第03話 動物達と
「例の男達は、商人に化けて関所を突破したようです。ですが、その後の足取りは未だ掴めていません。」
あまりの進捗のなさに出そうになる溜め息を寸でのところで止める。
こちらのイラつきが伝わったのか、報告していた若い騎士の顔色は悪い。
市中で起きた騎士の失態は本来なら管轄外だが、今回は竜が関わっているとなれば、黙っているわけにはいかない。
「そうか。関所を抜けたとして、その先は市街地…。まだ街に潜んでいる可能性もある。もしくは……」
バタンッと大きな音を立てて詰め所の騎士が一人入ってきた。
「おいおい、慌てるのもいいが静かに入れよ。」
一緒に報告を聞いていたダイスが注意すると、す、すみません、と縮み上がる。
今度はましな報告であるといいなと思いつつ、彼の切らした息が整うのを待った。
________……
孤児院まで戻ってくると、わたしが院長に事情を説明し、ニコルフは商人さん二人と一緒に街の騎士団の詰所に向かった。
あまり騒ぐのもよくないと思って個室で話したのだけれど、子ども達は何か不穏なものを感じたのだろう、いつもより落ち着きがない。
一番年下のマリーが甘えてくるので、絵本を読んであげていると、ニコルフが来た!という声が外から聞こえた。
マリーと手を繋いで玄関に向かうと、もう子ども達が集まっていた。
外には、よく街で見る甲冑を着た騎士の人達がたくさんいて、それにビックリして柱の影から覗いている子もいた。
シスターは…と探すと、外に出て誰かと話している。私に気がつくと手招きをしたので、その隣に立つ。
「君がもう一人の竜の目撃者だね。私はヴァイツ。竜騎士団の副団長を務めている。」
“竜騎士団”
その言葉に子ども達がざわつく。
騎士の中でも特別な人だけがなれるもので、青い制服が特徴的な彼らは、主に国防を担っていると聞く。
年に一度の軍のパレードでは竜騎士が最も人気で、今年のパレードにみんなで行ったときも、特に男の子達が熱狂していた。
目の前にいる、銀色の髪に紫色の瞳の男性が、その副団長…。
事実確認をしたいと言われ、森の中で見たことを話した。
それがニコルフの言い分と一致していることを確認すると、後ろに立っていた同じ青い制服を着た人に「捕縛する。」と短く告げた。
「ニコルフだったな。場所を案内してほしい。一緒に来てくれるか。」
「は、はい!あの、でも、ロゼッタは一緒に行かないんですか?」
その言葉に、ヴァイツさんはわたしを見る。
「…差別するわけではないが、女性には危険だ。彼女にはここで待っていてもらった方がいいだろう。」
ヴァイツさんの返答に、ニコルフは一瞬言葉につまったが、でも、と続けた。
「俺じゃ、たぶん安全に案内できません。さっき、向こうの見張りに見つかることもなくあの場所に行けたのは、ロゼッタがいたからだと思うんです。」
「どういうことだ…?」
そこまで言うと、ニコルフはわたしを見た。話して良いかどうか迷っているようだった。
騎士達の視線も、自然と私に向く。
「…私、小さい頃から動物の言葉を聞くことができて…。さっきも、『こっちが安全だよ』って鳥達に案内してもらったんです。」
私の言葉に、ヴァイツさんと、同じ制服の男性は目を見開き、後ろの騎士達はざわざわとし出した。
本当に言ってるのか?
そんなこと、あり得る話か?
小声ながらも、疑いの声はこちらまで届いた。
“嘘を吐いてるんじゃないのか”
…ああ、嫌だな。わたしやっぱり変なこと言ってるんだろうな。
発言したことを後悔していると、
「うそじゃないよ!ロゼッタ姉さんは本当に聞こえるんだ!」
声を上げてくれたのはクリフだった。
「そうだ!何も知らないくせに!」
「姉さんを嘘つき呼ばわりしないで!」
みんなが次々に私を守ろうと声を上げてくれる。院長が宥めようとするが、火がついてしまってなかなか収まらない。
その子ども達の様子に甲冑の騎士達がたじろいだ。
すると。
「不快な思いをさせてすまなかった。俺は君の言葉を疑っていない。君さえ良ければ一緒に来て欲しい。」
ヴァイツさんは私と子ども達に真摯に謝り、そう言ってくれた。
憧れの竜騎士が謝ったことで、子ども達の声が徐々に収まる。
その後ろでは、同じ竜騎士であろう男性が、甲冑の騎士達に「お前らなー」と言っている様子が見えた。
その表情は私からは見えないが、騎士さん達が大袈裟なくらいビクッとしている様子から、怖い顔でもしているのかもしれない。
「…いいえ、気にしていません。私もあの子を助けたいです。一緒に行きましょう。」
「ああ、よろしく頼む。」
こうして、わたしとニコルフも一緒に、幼い竜の捜索に向かうことになった。