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間話 余暇


sideロゼッタ 初めての家族


馬車が止まり、しばらくして扉が開かれた。御者の手を借りて降りると目の前には白い格子の門があった。

門は開かれていて、そのまま中に進むよう促される。

玄関へと続く道は左右に花々が植えられていてる。風に乗って運ばれる香りが、緊張している心をわずかに和らげてくれた。


ここはブルメディア家の別邸で、王宮よりそれほど離れていない場所にある。

ブルメディア公爵夫妻…アルベロさん、ヴィオラさんは本来地方に住まわれているが、用事がある時などにはこちらの住まいを利用するらしい。今回は、交流会のために夫妻揃って滞在している。


別邸ではあるが、今日わたしはブルメディア家の一員になってはじめて、公爵夫妻にお会いするためにここに来た。


ドキドキしながら建物の中に入ると、お二人が出迎えてくれた。後ろには使用人の皆さんも控えている。



「よく来てくれたね。」



柔らかく笑うお二人は雰囲気が似ていて、とてもお似合いだ。わたしを孫として迎えてくれたが、たしかに孫がいてもおかしくはない年齢に見える。


応接室に移動し、品の良い深緑色のソファーに座る。お二人はテーブルを挟んでわたしの前に座った。テーブルの上には焼き菓子が並べられていて、花柄のティーカップに紅茶が注がれる。



「今日はお互いのことを知る日にしたいと思っているんだ。」



アルベロさんの言葉の通り、わたし達はお茶とお菓子を楽しみながら、いろいろな話をした。竜騎士の仕事のことから、好きな色や花、食べ物まで、本当にいろいろ。

お互いのことを知るうちにその人がより見えてくる。最初は緊張していたけれど、優しいお二人とお話しすることが楽しくなった。


そしてわたしは、どうしても気になっていたことを聞いた。



「あの、聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」


「ああ、なんでも聞いてくれて構わないよ。」



お二人が居住いを正す。わたしの様子が先程までと少し違うことを感じたのだろう。



「…わたしを迎えて頂いたのは、娘さんに似ているからとお聞きしました。わたしはそんなに似ていますか?」



娘さんは亡くなっていると聞いているので、気分を害してしまうかもしれない。それでも、一度聞いておきたかった。

知り合いと他人が似ていることはたまにある。でも、わたしを家族に迎え入れたいと思うほど似ているのだろうか。


ヴィオラさんが使用人に目配せをしたかと思うと、布に包まれた四角い物がヴィオラさんに手渡された。

その布をゆっくりと外されて、現れたのは額縁だ。



椅子に座って柔らかく微笑む綺麗な女性が描かれている。ヴィオラさんゆずりの暗い髪に暗い瞳。

肖像画ではあるが、たしかにわたしに似ている気がする。



「シンシアよ。私達の一人娘だったの。」



ヴィオラさんは優しく微笑んで、額縁をゆっくりなぞった。視線や額縁をなぞる手つきから、シンシアさんを大切に想っていることがひしひしと伝わってくる。



「好きになった人と結ばれて、嫁ぎ先で幸せに暮らしていたの。子供も産まれて、私達に会いに来てくれると手紙が来たわ。楽しみに待っていたけれど、…私達が会うことはなかった。

向かう途中で事故にあって、馬車は滑落しそのまま一緒に…。」


「それは…。」



なんと声をかけて良いか分からない。シンシアさんも旦那さんも、そのお子さんも、一度に亡くされてしまったのだ。

こんなに優しいお二人に、そして大切なご家族に、どうしてそんな不幸がふりかかってしまったのだろう。



「でもロゼッタ、あなたがいてくれた。」


「わたし、ですか?」



シンシアさん達のことをどこか遠くを見ながら話していたヴィオラさん。その目が、わたしを見た。その顔は、泣きそうにも嬉しそうにも見える。



「わたしは…、わたしなんかが、大切なご家族の代わりになれるでしょうか。」



どうしてこんなにもわたしのことを必要としてくれるのだろう。シンシアさんやそのお子さんの面影を、似ているわたしを通して感じているのかもしれないが、それでもわたしは所詮他人だ。わたしをそばに置くことでお二人の心の慰めになるのなら良いけれど、わたしはお二人の想いに応えられているのだろうか。



「代わりじゃない。ロゼッタ、君は私達の家族なんだよ。」



アルベロさんがわたしに優しく言う。

ヴィオラさんと目を合わせたかと思うと、お二人は頷きあった。



「娘とその夫が帰ってくることはなかった。そして娘の子は、行方不明になった。」


「行方不明…?」



お子さんだけ行方不明になった?どういうこと?



「いくら探しても孫の姿は見つからなかった。どこかで生きていると信じたかったが、赤子が一人きりで生きていけるはずがない。…私達は悲しみに暮れながらも、時間をかけて現実を受け入れてきた。…だが最近になって、孫が生きていることがわかった。」



アルベロさんも、ヴィオラさんも、まっすぐにわたしを見ている。

まさか、まさか…。

胸がドキドキして、思わず服の胸元を握りしめる。



「王から可能性を…君のことを聞いて、調べ尽くした。ロゼッタ、君は動物の声が聞こえるね?…娘もそうだったよ。」


「…っ、はい…!聞こえます。」



うまく声が出ない。声を絞り出して返事をしたが掠れてしまった。目頭が熱くなって涙がこぼれる。

涙をこぼすことしかできないわたしを、お二人は優しく見守ってくれた。




落ち着いた頃、アルベロさんは教えてくれた。

馬車から転がり落ちたまだ赤ちゃんだったわたしは、幾重にも布で巻かれていてそれがクッションになったのではないか。人が助けたのか、それとも獣の気まぐれか…孤児院にたどり着いた経緯はさすがに分からなかったが、奇跡的に生きることができた。


シンシアさんも動物と話すことができたが、それは王家の血筋に稀に現れる才能らしい。その才能を悪用しようと考える人もいるだろう。大事な一人娘が危険な目にあう要素は排除したいと、本当に限られた人にしか伝えなかったという。

そして、王家の血筋だということは、わたしを混乱させないように伏せられてきた情報でもあった。しかし家族の話をするにあたり、陛下と相談してわたしに伝えることを決めたのだそうだ。


わたしが王家の血をひいているなんて信じられないし実感が湧かない。でも、それで良いという。ゆっくり受け止めてくれればいいし、この事実は自分が伝えたいと思う人がいたら伝えれば良いと、話してくれた。



アルベロさん達は地方に住んでいるから、竜騎士としての仕事があるわたしは一緒に住むことはできない。でも、その分手紙などを通してお互いを知っていこうと話した。



「いつでも来てね。」



お屋敷を出る間際、頭を撫でてくれたヴィオラさんの手は、とても優しかった。

わたしは一人じゃなかった。はじめてできた家族を、これまでの分も大切にしていこうと心に誓った。











__________


sideレイド 兄と弟



ノックをするが部屋の中から返事はない。もう戻っているかと思ったが、いないのか?

ドアノブに手をかけると抵抗なく開いた。中に入ると、目的の人物は机に突っ伏して寝ているようだ。


いつもあまり表情を見せず、無表情のことが多い弟。それでも寝顔はあどけない表情をしていて、小さい頃を思い出す。

五つ離れた弟は、昔から自分の後ろをついて来て可愛かった。同じ竜騎士を目指していることを知った時も、共に勤められることが嬉しかったが、心配もあった。


弟は小さな頃から、取るに足らない親類や貴族から心無い言葉や態度を向けられていた。それをバネにして努力していることは知っていたが、心が傷ついていないか心配だった。そして、俺を目標にしてくれていることは嬉しかったが、それは本当に本人のやりたいことなのかと気がかりだった。


しかし、訓練所に通い出してしばらくしてから表情は明るくなったし、竜と接している時の表情からは本当に竜が好きなのだと感じられた。

順調に学び、無事に竜騎士となることができた時は、本当に嬉しかった。


竜騎士になれたのは本人の努力の賜だ。だけど、レイドが明るい表情を見せるようになったのは…、そしてその心を支えたのは、ロゼッタとラルフの力が大きいと思っている。とても良い仲間に恵まれた。


ふと、かつてのレイドの涙を思い出す。今のレイドの穏やかな顔が見られることは、俺にとって何よりも嬉しいことだ。



…………………………



暗く重い雲が立ち込めて、白く煙るほどの雨を降らせている。時折、稲光が周囲を照らす。雷は遠くにいるようだが、いつこちらへ近づいてくるのかと不安が渦巻く。


おれは、家の庭の東家で雨宿りをしていた。庭で遊んでいたところに、不意に雨が降り出したかと思えば瞬く間に勢いを増した。

家はすぐそこだが、こんなに激しい雨の中とても帰れる気がしない。


強い雨によってこの東家が世界から切り離され、そこに一人、取り残されてしまったような気持ちだ。



ぼんやりと景色を眺めていることしかできなかったが、ふと、人影がこちらに向かって来ていることに気が付いた。



「レイド、ここにいたのか!」


「にいさま!」



兄さまは傘を閉じると東家に上がった。傘はさしていたが、激しい雨の勢いに負けて濡れているところもある。

ほっとしたように笑って、おれの隣に腰掛けた。



「よかった。姿が見えなくなったから、みんな心配したんだぞ。」



みんながおれを、心配…?

そんなことないと思う。

親戚やまわりの貴族は、おれを見てクスクス笑うんだ。おれの赤い目を見て、かわいそうにとヒソヒソ話すんだ。

シルバー家はみんなきれいなアメジストの目をしてるのに、おれだけはこんな目をしてる。本当にシルバー家の子供なのか、兄さまと兄弟なのかって、みんな疑うんだ。

なにをやっても兄さまには追いつかないおれを、きっと父さまも母さまも使用人たちも笑っているに違いない。



「心配なんて、誰も…。」



そうだ、おれがいなくなっても誰も悲しまないだろう。兄さまひとりがいればいい、不出来な子はいらないんじゃないか。

いつも兄さまに追いつかなきゃとがんばっているけど、なんだか疲れた。

この雨に溶けて、流れて、なくなってしまったらいいのに。



「レイド、泣いてるのか?」



気が付いたら、頬を涙が伝っていた。



「おれは、どうしてこんな目なの。どうしてにいさまに似てないの。…どうして、おれはにいさまじゃないの。」


「レイド…。お前は他の誰でもないお前だよ。」



周りの大人たちから何か言われたりする度に、兄さまはそんなもの気にするなと言ってくれる。お前はお前だって。でもおれは、できることなら兄さまになりたかった。何でもできるし、みんなに優しい完璧な兄さまに。


拭いても拭いても涙が出てくる。悔しい、悲しい。分かってるんだ、おれは兄さまになれないなんてことは。でもせめて、もっと兄さまに似ていたら、本当に兄弟だったかなんて疑うこともなかったのに。


目を擦る手を兄さまに止められる。赤くなってしまうからと。そのまま兄さまを見れば、優しい瞳と目があった。温かい手で頭を撫でてくれる。



「なあレイド、誰が何と言おうと、俺とお前はそっくりだと思うよ。…だって、兄弟だからな。」



その目はまっすぐで、兄さまは本当にそう思っているみたいだった。




兄さまに手を引かれて、ふりしきる雨の中を歩く。今この傘の下は、兄さまとおれだけの世界のようだった。

兄さまの顔を仰ぎ見れば、気付いて優しく微笑んでくれる。

優しい、大好きな兄さま。

さっきは泣いてしまったけど、泣くのはさいごにします。おれはきっと兄さまに並べるような人間になります。そしたらきっと、周りの人は何も言えなくなるから。



…………………………



カタンと音がして目が覚める。

ここは見慣れた自分の部屋で、俺はずいぶん懐かしい夢を見ていたようだ。



「レイド?」



夢の中で聞いていた声がすぐそばで聞こえた。振り返ると、そこには兄様がいた。



「ノックしたんだが反応がなくて、入って来てしまった。休んでいたところ悪いな。」


「いえ、大丈夫です。なにかご用でしたか?」


「いいや、用はないがどうしているかと思って。仕事中はなかなか落ち着いて話すなんてできないだろう?」



仕事で毎日顔を合わせるが、互いのデスクで書類仕事をしたり、訓練や警備に回ったりなど、なかなか落ち着いて話すことはできない。


兄様に椅子を勧めて、仕事には慣れたかとか、ちゃんと食事は摂ってるのかとかいろいろ話したが、兄様は今でも俺の心配ばかりしているなと思う。



「…寝顔は昔のままだな。俺のことを大好きだって言ってくれてた頃のまま。」



兄様がふとそんなことを言った。さっき昔の夢を見たばかりだからか鮮明に思い出せる。幼い頃の兄様も、こうやって俺のことを優しく見つめてくれた。



「いつのこと言ってるんですか…。」



熱を持つ頬を誤魔化すように顔を背ける。それを兄様はおかしそうに笑っている。



「でも、レイドは普段の表情も柔らかくなったな。昔よりも今の表情の方がずっといい。」


「…ロゼッタが、俺と兄様が似てるって言ったんです。俺と兄様の目が、竜を見る時の目がそっくりだって。」



俺と兄様の目を見れば、誰もが真っ先に俺達の違いを強調するものだと認識するだろう。しかし彼女は、目の色ではなく、そこから人としての本質を読み取ったのだ。



「ロゼッタに言われて気付きました。昔、兄様は俺達は似ていると言ってくれた。優しい言葉をかけてくれたのだと思ったけれど、あの時兄様は本当にそう思ってくれていたんですね。」


「ああ、そうだよ。…そうか、ロゼッタか。」



兄様はどこか遠くを見る。ロゼッタを竜騎士に勧誘したのは兄様だというから、きっとロゼッタに思いを馳せているのだろう。

「そういえば。」と、兄様の視線が俺に向いた。



「気になっていたんだが、ロゼッタとはどうなんだ?」



…どう、とは。

兄様は俺に何を聞きたいのだろう。



「この前、ロゼッタに近付こうとした一般騎士をラルフと止めたそうじゃないか。ロゼッタが大切なんだろう?」


「それは、もちろん。訓練所からの同期ですから。」


「そうか…。…じゃあもしもルーカス殿下があの子を欲しがったらどうする?」



ぐっと言葉に詰まる。

第一王子は既婚だが、騎士でもあるルーカス殿下は未婚だ。ロゼッタの気持ちは考慮されるだろうが、王族が欲しいというものに他の者が横槍を入れることはできないだろう。

もしそうなった場合、部外者の俺にできることは何もない、が……。なんだろう、おもしろくはない。


ふと兄様を見ると、おもしろそうに口元に笑みを浮かべていた。それでハッとする。何を真面目に考えているんだと。



「からかわないでください。もしその時は…、その時考えます。」



なげやりな俺の返答に「そうだな。」と言って兄様は笑う。



「でも、そういうことも考えなくてはいけないよ。欲しいと思った時にもう手遅れだったなんて、嫌だろう?」


「…はい。考えておきます。」



俺は気まずいが兄様は楽しそうだ。

敵わないなと思いつつ、俺はその後、兄様の誘いで夕食を共にした。











__________


sideラルフ 手紙



上機嫌で書き終えた手紙に封をする。

手紙は二通。

故郷の両親宛と、幼馴染宛だ。


両親はさっぱりした性格で、一人息子の俺を快く送り出してくれた。訓練所にいたころからたまに手紙を送っていて、今回も近況報告だ。

無事、竜騎士になれたという報告の時は喜んでくれた。落ち着いたら一度帰って来なさいとも書いてあった。


もう一通の手紙の宛先である幼馴染は、病弱で家にいることがほとんどだ。刺激になれば良いなと、こっちの草花を押し花にして同封し送っている。

手紙の返事が来るまではいつもそわそわしている。返事が来ることがまだ生きていてくれることの証のようで、安堵するのだ。

今回の手紙には、落ち着いたら一度帰るよと書いてある。こっちの友達や先輩の話を直接話したい。本当は、ロゼッタやレイドにも俺の故郷に来てあいつに会ってあげて欲しい。人と話すのが好きなあいつはきっと喜ぶし、俺の自慢の同期を紹介したい。


…それに、ロゼッタとあいつは絶対仲良くなれる。

まだどちらにも伝えてないけど、二人には共通していることがある。

あいつには、会ってからのお楽しみとだけ話して、楽しみにしていてもらうつもりだ。

楽しみがあった方が、きっと生きる気力が湧くから。


早く届くように、明日朝一で手紙を出しに行こう。




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