパートナーを中心に色付き達が胸騒ぎを覚えていること、ロゼッタのパートナーの古竜も不安を覚えたことから、おそらく穏便にはいかないだろう。
「北の地でもまだ冬季ではないから、川も湖も凍っていないね。ひんやりとして気持ちよく泳げそう。」
パートナーは唐突に、そして穏やかにそう話した。「ああ、でも人間には冷たすぎるか。」と話す様子からは、笑っている気配すらする。少し困惑していると、穏やかな金色の目が俺を見つめた。
「そんなに暗い顔をしないで。かわいい子には笑っていてほしいものだろう?」
不安と緊張と…、さまざまな感情を抱えた俺の心を見抜いているらしい。俺は普段はあまり感情が顔に出ず、何を考えているかわからないと言われることもある。変化に気付くのは兄様とロゼッタ、ラルフくらいか。
心配してくれるパートナーの頬に手をあて、俺は大丈夫だと伝える。そして、ありがとうと。
パートナーは心地よさそうに目を細めた。
頬を撫でながら、かねてから思っていたことを伝える。
「俺はもう幼子ではないから、かわいい子と呼ばれると落ち着かないんだが。」
「そうかい?私達から見れば人間はみんな幼いよ。それに、君はこんなにかわいいじゃないか。」
だめだ、かわいい子という呼び方は直してもらえそうにない。せめて、他の人の前では言わないでくれると助かるんだが…。
他の竜達も、絆を結ぶとこんなに人間に甘くなるものだろうか。
再び水の中に戻っていくパートナーを見ながら、それぞれ自分のパートナーに会いに行っているはずのみんなのことを思い浮かべた。




