第16話 試験
訓練所で過ごすうちに2年の月日が経過した。
わたしは今朝目覚めた時から…いや、昨日の夜はもちろん、ここ数日はずっと緊張していた。
今日、竜騎士になるための登用試験が行われるのだ。試験は知識を問う筆記試験と、実際に竜と一緒に飛ぶ騎竜試験に分けられていて、これらの結果に竜騎士になれるかどうかがかかっている。
わたしはこの2年間、必要な知識を学んで苦手な体力育成にも励み、自分自身を育ててきたつもりだ。竜達ともコミュニケーションを図って、より心を通わせることができるように頑張ってきた。
大丈夫、落ち着いて自分の精一杯のことをやればいい。
自分にそう言い聞かせて深呼吸する。
筆記用具に騎竜用の運動着、ゴーグル…。必要な物の何度目かの確認をして寮を出た。
「おはようロゼッタ。」
教室に入る前に廊下でラルフと合流した。
「ラルフおはよう!」
「ロゼッタ、顔に"緊張してます"って書いてあるぞ。大丈夫だから落ち着け。」
ラルフはわたしを見るなり面白そうに笑った。
だって緊張するじゃない、と思わず口がへの字になる。ラルフは「そんな顔しない。」と言いながら、わたしの両頬を手で軽く挟んで笑みの形を作るようにする。
これは子ども扱いされているな…と不満な気持ちもあるが、いつも通りの彼に笑ってしまう。
「ラルフって、こういう時慣れてるよね。弟か妹いたっけ?」
「いいや、俺は一人っ子。まあ、近所に妹みたいなのはいたけど。」
だからこんなに面倒見が良いのか。と思っていると、後ろから声をかけられた。
「こんな廊下の真ん中で何してる。」
「レイド!おはよう!」
頬を挟まれたまま振り向くとレイドが立っていた。呆れたような目でわたし達を見ている。するとラルフはわたしからパッと手を離しお手上げのポーズをした。
「おはよう。いや、ロゼッタのほっぺ思ったより伸びるなと思って。」
そう言って誤魔化すように笑うラルフ。しかし聞き捨てならない。
「ひどい!太ったって言いたいの?」
「いや違う、悪かった。健康的になったって言いたかったんだよ。」
確かに、ここに来てから運動量は増えたし食事もバランス良く食べるようになったから体は成長した。でも、言い方があると思う。
あまり怒ってはいないがツーンと怒ったふうにしてみせる。すると、途端にごめんごめんと焦り出すものだから我慢できずに笑ってしまった。
ふざけてないで行くぞ、とレイドに二人まとめて引っ張られる。
「待ってレイド、俺もロゼッタみたいにせめて腕掴んで!これもうほぼ胸ぐら掴まれてる!」
確かにブレザーの胸あたりを掴まれていて可哀想にも見える。でも、さっきデリカシーの無いことを言われたから助けてあげない。助けを求めるように見られたが、フイッと知らないふりをすると、大袈裟に悲しんでいる。
良かった、試験前に二人に会えて。なんだか緊張がほぐれた気がする。
……………
筆記試験は特に何事もなく終わった。
先生の「終了。」の声と共に回答用紙が集められたが、項垂れる人や伸びをして体をほぐす人、淡々と片付けをする人など反応はさまざまだ。
国や騎士の歴史について、地理、竜の生態についてなど、さまざまな問題があった。もちろん全ての回答に自信があるわけでは無いけれど、それなりに頑張れたと思う。
切り替えて次に行かなければ。
騎竜試験は運動場で行われる。
着替えて集合すると、グラント先生といつもの三頭の緑竜といったお馴染みの顔ぶれだった。
グラント先生が試験官なのかな、と思っていると、空から竜がこちらに来ていることに気が付いた。
「赤い竜に、青い竜だ!」
「すげえ、緑竜以外の竜初めて見た…。」
ザワザワとする訓練生達の近くに、一頭の赤竜と二頭の青竜が着陸した。
赤竜は見慣れている緑竜よりも身体が大きく、爪もチラリと覗く牙も大きい。金色の瞳が冷たく訓練生達を見回している。今まで感じたことのない圧迫感に、ザワザワとしていた場は静まり返った。
自分自身にとても誇りを持っている竜なんだわ。
一目見ただけで、とても強いのだと感じられる。
赤竜の背から降りてきたのはやはり竜騎士団団長で、みんな姿勢を正し、左胸に手を当てて敬礼をする。赤竜と同じ赤い髪をした中年の男性で、実際にお会いするのは初めてだ。一見怖そうだが、わたし達訓練生を見て表情を緩めたその目には優しさが伺えた。
そして、よく似た二頭の青竜は見覚えがある。わたしがこの訓練所に来た日に彼らを見た。じゃあ背中に乗っているのは…。
竜の背からは、やはり、ヴァイツさんとダイスさんが降りた。お二人を目にするのも本当に久しぶりだ。
お二人に対しても敬礼を取りながら、感慨深い気持ちになる。
わたしがここまで来れたのは、あの日、わたしのことを見つけてくれたから。
竜騎士を目指すことへの不安や迷いはあったが、わたしの決断を応援してくれた。ここに初めて来た日に、初めて見たお二人の青竜のことも忘れたことはなかった。彼らが互いに寄せる信頼に憧れたのだ。
入学してしばらくした頃、わたしとレイドは誘拐事件に巻き込まれた。薬で朦朧としていたけれども、彼らがわたし達を助けに来てくれたことは覚えている。ヴァイツさんは、体調のことなど、しばらく手紙でやり取りさせて頂いた。
ここに来るまで平坦な道ではなかったけれど、わたしは竜が好きだから。そして、彼らに憧れたから頑張ってここまで来れた。…大切な、仲間と一緒に。
こっそりレイドとラルフを見る。
ラルフは初めてわたしに話しかけてくれて、わたしがみんなより遅れている時も声をかけてくれた。いつも明るくて笑顔が似合う、優しい人だ。
レイドは最初こそうまく話せなかったけれど、仲良くなってからはいろんな話をしやすくなった。他愛もない話でも穏やかに聞いてくれる。誘拐事件の後は同じ困難を乗り越えたからか、より優しくなった気がする。
二人がいたから、苦手なことを頑張れたし、落ち込んでも頑張ろうと思えた。
わたしの番が来て、名前を呼ばれ前に出る。あと二人名前を呼ばれ竜の前へ並ぶ。三人一組で行われる試験だ。
わたしを乗せてくれるアルトに微笑みながらよろしくねと伝える。アルトも大きな竜が三体も来て緊張するだろうに、穏やかにわたしを見てくれた。
鞍をつけた背に乗り、安全ベルトを装着してゴーグルをかける。
グラント先生から、事前にいくつか提示されていた飛行ルート・アクロバットの組み合わせのうち一つを発表された。わたしの前に試験を行った人達も、それぞれ違うものを発表されて試験に臨んでいる。竜に指示を出し他のメンバーとも協力して飛行し、その正確さと協調性を試される。
大丈夫。ここまで来られたんだから、あとはわたしにできる精一杯をやるだけ。
それにわたしは飛ぶのが好きだ。初めて騎竜訓練をした日から、竜と一緒に空の世界を翔けることが楽しくて嬉しくたまらない。
アルト、楽しんでこようね。
わたしと一緒に飛んでくれる彼にそう伝え、空へ飛びたった。




