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第17話 竜騎士



「アルト、今日はありがとう。お疲れ様。」



夕方、試験は全て終了し竜達は竜舎へと戻った。試験で一緒に頑張ってくれたアルトの頬を撫でると、喉の奥をキュルキュルと鳴らす。

竜が甘えているときに出す音だ。



「俺の時はツーンとしてるのに、ロゼッタの前だと違うんだな。」



大人しく喉を鳴らすのが可愛らしくて撫でていると、肉桶を持ったラルフが隣に来た。

桶を床に置き、餌箱に肉を入れていく。



「アルト、お疲れ様。俺とも飛んでくれてありがとうな。」



訓練所で日々を過ごすなかで、ラルフもアルトの声を聴き、名前を教えてもらえるようになった。

もともと素質があったんだと思うけど、竜と正面から向き合い心を通わせていったラルフの努力の賜物だ。


彼らを微笑ましく眺めながら、今日のことを振り返る。騎竜試験はとても大変だった。



…………………………



三人一組で試験に臨み、出だしは順調だった。必要な高度まで上昇し、指示された動きを始めたのだが、途中で少しアクシデントがあった。


ふと見ると、一頭の竜の飛行にふらつきが出てきたかと思えば、課題とは違う行動をし始めたのだ。騎手の訓練生が緊張で指示された動きを忘れてしまったのか、具合が悪くなってしまったのか…。その時は原因は分からなかったが、万が一竜達が接触して怪我をしては大変だ。そうならないように誘導する必要があった。


幸い、もう一人の方は指示通り飛行していたので、様子がおかしい方の竜を補助してあげるだけで大丈夫そうだ。

騎手や竜に異常があった時、合図を出したり補助をしたりするための道具として指示笛がある。笛を吹き、方向やタイミングの指示を伝える。

さすが訓練生を乗せ慣れている竜なだけあって、すぐに理解してくれた。

その行動を見て、乗っている訓練生は体調が悪いわけではなさそうだと一安心する。だって、もし本当に訓練生の具合が悪い時は、慣れている竜達はすぐ地上に降りるだろうから。背中に乗せている訓練生の異常を察知していたが、緊急性は無いためあえてそのままにすることで、トラブル発生時の行動を試しているのかもしれない。

笛を使用し補助するのと同時に、わたしが乗るアルトにも指示を伝えるのは大変だった。なんとかやり切り、地上に降りることができた。


事故なく終わったことへの安堵と慣れないことをした疲れから、思わず大きく息を吐いたが、アルトが「よくやった。」と褒めてくれた。慣れないことをする中での、拙いわたしの指示でも頑張ってくれたアルトのおかげだと、感謝を込めて頬を撫でた。


様子がおかしかった訓練生は、やはり緊張で動きがわからなくなっていたようだ。顔を真っ青にして竜の背から降りる姿は気の毒で仕方がなかったが、わたしにしてあげられることは何も無い。

でも、団長が彼に近付きその肩を優しく叩いていたことが、彼の心の慰めになっただろう。彼を責めるでもなく自ら労った団長の行動に心が温かくなった。


そして最後まで試験が行われ、結果は2週間後に通知すると伝えられて終了となった。

ヴァイツさんとダイスさんから声をかけられることはなかったが、たぶん、贔屓していると思われないようにだと思う。

レイドとヴァイツさんが兄弟だというのはみんなが知っていることだったが、彼らもまた言葉を交わすことはなかった。ただ、レイドの試験中にこっそりヴァイツさんを盗み見た時、その目はやっぱり優しい色をしていた。




…………………………




「そろそろ戸締まりするぞ。」



空の肉桶を持ったレイドが竜舎の奥から歩いてきた。アルト以外の竜にご飯をあげてきてくれたみたいだ。


アルト達に手を振って三人で竜舎の外に出ると、もう暗くなりかけている。



「…試験結果、2週間後って言ってたよね。」


「ああ。まあ俺達なら大丈夫だろ。」



みんな精一杯頑張ったが、それでも試験の毎に落ちてしまう人もいると聞いているので結果が出るまで落ち着かない。そう思っていたのに、ラルフが何でもないことのように言うから、こちらまで力が抜けてしまう。

でも、軽く言ってもらえて安心した部分もある。


三人で他愛もないことを話しながら帰途に着き、二人とは寮の女子棟の前で別れた。




……………



「ロゼッタが一番心配してるけど、絶対にあいつが一番大丈夫だよな~。」



頭の後ろで手を組んで、間延びした声を出すラルフ。



「まあ、ロゼッタが合格してなかったら俺達も無理だろうな。」



ロゼッタの学力はほどほどに良いし、騎竜の腕は申し分ない。騎竜試験では不幸なことにトラブルがあったが、それをものともせず落ち着いて対処していた。

ロゼッタは知らないだろうが、彼女が翔んでいるとき、試験官達は感嘆の声を上げていた。



「…それより俺は、入隊した後が気掛かりだな。」


「それは同感…。」



気掛かりは言わずもがな、ロゼッタのことだ。

出会った頃こそ痩せた少女だったロゼッタだが、二年間共に生活し、適切な食事と運動のお陰で健康的になった。

そして、年頃の女性らしさも持ち得ていた。



「こんな狭いコミュニティでさえあわよくばって考える馬鹿がいるんだぜ?勤め出したら貴族がしゃしゃり出てくるだろ。…ここでは俺達がいれば何とかなったけど、そうもいかなくなる。」



同期の訓練生の中にも、日々綺麗になっていくロゼッタに惹かれる者がいた。惹かれるのは自由だが、ロゼッタ本人の意に沿わない行動をとるのは見過ごせない。


竜騎士は貴重な存在で、抱え込みたいと考える貴族たちがいる。正式に竜騎士となれば貴族の目に触れる機会も多くなる。後ろ楯の無いロゼッタは狙いやすいだろう。


だが、ロゼッタは守らなければならない理由がある。

それは、その身に流れる血だ。

事情を知る国や竜騎士の上層部は力を尽くすだろう。



「看過できないものがあれば上も動いてくれるだろう。俺達は同期として動くだけだ。」


「…それはそうだけどさ。」



俺達は一番側にいる同期として、ロゼッタを守る。

ラルフにロゼッタの出自の話はしていないが、こいつは仲間思いの良いやつだ。きっとロゼッタを守る。



「まあ、俺達が今一番願わなきゃいけないのは試験の合格だけどなー。」


「…そうだな。」







__________




真新しい黒い制服の一般騎士と、青い制服の竜騎士が並ぶ。

各々が緊張した面持ちのなか、わたしも青い制服を着てそこにいた。


試験に合格したと連絡が来て1週間後の今日、騎士の任命式が執り行われていた。


残念なのは、一般騎士は多くの合格者が整列しているのに対し、竜騎士はわたし、レイド、ラルフの三人しか並ぶ人がいないことだ。

登用試験に合格したのはわたし達三人だけだった。


それでも、門出を祝うかのように空は晴れ渡っている。



任命式では、新人の一般騎士と竜騎士のそれぞれの代表が、壇上でそれぞれの所属先の騎士団長に腕章を着けて貰うことで、騎士として認められるという流れだ。


わたしたちの代表はレイドで、名前を呼ばれて壇上に上がる。燃えるような赤髪の竜騎士団団長…ゼノス・リード団長から、腕章を授かった。


団長の側には副団長としてヴァイツさんが控えていて、凛とした様子で腕章を受けるレイドを穏やかに見つめている。

その光景を見てなんだかあたたかい気持ちになる。レイドはずっとヴァイツさんを追いかけてきたことを聞いていたから、同じ竜騎士として立っていることにわたしまで嬉しくなる。レイドは相変わらずのポーカーフェイスだけど、きっと嬉しく思っているだろう。


レイドと一般騎士の代表が立ち位置へ戻ると、壇上にいた騎士団長達も下がった。

すると、輝かしい金色の髪を持つ人物が壇上に上がった。髪だけではない、瞳も美しい金色だ。

それは、この国の第二王子であり、竜騎士団第一部隊隊長でもある、ルーカス殿下だった。皆一斉に最敬礼を取る。



「本日この場で騎士に任命された皆、ここに来るまでのそれぞれの努力に称賛をおくろう。これからも志を高く持ち、たゆまぬ努力を続け、民のために尽くしてくれることを願う。」



新人騎士達を見渡しながら、柔らかくも芯のある声で短く挨拶をする。王族からの激励の言葉を受けて、引き締まった空気となった。


わたしは王族の方を実際に目にするのは初めてだ。この方が国の上にいるお方なのだな…と感慨深い。


綺麗な方だなぁと、失礼にならない程度にルーカス殿下を見つめていると、壇上を降りるその時、微笑みを湛えた瞳と一瞬目が合った気がした。





……………




任命式を終え、竜騎士の詰所に案内される。


広い部屋に机と椅子が並べられ、一人一つのデスクを貰える。きちんと整理されているものから、物が散乱しているものまであって、持ち主の個性を表しているかのようだ。



「団長方お帰りなさい!新人さん達待ってたよー!」



手をヒラヒラと振って出迎えてくれたのはダイスさん。

その明るい声に続くように、詰め所にいた騎士達がわらわらと集まってきた。



「おお!待ってました!」


「よろしくなー!」



あちらこちらから歓迎の声をかけられる。


ラルフ達は男性の先輩に肩を組まれていて、とても距離の近い雰囲気だ。



「女の子!待ってたよ~!」



そう言ってわたしに近付いて来てくれたのは女性二人組だ。

一人は赤い髪をポニーテールにした背の高い女性。もう一人は、肩までのふわふわのミルクティー色の髪をしたかわいらしい女性だ。



「女は私達しかいなかったから嬉しいわ。何でも聞いてね!」



赤い髪の女性…ヴァネアさんと、もう一人のミラさんが温かく迎えてくれた。



こらから一緒に働く竜騎士のみなさんの優しく温かい雰囲気に安心した。まずはみなさんの顔と名前を覚えなければと意気込んで、初日が終わったのだった。





…………………………




「今回は三人だけですけど、なかなか骨がありそうですね。」


「ラルフは飲み込みが良いと報告がありますし、副団長の弟君も優秀だとか。我々にとって嬉しい限りですね。」



新人達が帰った詰め所では、竜騎士達がそれぞれのお気に入りのお茶を飲みながら話し合っていた。



「レイドのことずっと心配してたもんな。式典でのお前の顔、緩みきってたぞ。」


「からかわないでください。…でも、安心しています。」



ゼノス団長の言葉に少し顔を赤くして返答するヴァイツを、皆が微笑ましく見ていた。


そんななか、バッと手を挙げたのはヴァネアだ。



「副団長の赤面は眼福ですけど、わたしはロゼッタのことを聞きたいです!あの子…。」



バラ模様のティーカップを置き、机の上でギュッと手を握って重大なことを言うように真剣な顔をする。



「…あの子、綺麗すぎます!それに話していたら何だか危機感が薄そうで…。ただでさえ騎士は男が多いのに、心配です!」



隣に座るミラも、大きく頷いて同意を示している。



「「……」」



沈黙が落ちるのは、皆が同じことを思っていたからだ。



ロゼッタの痩せていた体は、二年間適切な食事と運動を行ったことで、それまでを補うかのように成長した。

髪や肌の艶も良くなり、年頃の女性らしさを持っていた。

その端正な顔立ちは思わず見つめてしまう美しさで、笑えば花が咲くような愛らしさ。



「市井にいたときもかわいかったけどさ、確かに今は群を抜いてるよね。」



孤児院時代を知っているダイスはヘラヘラと笑いながらも同意する。



「…ロゼッタのことは、訓練生時代はレイドとラルフが守っていた。ここに間違いを犯す馬鹿がいるとは思わない。問題は、外部だろうな。」


「私達が側にいれば守れますが、最も危険なのは貴族だと思います。」



レイドに続けたミラの言葉に、その場の皆が渋い顔をする。


身分で言えば騎士は貴族に逆らえない。

貴重な竜騎士に無体を働くものはそう多くないだろうが、どこにでも“馬鹿”はいるものだ。


実家や本人が爵位を持つような身分のある者ならまた話しは違うが、ロゼッタは後ろ楯となる家もない。


沈黙が落ちるなか、それを破ったのは意外な声だった。



「それは僕が何とかするよ。」



詰め所の扉を潜って入ってきたのは、ルーカス殿下だった。


思わぬ入室に皆、最敬礼をとろうとするのを手で制すると、空いている手頃な椅子に座る。


ルーカス殿下が座った途端、詰め所の安物の椅子だというのに、貴族御用達の高級家具に見えるのだから不思議だ。



「貴重な竜騎士だからね。貴族達にはそれとなく“お話”しておくよ。目をかけることは陛下も了承済みだ。」



思わぬ心強い提案に「おおっ…!」と場が沸く。



「殿下のお力添えならばとても心強いですね。私達もかわいい後輩のために頑張ります!」


「ああ、かわいい後輩だからね。」



ヴァネアに続き、他の竜騎士達もルーカスへ対して砕けた口調で話し出す。


先程の入室のように、予定されていなかったことに対しては王族相手として体が動くが、共に働く仲間でもあるので、普段は大分緩やかな関係性だ。



一騎士のために王族まで動くことは、あまりあることではない。


詰所にいる者の多くは貴重な竜騎士を保護するためだと思っているが、その本当の理由…、尊い血を保護するためだと知っていたのは、極僅かな者のみだった。




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