第20話 交流会①
「ちょっとちょっと!」
午後のおやつ休憩の時間。
レイド、ラルフと一緒に詰所近くの休憩スペースでお茶を飲んでいると、ヴァネアさんがパタパタと駆け込んできた。
「どうされました?」
カップを置いて立とうとするのを手で制され、座ったままで良いと言う。ヴァネアさんはそのまま近くの椅子を引っ張ってきて同じテーブルに座った。
「ロゼッタあなた、交流会の招待状いつ貰った?というか、交流会があることは元々知ってた?」
「えっと、受け取ったのは1週間くらい前だったかと思います。招待状が来て初めて交流会があるんだと知りました。」
交流会とは、国王陛下主催の貴族と竜騎士の交流会のことだ。
約3週間後に控えたその招待状は、1週間ほど前に自室のポストに入っていた。
それがどうしたのだろうと思っていると、レイドとラルフがハッとした顔になった。
「すみません、俺達は既に相談しているものだとばかり…。」
「いいの、先輩として私達が確認しなきゃいけなかったわ。」
レイドもラルフも「しまった」という顔をしているし、ヴァネアさんは天井を仰ぎ見ている。
…?なぜ三人がいきなりそんな状態になったのか分からない。
ややしてヴァネアさんがわたしに向き直ると、手を力強く握られた。
「大丈夫よ、私達が責任持って手伝うわ。」
何が何だか分からないけれど、その時のヴァネアさんは見たことがないくらい力強い目をしていた。
そこから始まった怒濤の3週間。
職務の合間にお針子だと言うニコニコ笑顔の女性達に身体を測られ何種類もの布を当てられ…、熱い瞳のヴァネアさんとミラさんがあれはどうかこれはどうかと議論を交わす。交流会のためのドレスをつくるというのだが、そんな経験をしたことのないわたしは、言われるがまま大人しくしていることしかできなかった。
ドレスの方が一息ついたかと思うと、簡単なドレスとヒールを着用しての立ち居振る舞いを教わる。
高いヒールなんて普段履かないから怖いし足が痛い。最初は歩き方さえよくわからなかった。
そして苦戦したのはダンスだ。
どうして交流会にダンス?と思ったが、学んでいて損はないと言う。とりあえず、基本的なステップを学ぶところから始まった。
しかしダンスは相手がいて成り立つもの。
ヴァネアさん達にお相手してもらえるのかと思ったが、団長とヴァイツさんが練習相手になってくれた。
団長は大きな身体でステップも大きいが、初心者のわたしが動きやすいように調整してくれた。何度もバランスを崩しそうになるが、団長がしっかりと支えてくれて安心する。
「わたしには息子が一人と娘が二人いるんだが、娘達のデビュタントを思い出すよ。」
デビュタントとは、貴族のお嬢さんの舞踏会デビューのことらしい。わたしの初々しい姿を見て、娘さん二人を思い出したようだ。「嫁いでいってからあまり帰ってこない。パパより旦那の方がいいんだとさ。」と、目に光るものがあり、ヴァネアさん達に深く同情されていた。
ヴァイツさんにも練習相手になっていただいて、相手が違うと少し勝手も違うのだと勉強になった。ヴァイツさんもわたしをサポートしながら踊ってくれる。竜騎士としてのヴァイツさんしか見てこなかったので、こうして貴族らしい慣れているところを見ると不思議な気持ちになる。
貴族は小さい頃から婚約者が決まっていることもあると聞いたことがあるけれど、ヴァイツさんはどうなんだろう。聞くのは失礼かな?
…もしヴァイツさんに相手がいたら、レイドにもいるかもしれない?
そう考えると、少しモヤっとした。
「ロゼッタ、どうした?」
「あっ、すみません。何でもないです。」
考え事をしていたらステップを間違えてしまった。だめだめ、集中しなきゃと、ダンスにだけ意識を割くようにした。
休憩時間にはお茶で水分補給をしつつ、渡された貴族名鑑を眺める。
たまにヴァイツさんや団長も混ざりつつ、要注意だという人物には顔の横に赤丸が描かれた。…貴族の絵姿にこんなことをして大丈夫だろうかと不安に思ったが、そんなこと言える雰囲気ではなかった。みんな深く頷きあって、できれば近づかないようにと教えられた。
団長とヴァイツさんが仕事に戻り、女性だけになる。交流会までの時間は、必要最低限の仕事さえすれば準備にあてても良いと団長から言われた。申し訳ない気持ちもあるけどありがたい。普段こういうことに慣れないわたしには、時間が必要だった。
「竜騎士は制服参加で良かったんだけど、だんだん貴族の夜会じみてきて近年ではドレス必須なのよ。招待状が届く頃…予め知っていればもっと早くからこっちも準備するものなんだけど…。ごめん、配慮が足りなかったわね。」
ティーカップを置いて申し訳なさそうにするヴァネアさん。
「謝らないでください。忙しいのにこんなに手を貸していただいてありがとうございます。」
ヴァネアさんが気付いて声をかけてくれなければ、何も知らないまま当日に臨んでいただろう。ミラさんも熱心に面倒を見てくれた。
「交流会は、国の象徴である竜騎士を労いたいという声が上がり始まった…っていうのは建前ね。貴族達が貴重な竜騎士を囲いたいっていうのが本音。」
ペラペラと貴族名鑑のページをめくっていた手を止めたミラさん。
「後ろ楯のないロゼッタが一番狙いやすい筈だから気をつけて。声をかけられなければ極力応えないようにして、あとは、無駄に声をかけられないように…。」
「「淑女の微笑み。」」
ミラさんとヴァネアさんの声が重なった。
「完璧な微笑みは時に相手を怯ませることもできる。ほら、あまりにも綺麗なものってどこか近寄りがたいでしょう?それを目指しましょう。」
背筋を伸ばし、穏やかで美しい微笑みを浮かべるお二人。この忙しい日々が始まった頃に、実は二人とも実家は爵位を持っていると聞いた。
「まあ私達も完璧とは言えないけど。」といつもの笑顔に戻ったが、なんて素敵なんだろうと見とれてしまった。
ヴァネアさんとミラさんをはじめ、多くの人に協力してもらっている。ますます頑張らねば、と気合いを入れ直したのだった。




