第30話 ラルフ
ラルフ視点
「そいつの名前はアイラといいます。幼馴染の女の子です。」
ラルフが落ち着くのを待って、友人の詳細を聞いた。
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しんしんと雪が降り積もる。
夏は涼しいが冬は雪深く寒さも厳しい。
仕事などで一度町を出た人達は、みんな揃ってここは生活しにくいという。そんな人達の話を聞いて、子ども達は年頃になるとより大きい町への憧れを抱く。
そんな、どこにでもある田舎の町。
けれど俺はこの白銀の町が好きだ。
父や母は口うるさいけど一人息子の俺を大切にしてくれてるのは分かっているし、小さい頃お使いに行くと町の店の人達はサービスしてくれた。町で採れる食べ物はおいしいし、十字路のパン屋のおばさんが焼くパンはすごくうまい。俺はそんな町の人達のことも好きだ。
俺が竜に興味を持ったのは10歳くらいの頃だ。竜騎士が飛行訓練の休憩地として訪れ、一晩滞在した。町の大人も子どもも竜なんて見慣れていない。怖がる人もいたけど、大半は国の象徴に興奮していて、俺もその一人だった。
「すごいな!あんなかっこいい生き物初めて見た!」
「なあなあ、竜ってこの辺にもいないのかな?」
興奮して話す俺たち子どもに、肉屋のじいさんはしれっと言った。「いるぞ。」と。
「いるのかよ!」「なんで早く言ってくれないんだ!会いに行く!」と、友達と一緒に抗議したが、じいさんは首を横に振るばかり。
この町を守っているという白銀の竜の話をしてくれたが、その竜がいる一年中凍った山は実際にはないのだと話した。確かにここは寒いが、冬が終われば氷は溶ける。氷の山なんて聞いたことはなかったが、それでも俺たちは諦めきれなかった。
町のみんなに話を聞いたし、学校の先生達にも聞き回った。「授業中もそれくらい熱心だといいのだけど。」と小言をもらっただけだったが。
「……でさあ、全然見つからないんだ。でもそんな話があるってことは、絶対どこかにいるってことだろ?」
「そうね、いるかもしれないし、いないかもしれない…。そこにお話のロマンがあるのね。」
「なんだよ、大人達と同じこと言うじゃん。」
友達と一緒に聞き回ったことを、俺は幼馴染のアイラに話していた。
けほっけほっ、とアイラが咳をする。
アイラは病気がちであまり学校にも来ない。俺たちのように駆け回って遊ぶなんてことももちろんしない。家の中にいることが多いからか日に焼けない肌は雪みたいに白かった。
「今日は家の人、誰もいないの?」
「ううん。いるけど、おじいちゃんの病気の方が重いからそっちを看病してる。…私もおじいちゃんのそばにいたいけど、寝ていなさいって言われちゃって。」
「…そっか。」
アイラの家は昔からこの町にある由緒ある家だ。なんでも、アイラのご先祖様はここに領地をもらった貴族だったんだとか。
アイラのじいちゃんはなんだか怖い雰囲気の人だけど、最近は病気がちで家にいるらしい。俺には怖く感じるけど、アイラにとっては大切な家族だ。はやく良くなるといいな、と思う。
「まだ見つからないけどさ、竜のすみかがみつかったらアイラも一緒に行こうな!」
「うん。でも、無茶したらだめだよ?勝手に山に入ろうとして怒られたんでしょう?」
なんでアイラが知ってるんだよ、と言えば、アイラは窓の外を指差した。そこには小鳥が二羽いた。
「アイラずるいよ。自分だけ動物と話せるからってさ。」
怒られたことはわざとアイラに伝えなかったのに。恥ずかしくて口を尖らせる。そんな俺のことを見てアイラはふふふ、と笑った。
アイラは落ち着いていてまるで大人みたいだ。それに、動物と話せるなんて、まるでおとぎ話のお姫様みたいだ。…そんなこと、恥ずかしくて言わないけど。
俺もアイラみたいに本をいっぱい読めば、かっこいい大人になれるだろうか。
彼女の薄黄色の目を見て、そう思った。
それから一週間後、アイラのじいちゃんが亡くなったと報せがあった。
俺は親に連れられて、アイラの家を訪ねた。アイラのじいちゃんに最期のお別れと、花を供えに来たのだ。
アイラ、落ち込んでいるだろうな…。
あの怖いじいちゃんも、アイラの前では優しく笑っていたのを思い出す。アイラも、優しいじいちゃんが好きだって言ってた。
そう思っていた時、アイラのお母さんが慌てて奥の部屋から出てきた。
「アイラ、アイラがっ…!」
「どうされたんですか、落ち着いて!」
顔は真っ青で髪は乱れ、尋常じゃない様子のアイラの母さんを、俺の父と母が落ち着かせようとする。
「アイラが、どこにもいないんです…!」
……………
すぐに大人達がアイラを探すために集まり、捜索が開始された。
子どもは家にいなさいと言いつけられたが、ただ待っているだけなんてできなかった。
今の季節は冬。アイラは体が弱いんだ、早く見つけてあげないと倒れてしまうかもしれない。
アイラのじいちゃんの棺を遠目で見たのを思い出す。
…アイラ、そんなのは絶対に嫌だからな!
だが、学校に図書館、パン屋…、アイラが行きそうな場所を探すが見つからない。
アイラ、じいちゃんが亡くなって悲しくて飛び出したのか?
息を整えながら考える。次はどこを探せばいい?アイラ、一体どこに…。
その時、鳥の高い声が響いた。
ふと見れば、木の枝に見覚えのある小鳥がとまっていることに気付いた。
あれは、アイラの友達の小鳥!
「アイラはどこにいる?知ってたら教えてくれ!」
動物と話せない俺の言葉を小鳥が聞いてくれるかは分からない。それでも、アイラを見つけたくて必死だった。
俺の声が小鳥に届いたのか、一度鳴くと枝から飛び立った。
俺は必死で小鳥の後を追った。雪に足がとられて走りにくいが、小鳥を見失うわけにはいかない。走って、走って、走って…、気が付けば山の中に入っていた。
そして。
「!アイラ!」
座り込んでいるアイラを見つけた。そばには、もう一羽の小鳥がいて、やっぱり俺を案内してくれていたようだ。
「アイラ、探したんだぞ!みんな心配して…。アイラ?」
やっと見つけたアイラは泣いていた。
ハラハラと落ちる涙は雪の結晶のようで、俺は今の状況を忘れて、すごく綺麗だと思った。
しかし俺はすぐにハッとして、アイラへ背中におぶさるよう促した。アイラは、涙を拭いながら素直に従ってくれたが、その身体は冷たく冷え切っていた。
「アイラ、一緒におばさんに謝ってあげるから。…悲しいなら、俺がそばにいるから。一人でいなくなっちゃだめだ。」
「違うの、…悲しいけど、そうじゃないの。」
アイラはか細い声でそう言った。
じゃあなんで泣いているのか。そう聞きたかったけど、聞けなかった。
アイラの小さな泣き声だけが響く中、俺たちは山を下った。
…………………………
アイラのお母さんは、アイラがいなくなった一件でより過保護になった。アイラの体の弱さも相変わらずで、より家にこもるようになった。
あれから5年が経ち、俺は夢だった竜騎士になるために王都へ試験を受けに行くことになった。合格すれば、そのまましばらくこちらへは帰ってこない。
「じゃあアイラ、行ってくるから。」
「うん。」
俺を見送るためにアイラは庭まで出てきてくれた。相変わらず色が白いし、体も細い。
「ちゃんとご飯は食べるんだぞ、体調がいい日は日光浴もするように。あとは…。」
「ラルフってば。私だってもう幼い子供じゃないわ。言われなくても分かってるから。」
もう、と頬を膨らませて不満をアピールする。
「手紙書いてね。あと、たまには帰ってきて。」
「うん、約束する。帰らないと父さんも母さんも心配するしな。もちろんアイラも心配してくれるだろ?」
冗談混じりに言ったが、アイラは真面目に頷いた。
「うん。私はラルフが元気でいられるように想ってる。だから、ラルフも私を想ってね。」
まるで告白みたいな言葉だ。
なんて言って茶化そうとしたが、真っ直ぐな目で見つめられて言おうとした言葉は引っ込んだ。
「じゃあ、また。」
「うん、またね。」
そして俺は白銀の町を出た。




