第28話 絆を結ぶということ
何も遮るものはない青い空が続いている。人も動物の声もない世界で、羽ばたきの音だけが聞こえる。
わたしは黒竜と絆を結んだ後、許可をもらって一緒に空を飛んでいた。
彼の羽ばたきは一回一回が大きく、背に乗せてもらうと、その力強さがよく分かる。火山で初めて会った時も綺麗だと思ったが、陽の光の下で見る彼も、とても美しい。
ほう、とぼんやりしてしまう。
彼の力強さにうっとりするし、一緒に空の世界を見れることがとても嬉しい。
久しぶりに空を飛んだであろう彼の清々しさまで伝わってきて、絆を結ぶとはこういうことなのかと実感する。絆を結んだ竜とは、互いの精神的な結びつきが強いようだ。きっと、わたしの嬉しい気持ちも彼に伝わっているのだろう。
しばらくお互いに無言で飛び続け、やがて彼が切り出した。
「北の国に、古くからの友がいる。聡明で美しい竜だ。…しかし、そいつが最近になって不穏なことをしているようだ。」
「不穏なこと?いったいどんな…。」
「詳しくは分からない。だが、人間絡みだろう。」
詳しくは分からないと話すのに、人間が関係していると断言することに疑問を覚える。
そんなわたしを見透かして、彼はこう続けた。
「その者によって差はあれど我等は人間に好意的だ。…いつだって、竜を狂わせるのは人間なんだ。」
その言葉はわたしの胸に重く響いた。
わたしは竜が好きだ。強くて美しい至高の生き物。大好きな竜達にはできるだけ幸せに生きて欲しいと思う。しかし竜からしてみても、好意を抱く人間が幸せであるように願うのは一緒らしい。
「その北の竜は、ある人間のために、何か良くないことをしようとしているのね。」
その人間を思う愛情がどのような方向に向かってしまうのか。一体何をしようとしているのか。
調べて見極めるべきことがたくさんある。
…なんだか、悪い予感がする。
「まあ、まずはお互いのことをもっと知ろう。私はお前のことが知りたい。なにせ、ずいぶん久しぶりに絆を結んだ相手なのだから。」
「!うん。わたしもあなたのことをもっと知りたいわ。」
考えること、やるべきことはたくさんある。
でも今は、巡り会えた素敵な彼について知りたいわ。お互いを知って絆を深めたい。
その後、わたし達は色々な話をした。気が済むまで飛び回って、竜舎に戻ったのは夕方になっていた。
風を巻き起こしながら、竜騎士の訓練場にゆっくり着陸する。背から降りると、そこには、団長、ヴァイツさん、ルーカス殿下がいた。
「やあ、お帰り。今日は帰って来ないんじゃないかと心配したよ。」
「ただいま戻りました。遅くなり申し訳ありません。」
気付けば日が暮れかけていて、時間を忘れて飛び回ってしまったことを反省する。ルーカス殿下は「いいんだよ。」と笑ってくれるが、子どもみたいなことをしてしまったと少し恥ずかしい。
「さあ、中に入ろう。このまま外にいては人が集まってきてしまう。」
団長の言葉に頷く。市街地の上空を飛ぶ時は、市民を怖がらせないようにできるだけ高く飛んできたが、それでも黒い竜に気付いた人もいるはずだ。
城内にいる人達も、降り立った竜に気付いて集まってきてしまうかもしれない。
わたしの竜が見世物になってしまっては嫌だ。
しかし、戻ったはいいものの、他の竜と同じ建物で過ごすことはできない。今わたし達は竜舎の近くにいるが、その中にいるであろう竜達がしんとしている。やはり、古竜が怖いのだろう。
「とりあえず、色付き達の竜舎に来てもらいますか。」
ヴァイツさんの言葉にみんな頷いたが、わたしの竜は意外な場所を指定した。
幼竜舎がいいと言うのだ。
成体の竜でさえ彼を怖がってしまうのに、幼竜なんて気絶してしまうのではないかと思ったが、いらない心配だったようだ。
「…人間でも竜でも、こどもは怖いもの知らずなのか。」
団長が、驚いたような呆れたような声で言った。
黒竜が入ってきたことに幼竜達は最初こそ驚いた様子だったが、それも束の間、わらわらと寄ってきた。どっしり座る黒竜の匂いを嗅いだり、体に登ろうとする子までいて、気が付けばとてもかわいらしい空間になってしまった。
予想外だが、これで安心だ。
竜達はのびのび過ごせるし、この光景を見た団長達みんなも、わたしの竜は怖くないと分かってくれるのではないだろうか。
「…なんだよこれ。」
「!ラルフ、レイド!ただいま。」
ふと後ろから聞こえた声に振り向けば、ラルフとレイドがいた。駆け寄って二人とハグをする。
「お帰りロゼッタ、無事でよかった。…それにしても、ずいぶんすごい相手と絆を結んだんだな。」
レイドは驚いた顔でわたしの竜を見ている。
任務地で一度その姿を見ていたラルフは、別の意味で驚いているようだ。
「ロゼッタが火山から帰ってきた時は正直怖いと思ったけど、ちび達と一緒だと、なんていうか…。」
その時、幼竜の一体がキャオンと鳴いた。その子が言った言葉に笑ってしまう。
「おじいちゃん、だって。」
その子の言葉をみんなに伝えれば、やっとみんなの表情が柔らかくなった。幼竜にそんなことを言われても、わたしの竜は穏やかだ。
威厳がありすぎて怖く感じてしまうけれど、わたしの竜は優しいんだとみんなに分かってもらえたようで良かった。
「とりあえず、ロゼッタは休まなければな。明日報告を聞くからゆっくりまとめておいてくれ。」
団長の指示に「わかりました。」と返事をする。今日はもう上がって良いということだが、それならわたしはやりたいことがある。
「団長、お願いがあるのですが。」
「なんだ?」
「今日はわたし、ここで寝てもいいですか?」
わたしの大切な竜と一緒にいたいという思いが強い。なんだかとても離れ難いのだ。
わたしの訴えに団長は微妙な顔をする。団長だけではない、ルーカス殿下もヴァイツさんも、レイドも。
やがて、団長はこう話した。
「絆を結んだ竜とは精神的に強く結びついているだろう。だから今の時期は、…そうだな、付き合ったばかりの恋人と離れ難い…ような、そんな状態になるんだよ。」
なるほど、せっかく結ばれた竜と離れたくないというのは自然な感情なのか。…わたしはまだ恋人はできたことがないから分からないけど、好きな人ができたらこんな感情になるのだろうか。
じゃあ、今夜はここに泊まってもいいのかなと思ったが、そうもいかないらしい。
「だめだ、きちんと自室で休みなさい。万が一体を壊してはそれこそ竜に心配をかけるぞ。」
ヴァイツさんにそう言われては引き下がらざるをえない。
「…分かりました。」
「ロゼッタ、そんなに切ない顔をするのはやめてくれ。団長達を見ろ、罪悪感がすごいと思うぞ。」
しぶしぶ、と了承すれば顔に出ていたのか、ラルフにそう言われてしまった。「だって…。」とラルフを見れば、「俺に罪悪感を植えるのもやめましょう。」と顔を逸らされてしまった。
わたしの竜に近付き、おやすみを言う。
「じゃあまた明日ね、ナクティス。」
それは、教えてもらった彼の名前だ。名前の響きですら美しく感じる。
ナクティスはただ、穏やかにわたしを見つめていた。
………………………
団長達と別れ、寄宿舎へ戻る前に竜舎へ向かう。
レイドも、ラルフもついてきてくれた。
扉を開けて入ると、中の竜達はソワソワしている。
「みんな萎縮してるな。」
「すぐそこに古竜が降り立ったんだから、無理もないな。」
ラルフとレイドが言う。仕方なかったけどかわいそうなことをしたかなと思いつつ、目当ての部屋へ向かった。
「アル。」
「!ロゼッタ!」
呼びかけると、すみっこで丸まっていたアルが顔を上げ、ドタドタと近付いてきた。部屋に入り、アルの頭を撫でる。
「今日は一緒に飛んでくれてありがとう。帰りは一人にさせてごめんね。」
キュルキュルと甘えた声を出すアルはやっぱりかわいい。
「大丈夫だよ。…ねえ、ロゼッタ。ロゼッタはまたぼくと一緒に飛んでくれるの?」
不安そうに揺れる瞳。わたしに絆を結んだ相手ができたことで、もう一緒にはいられないのかと不安に思っているのだろう。
「もちろん!アルさえ良ければ一緒に飛んでほしいわ。」
わたしの言葉に、アルはやったー!と喜んでいる。初めて会った時よりとても大きくなったけれど、まだ子どもっぽいところもある。
わたしに絆を結んだ竜ができたことで、わたしとアルはパートナーではなくなってしまうが、それでもまた一緒に飛びたい。アルは、わたしが竜騎士を目指すきっかけになった大切な竜だ。
「よかったなアル!」とラルフ達に言われて喜んでいる。こうやってみんなに見守られて、成長していくのが楽しみだ。
ラルフはパートナー、レイドは元パートナーの竜に声をかけてから三人で竜舎を出る。扉が閉まる直前に、『おじちゃんによろしくねー!』とアルの元気な声が響いて、三人で笑ってしまった。




