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第02話 国の象徴


「急げ!見つかっちまったら終わりだ!」


「そんなこと分かってるんだよ!…おら!もっと早く走れねぇのか!」



苛立ちを隠すこともなく、跨る馬に鞭を何度も強く打ち付ける。

日も落ちた暗い森の中、剣呑な目付きの男達が馬を走らせていた。


……キューイ…


男達が運ぶ木箱…、その内の一つから弱々しい声が上げられていた。








_________






「ロゼッタ姉さん、ちょっと来てほしいんだけど…。」


メルとミミと一緒に朝食後の後片付けをしていると、動物達の世話をしに行った男の子のうちの一人、ジョンがひょっこり顔を出した。

まだ残る寝癖をメルに指摘されて、俺は女じゃないからいいんだよー、と舌を出している。


「?どうしたの?」


「実はさ、馬が…。」


エプロンで手を拭きつつ問えば、困ったような顔で話し始めた。




馬舎に着くと、ロイとクリフが困ったように一頭の馬を宥めていた。

葦毛のその馬は、普段は大人しいはずなのに…。

ここには馬が二頭いるが、他の一頭もなんとなく落ち着きがない。


私に気付くと、首を上下させながら何かを訴えかけるように近付いてくる。わたしも近付いてその鼻筋を撫でると、少し落ち着いたようだ。

長いまつげに縁取られた丸い瞳を見つめ、問いかける。


『どうしたの?』


『昨夜から、森の奥で助けてって聞こえてくる。』



返ってきた答えに驚く。

さすがに、この子に森の奥からの声を聞き取れる聴力はないので、馬舎に遊びに来た鳥に聞いたのだろう。


こちらを見上げるクリフ達に、今聞いたことを伝えると、それぞれが心配そうな顔になった。



「私、心配だから見てきてみるわ。」


「危ないよ、シスターにも話して俺達が行くよ。」


「大丈夫よ、森の動物達に案内してもらうから。」



ロイは私を心配して反対したが、私が行った方が一番安全だと思うのだ。


それはそうだけど…、と渋る彼らを宥めて、とりあえずシスターに相談にいこうと促した。



「でも、やっぱりロゼッタ姉さんはすごいよな。俺達には何言ってるかさっぱりなのに。」


シスターのもとへ向かう途中、そう声をかけて来たのはジョンだ。ロイも、俺もそう思う、首を縦に振っている。



「すごいのかな?小さい頃からだからよく分からないや。」



私は幼い頃から動物達の言葉を聞くことができた。みんなも聞こえるものだと思っていた時期もあったが、そうではないと知ったのはいつだったか。


みんなとは反対に、動物達の言葉が聞こえない世界が分からないが、それはなんとなく寂しそうだな、と思っている。







玄関まで歩いていると、外に荷車があることに気づいた。小さな子達が集まっている。

そういえば今日はニコルフが来る日だったな、と思っていると、突然クリフが手を握ってきた。

急に甘えたくなったのだろうか。



「おはようニコルフ。今日もありがとう。」


「ロゼッタ!おはよう。…クリフも、おはよう。」


「はい、おはようございます。」



クリフはまだ幼いのに、ニコニコしながら挨拶できて偉い子だ。



「シスター、ちょっと相談があるのですが…。」



みんなと一緒に食材や生活用品を選んでいるシスターに声をかけ、馬舎であったこととを話すと、心配そうに眉を下げた。



「それは心配ね。でもロゼッタだけでは危ないし…。…あら、そうだわ。ニコルフに頼むのはどうかしら。」



いいことを思い付いたわ!と手を打つシスターに、私達の話を聞いていたみんながニコルフに注目する。


ニコルフは、えっ!?と声を上げたが、少し考えるように視線を宙に向けると、シスターと私を見てしっかり首を縦に振った。



「わかった。ロゼッタが心配だし、俺も行くよ。…きっと守るから。」


途端にメルとミミがきゃあと声を上げる。


みんなに注目されて気恥ずかしかったのか、ニコルフの頬はちょっと赤い。


承諾してくれたことにお礼を言い、時間に余裕もあるというので今から行くことになった。

危ないと思ったらすぐに引き返す、そうシスターとニコルフの家の商人さんと約束した。




…………………………



私は、異変を知らせてくれた葦毛の馬…、ランドに跨がり、ニコルフには鹿毛のテスコに乗ってもらい、森の中を進む。



「森なんて入るの久しぶりだよ。…道が悪いのに、お前はいいこだな。」



ニコルフに撫でられるテスコは、気持ち良さそうな表情をしている。


この森は孤児院のすぐ裏にあるので、そんなに深くないところまでは子ども達も時々遊びに来る。

しかし、ここは人間ではなく動物達の領域なので、気を付けるようにシスターと私が言い聞かせている。



「迷いなく進むけど、こっちで合ってるのか?」


「ええ、大丈夫。鳥達が案内してくれてるわ。」



私達が森に入ったときから、鳥達が『こっちだよ』と道を教えてくれている。

目的地まではまだ少し時間がかかりそうだ。



「…チビ達に聞いてたけど、本当に分かるんだな。俺には、ピチチって鳴いてるようにしか聞こえないよ。すごいなあ。」



ニコルフはそう言って首をかしげる。



「私の特技なのかも。ニコルフだって、計算は早いし売り文句も上手じゃない。それと同じよ。」


「俺のは、親父に叩き込まれたからな…。」



世間話をしていると、徐に『すぐそこだよ。』という声が聞こえた。

一度馬を止めると、微かな人の声に気付いた。


ニコルフと顔を合わせて頷き、馬から降りて声の方へ近付くと、崖の下に小さなテントとそこから出てくる人が見えた。


思わず近くの岩の影に隠れる。




「何でこんなとこに人が…。」



声を潜めたニコルフの言う通り、気が付けば森の深いところまで来ていて、こんなところに人がいるのは不自然だった。


どうしようかと暫く見ていると、突然テントから小さな何かが飛び出してきた。



捕まえろ!

コイツめ!



数人の男達が慌てて捕まえようとしていて、微かに乱暴な言葉が聞こえてくる。



「…!」


「あれって…!」



あっさりとその腕に捕まえられてしまったのは、幼いながらも鋭い牙と爪を持つ、緑色の“竜”だった。


そういう生物がいることは知っていたし、国のシンボルにもなっているけれど、初めて見た。

希少なその存在をこんなところで見るなんて思わなかった。隣のニコルフも目を見開いて驚いている。


すると。



『たすけて、たすけて。』



その幼い緑竜が悲痛な声を上げた。



「ニコルフ、助けてって言う声はあの子だったんだわ。今も泣いてる…。」


「じゃあ奴ら、密猟者か?竜の密猟なんて大罪だ。」



竜はその稀少さ故に保護対象となっている。



「…一度戻ろう。俺達だけじゃ手に負えない。騎士団に連絡しないと。」



その言葉に頷き、テントに連れ戻される緑竜に、必ず助けるからねと心の中で誓う。


再びランドに跨り、孤児院へと急いだ。



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