第19話 幼竜舎
どこまでも続く青空を旋回し、羽ばたきと巻き込まれた風の音を感じながらゆっくり地面へ降り立つ。
「ありがとう、楽しかったわ。」
背から降りて風避けのゴーグルを外し、パートナーの頬を撫でた。
「問題無さそうね!息ぴったりで良い飛行だったわ。」
わたしのパートナー…アルとの初めての飛行を見守ってくれたのはヴァネアさん。駆け寄ってきてアルの首筋を撫でている。
「アルが上手に乗せてくれました。ありがとうね。」
『当然だよ!僕がロゼッタを落とすわけないでしょ。』
ふふん、と得意気なアルをヴァネアさんと2人で微笑ましく見つめる。
アルは、実はわたしが初めて会った竜…、あの日兄弟を助けようと泣いていた幼竜だったのだ。ヴァネアさんにもそのことは話してある。
「まさかあなたたちが会ったことがあったとはね。また会えて良かったわね!」
『うん!ロゼッタが部屋の前に来たとき嬉しくて飛び付きたかったけど、お行儀悪いでしょ?ちゃんと我慢したんだよ。』
クルクルと喉を鳴らしながら顔を手にすり付けてきて、その甘えた仕草が可愛い。
密猟者から助け出されて初めて会ったときも飛び付いてきた甘えん坊なアル。こんなに大きくなって感慨深い。無事に育ってくれて本当に良かった。
そこへ、バサッバサッと羽ばたく音が聞こえてきた。
見上げると、太陽に照らされた眩しいくらいの白竜が降りてくる。
純白の鱗が日の光で白銀に輝いてとても綺麗だ。一般的な竜よりも線が細いが、痩せている訳ではなく、しなやかな筋肉がついているようだ。
白竜が側に降り立ったことで、アルは緊張したように姿勢を正した。
「やあ、ヴァネアにロゼッタ。訓練お疲れ様。」
白竜の背から降りてきたのはルーカス殿下だ。
白竜に負けないくらい輝いているその人に緊張していると、「殿下こそお疲れ様です!」とヴァネアさんが気さくに挨拶する。遅れるようにわたしも挨拶を返した。
「ああ、その竜は…。パートナーが決まったみたいだね、おめでとう。…そういえば、報告によると君は幼竜の言葉を聞き取ることができたそうだね。」
「はい、この子がまだ幼竜だったときに話すことができました。」
ヴァネアさんが驚いたようにこちらを見る。
訓練所で学んだことの一つで、人の言葉を理解する前の幼竜の言葉は、竜騎士であっても普通聞き取れないらしい。
わたしが聞き取れたのは、他の動物達の言葉を聞くことができることと関係しているのではと、講義を聞いて疑問を抱いたわたしにレイドが言った。
それと同時に、動物の声を聞くことができる者はわたしの他に見たことがなく、狙われる要素にもなるので口外はしない方が良いと、そう言われたのだ。誘拐事件があった後だったこともあり、それからは誰にも話していない。そういえばラルフにも話していなかったな。
「それはとても素晴らしい才能だね。君に是非案内したい所があるのだけれど、少し時間をもらってもいいかい?」
断る理由はもちろん無く、ヴァネアさんに訓練のお礼を言って、殿下について行く。
案内されるがままたどり着いたのは、竜舎よりも奥まった場所にあるドーム状の建物だった。
竜舎が立派すぎるので小さく見えるが、それでも十分に大きな建物だ。上部がガラス張りになっている。
中に入ると、外よりも暖かい気温に嗅ぎ慣れた匂い。思わず深呼吸したくなるようなそれは、まさに…。
「森だわ…。」
人が通る道は飛び石のようにレンガが埋め込まれているが、地面には豊かな緑が広がり、小さな花々も咲いている。
建物の中ということもあって、植えられているのは背の低い木々が多いが、木々で作られた日陰は森のそれのように薄暗い。
前方に目をやると、一番日当たりの良い開けた場所には大きな岩がある。その上で寝ていたり、遊んでいたりするのは…。
「そう、まさしく森だね。この温室は、竜が住む環境に近付けて作ってあるんだ。ここは幼竜の保護施設だよ。」
岩の上で思い思いに過ごしていた幼竜達が、近付いたわたし達に気付いた。
こちらを興味深そうに見つめる子、キューキューと可愛らしく鳴く子、気付かず寝息を立てている子…、全部で4匹の緑竜だ。
殿下は岩まで近付くとその縁に座った。わたしも岩の目の前まで近付くと、一匹がトテトテと近付いてきた。
『良い匂い!ルーカスのお友達?』
「こんにちは。うーん、殿下はお仕事の先輩、わたしは後輩かな?」
『こうはい!』
『こんにちは、こうはい!』
きっと意味までは分からないだろうけど、わたしを“こうはい”と認識したようだ。
続いてやって来たもう一匹とこうはい、こうはい、とわたしを呼んでは、機嫌良く周りを歩いている。その姿が可愛らしくて思わず笑ってしまう。
「すっかり人気者だね。…ここは、様々な理由で保護された幼竜を育てている場所なんだ。」
「わたしのパートナーのアルもここで育ったのでしょうか?」
「ああ、そうだよ。言葉を覚えてからは、何度もかつて会った君のことを教えてくれた。」
わたしはアルのことを忘れたことはなかったけど、アルもずっとわたしを覚えてくれていたんだ。
そのことが嬉しいような、恥ずかしいような。
「私もずっと話がしたかった。」
殿下がスクッと立ち上がる。
思ったより近いその距離にたじろぐ。
陽光に透ける金色の髪と瞳。それは王家を象徴する色として知られている高貴な色だ。それを真近で見たて、わたしは何故かこう思ったのだ。
「竜…。」
竜がそこにいるような感覚を覚えた。
思わず零れたわたしの言葉に殿下は目を見開く。輝く金色がよく見える。
「竜、か。…ふふ、はははっ。」
目を見開いていた殿下が突然笑い出したので、何か失礼なことをしてしまったかと焦る。
「ああ、すまない。何でもないよ。…それよりも、たまに彼らに会いに来てやってくれないか。」
そう言われて渡されたのは金色の鍵。この温室を開けるときに殿下が使ったものだ。
本当に頂いて良いものかと戸惑うわたしに殿下は笑顔を向ける。
「遠慮せず貰ってくれ。それと、今度はお茶でも飲みながらゆっくり話そう。」
まだ遊ぼうよ!と引き留める幼竜達にまた会うことを約束して、殿下と温室の前で別れたのだった。




