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第13話 訓練生誘拐事件①


座学で知識を学び、体力育成で身体を鍛え、竜の世話や騎竜訓練を経て竜との対話を続ける。

苦しくも充実した日々を過ごしていた。


そんなある日のことだった。




休みなのでハルさんを手伝おうと、洗濯したシーツを籠に入れて物干場まで運んでいた。



「孤児院にいたときもね、みんなの洗濯してたから懐かしいな。」


「…俺はここに来てはじめてやった。こんなに重いもの運んでたんだな。」



途中で会ったレイドが手伝ってくれて、二往復しようと思っていたのが一回で済んだ。

レイドとはあれから普通にお話できるようになった。友達が増えて嬉しい。


今日は少し風が強いが良いお天気だ。これなら洗濯物もよく乾くだろうと思っていると、近くを小鳥が飛んでいった。



『知らない人がいるよ。』

『近くにいるよ。あなたのお友達?』



「え?」


「どうしっ…!?」



小鳥達の不穏な声に思わず立ち止まり、ラルフが不思議そうにこちらを見た。その瞬間、柱の影からローブを纏った人間が出てきた。

何、この人達…!



「逃げろ!」



ガタンッと音をたてて籠が転がり、洗濯物がこぼれ出る。

レイドがわたしを庇うように動いてくれたが、強く腕を引かれて何かにぶつかり、即座に鼻と口を何かに覆われた。



……………



「動くな。この女切られたくなきゃ大人しくしろ。」


「お前らっ…!」



敵は三人。

一番はじめに近づいてきた一人を蹴り飛ばしたが、ロゼッタが捕まってしまった。


布に染み込ませた薬を嗅がされたのか、敵の腕の中でぐったりしている。

そのうえ、細い首には鈍く光るナイフをあてられている。


なんて、卑怯な奴等…!



その迷いが、未熟だった。


二人に襲いかかられ抵抗するも、鼻と口を布で覆われた。なんとか吸い込むまいとさらに抵抗したが、鳩尾を殴られた衝撃で深く吸い込んでしまった。


急激に気が遠くなるなかで、いまだ首にナイフをあてられているロゼッタを見る。

なんとか彼女だけでも逃さなければならなかった。

…こんな時、兄ならもっと、うまく立ち回れただろうか。




__________




感じるのは寒さと鈍い痛み。

不快なそれらに引きずられるように意識が浮上する。


頭はぼーっとするし身体は怠い。それでもなんとか重い瞼を開けた。



「!」



目に入ったものを理解した瞬間、思わず仰け反って壁に頭をぶつけた。


すぐ近くにロゼッタの顔があったのだ。


互いの顔が触れそうなほど近くにあったことに動揺する。長い睫毛も、白い肌も、桃色の唇も、これほど近くで見たのは初めてだ。

いや、今はそれどころじゃないと思い直す。落ち着くんだ。

状況は…、と周囲を見渡す。


俺は今、手と足を麻縄で縛られ床に転がされている。

ロゼッタは足は縛られていないようだ。


天井の隅には蜘蛛の巣が張っていて全体的に古びた部屋。床には使い古され色褪せたカーペットが敷かれている。扉は一つだけで、明かり取りの小さな窓が一つあるがとても人間が通れるような大きさではない。


しくじった。


あれからどれだけ時間が経った?

ハルさんや仲間達は俺達がいないことに気付いてくれただろうか。ここがどこだかも分からないが、ここを探し出すまでにどれくらい時間がかかるか…。


焦りが募ると同時に、ある疑問が浮かんだ。

そもそも奴らは、何故あの場所に入ってこれた?


竜騎士は貴重な存在だ。

例えそれが訓練生であっても、丁重に保護される。

主要な出入り口には警備がいたはずだ。



「…う、う。」


「…!ロゼッタ、起きたか?」



小さく唸り声を上げてゆっくり目を開けた。俺と同じように頭がぼーっとするのかしばらく瞬きを繰り返している。彼女を混乱させないようゆっくり話しかける。



「ロゼッタ大丈夫か。落ち着いて聞いてくれ。俺達は奴らに捕まった。何者かは分からない。…ここがどこかも分からない。」



俺が話しているうちに覚醒が良くなり、しっかりとした目で頷く。



「目的はおそらく俺達を売ることだろう。竜騎士は貴重だ。…俺は、お前だけでも逃がしたい。」



俺の言葉に、ロゼッタは目を見開く。



「逃げるなら一緒よ!」


「俺は足も縛られてる。可能性があるのはお前なんだ。」



竜騎士を目指し訓練を始めて、まだそれほど時間が経ったわけではないが、俺は確信していた。

ロゼッタは間違いなく竜騎士になれると。

騎竜の才能も、普段の行動も騎士として申し分ない。


それに、ロゼッタは竜から愛されている。


彼女の心の優しさが伝わるのか、何がそうさせるのかははっきり分からないが、少なくとも学舎の竜達は彼女に好意的だ。

竜を愛し竜にも愛される。それはきっと、竜騎士にとって必要な素質だ。

国のため、とられてはいけないのは俺よりもロゼッタの方だ。


俺達の間に沈黙が落ちたが、おもむろにロゼッタが話し始めた。



「…古い家。小さいけど隙間がある。それに、小さな生き物達が住んでる。彼らなら外に抜け出せるわ。」


「?ああ、そうだな。」



古い家だから隙間もあって鼠くらいいるかもしれないが、それが何だ。

小動物が外に出られたくらいで状況が変わるわけではないだろう。


戸惑う俺をよそに、ロゼッタはズリズリと壁まで身を動かしもたれ掛かった。そして「来て。」と呟いた。



チー チチッ


少しの後、壁の隙間から現れたのは小さなネズミだった。

二匹、三匹と続けて出てくる。

するとロゼッタはネズミを怖がるわけでもなく、話しかけ始めたのだ。



「わたし達ここに閉じ込められてるの。お願い、外に出て助けを呼んできて欲しいの。」



ネズミ同士で鳴き合ったかと思えば、二匹が壁の隙間に消えていった。



「心配してくれてありがとう。…ふふ、優しいのね。」



ネズミに笑いかけるロゼッタと、顔をあげてロゼッタを見つめるネズミ。



「…ロゼッタ、まさか動物の言葉もわかるのか?」


「うん。優しいこよ、わたし達の心配をしてくれてる。」



その言葉に、息を飲んだ。



竜と言葉を交わせる者は限られた才能を持つ者だけだが、その他の生き物とも言葉を交わせるとなるとさらに限られる。

俺の家は代々竜騎士を輩出している名家として知られている。それこそ、最初の王の時代から。だからこそ、知っている話がある。


ロゼッタ、まさかお前は…。




ドタドタドタ ガチャンッ



「あ?起きてるじゃねぇか。」



大きな音が部屋の外から聞こえたかと思えば、足音をたてて大柄な男と痩せた男が入ってきた。

今はローブを被っていないが間違いない。こいつらはさっきの奴らだ。



「そんなに睨むなよ、俺達だって仕事なんだ。」


「お前良い血筋らしいな。依頼主も金弾んでくれるんじゃねぇか?顔も綺麗だしよ。」



近付き、無遠慮に顔を掴まれニタニタと値踏みされるように見られる。吐き気がする。



「それに、女の竜騎士とは珍しい。」



大柄な男がズカズカとロゼッタの前まで行き、その顎を掴む。



「痩せてるがこりゃあ美人になるぜ。いろんなところに女を売り捌いてきたからな、俺には分かる。」



最低なことを言って得意気に笑うのが気持ち悪い。

ロゼッタは唇をギュッと結んで、気丈に相手を見返している。



「離せ!」



顔を掴む男の手を振り払い、ロゼッタの前の大柄な男に向かって言う。男はチラリと俺を見たが、その手はロゼッタを掴んだままだ。



「おい、薬。」



大柄な男の声に、痩せた男が「はいよ。」と布を渡した。それは、おそらく俺達の意識を飛ばしたものと同じものた。焦ってロゼッタへ向けて叫ぶ。



「それを吸うな!眠らされ…」


「お前は少し黙ってろよ。」


「ぐうっ…!」



ガツンッと腹を蹴り上げられる。

この男、痩せてるのに力が強く、声が出ない。

痛みを耐えながらロゼッタを見ると、薬を吸ってしまったようだった。壁に体を預けぐったりとしている。



「よし、眠ったな。しかしだいぶキツイ薬だな。」


「そりゃそうだ、あんたみたいな大男でも昏倒させられるぜ。」



何がおかしいのか笑い合う男達に怒りしかない。手足を縛られているせいで思うように動かない自分の体にも怒りを覚える。

男達はひとしきり笑うと、大柄な方がロゼッタの前にしゃがみ込んだ。



「それじゃあお楽しみといくかね。」



大柄な男が分厚い手でロゼッタの足を撫でまわす。


…!こいつ!こいつら!

なんて下衆な奴らなんだ!


なんとか動こうとするのを、痩せた男に足で押さえつけられて、肩が軋んで痛みが走る。それでも麻縄を引きちぎろうとするが、ギリギリと皮膚に食い込むだけでびくともしない。


こいつらが憎くてたまらない。人を傷つけることを何とも思わないのだろう。こんな奴らが、許されていいはずない!

やめろ、やめろ!ロゼッタを傷つけるな!



バタンッ!!



その時、大きな音をたてて扉が開いた。



「おい!嗅ぎ付けられた!移動するぞ!」


「何!?早すぎるだろ!」


「いいから早くしろ!荷馬車は付けてある!」



男達は、突然バタバタと慌ただしく逃げる準備をし始めた。

口に布をあてられたが決して吸い込まず薬が効いたふりをすると、奴らは焦りから確認が疎かになり、うまく騙せた。


眠ったふりをしたまま肩に担がれ、荷馬車に乗せられたようだ。周りから見えないように幌が下される。


薄暗くなった荷台で這うようにロゼッタに近付く。

よかった、規則正しく呼吸している。

外から「早く動け!」という声が聞こえ、馬に鞭が振るわれたようだ。そのまま荷馬車は動き出した。



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