第12話 騎竜訓練
よく晴れて風も穏やかなある日。空の穏やかさとは真逆のピリピリとした空気が広がっていた。
いつもは竜舎で過ごしている緑竜達が、屋外で思い思いに翼を伸ばしている姿は微笑ましいのだが。
「体調を崩した者は早めに申し出るように。くれぐれも竜の上で吐かないようにな…そのまま竜に池に突っ込まれるぞ。」
竜騎士として欠かせないのは、竜に跨がり空を翔ること。
今日はその騎竜訓練が行われる日だ。
わたしが入る前の合宿でも実施していたらしく、経験者であるみんなの面持ちは固い。
竜と共に空を翔る姿に憧れを持っている者がほとんどだが、実際に乗ったことで理想を砕かれることが多い。
アクロバットをしたときにかかる体の負担が大きいのだそうだ。
鞍の付け方、基本的な乗り方は事前に聞いているが、わたしは乗るのも見るのも初めてだ。
訓練が開始される。先生に名前を呼ばれ、一人が竜に跨がり飛び立った。
空に上がり何度か旋回し、時折くるくると回転すると、周囲から小さく「うわっ…」と声が上がる。
たしかに乗ってる方は辛そう…。
しばらくしてふらふらと降りてくると、青白い顔の訓練生が周りの手を借りてやっと地面に足を着けた。
それとは対照的に、彼を乗せていた緑竜はとても生き生きして見える。
「竜に遊ばれているな。木陰で休んでいなさい。…次、レイド。」
「はい。」
次に呼ばれたのはレイドで、いつも通りのポーカーフェイスで竜に跨がり、空に舞い上がった。
上空では先ほどと同じような動きをしているが、なんだか滑らかな気がする。
降りてくると顔こそ白くないものの、額に汗がにじんでいた。
「良くなってきたな。だんだん“聞こえて”きたんじゃないか?」
「少しは…、ですがまだまだです。」
先生とレイドの会話に、周囲は小声で「なんだ?」と話している。
聞こえているというのは、おそらく…。
「成長はしているぞ。休んでいなさい。…次にロゼッタ。」
「…!はいっ!」
名前を呼ばれて前に進み、緑竜に歩み寄る。
三体いる竜に順番で乗せてもらっているので、わたしが乗るのは、はじめての日に話しかけてくれたあの竜だ。
「よろしくね。」
挨拶をすると、微かに笑って応えてくれた。
風除けのゴーグルを着けて鞍に跨がり、安全ベルトを腰に着けてから合図すると、翼を大きく広げて地面から離れた。
力強く羽ばたきながら、旋回しつつ高度を上げていく。
ひんやりとした風が頬に当たるが、風圧はそれほど強くない。
力強い羽ばたきと共に、どんどん高度を上げていく。
はじめての空からの景色は、下を見れば小さくなった人と建物。周囲を見渡せば、どこまでも続く青空に包み込まれるようだった。
「これが、あなた達の世界なのね。」
感動を覚え、独り言つ。
『そう、人間にはあまりに広いだろう。』
彼と話しながら、空を翔る。
くるくる回るときには声をかけてくれて、そんなに負担は感じなかった。
『久しぶりに君みたいな子に会った。…私は“アルト”。君と飛べて嬉しかったよ。』
「アルト…、わたしこそ嬉しかったわ。ありがとう。」
ふわりと地面に舞い降りる。
ベルトをはずして鞍から降り、感謝を込めてアルトの頬を撫でると、小さくクルルッと鳴いた。
「良くやった。教えられた名は信頼の証だ。他者に教えてはならないよ。…次、…」
訓練生と竜が飛んでは降りてくるのを、木陰で休憩しながら眺める。
終わったばかりのラルフがどしっと隣に腰かけた。
「お疲れ様。」
「うえー、ちょっと気持ち悪い。ロゼッタは初めてなのによく平気だったな。」
「うん、大丈夫みたい。楽しかったよ。」
まじかよー、と後ろに倒れる。
「ただ飛べるだけじゃダメだよな。他の竜騎士達と連携して飛行できるようにならないと。」
単独騎竜訓練はそのための第一歩なのだ。
そんなことを話していると、不意に影が射した。
「なあ、さっき教官と話してた“名前”って何だ?“聞こえてる”とか何とかも言ってたよな?」
見上げると、二人の訓練生が立ってこちらを見ていた。
先生は、名前は他者に教えてはならないと言っていたから言えないけど、“聞こえる”ことについては言っても良いのだろうか。
以前ヴァイツさんは、竜の声が聞こえることは竜騎士の素質だと言っていた。
また、先生はレイドに「聞こえてきたか」と声をかけていた。
そのことから、竜騎士の素質である竜の声を聞く力を養うことも、ここで身につけるべきものだと思うのだ。
「…どこまで言って良いのかわからないわ。きっと、その意味が分かるようになるのも訓練のひとつなのでしょう?」
わたしの返答が気に入らないようで、彼らは眉を顰める。
「そんなこと言わないで、教えてくれたっていいだろ?俺達同期なんだからさ。」
「…でも。」
「おい、あんまり困らせるなよ。」
みかねたラルフが起き上がって庇ってくれる。
「お前だって竜騎士になりたいだろ?自分だけじゃ難しいなら誰かに頼ったって良いじゃん?こういうのは助け合いでさ…。」
「俺は、俺の力で竜騎士になるつもりだ。努力してもなれなきゃ、スッパリ諦める。」
ラルフは毅然とした態度で言い切った。二人組は悔しさからか、怒りからか、顔を赤くして眉をつり上げる。
「っ…!何だよ、良い奴ぶって!」
ラルフに注がれていた視線がわたしに向けられる。
「…お前、伝手でここに来たんだって?何か特別なこと聞いてるんじゃないのか?だからお前だけ竜に懐かれてるんじゃないのかよ!」
はじめて浴びせられる怒鳴り声。向けられる怒りに体が固まる。怖い。わたし、どうしたらいいの…?
「わたし…。」
「やめろ。」
なんとか声を絞り出したが、彼等とわたしを遮るように横から現れたのはレイドだった。
「騎士を志す者として自分の行いを省みたらどうだ。分からないか?お前達のしていることは恥ずべき行為だと。」
レイドの登場に一瞬怯んだ彼等だったが、目をつり上げてレイドを睨む。
「うるせえ!…お前良いとこの坊っちゃんらしいじゃねぇかよ!お前だって金だかなんだか積んで、ここにいるんじゃ…」
「黙れよ。それ以上恥を重ねるなと言っているんだ。」
「…っ!」
体がぶるりと震えるような声、そして眼差しに二人は押し黙った。
けれど悔しくて、腹立たしくて、なおも声を上げようとしたが。
「そこまでだ。お前達二人は騎士として相応しくない行動をした。」
先生が現れると二人はビクリと顔色をなくし振り向いた。
「お前達には話がある。こちらへ来い。」
「…!は、い。」
先生は今日はこれで終わりだと全体に告げ、二人を連れて行った。
…………………………
竜の飛行、それに遊ばれている訓練生を見守っていると、順番を待っていた竜が唸り出した。
どうしたのだろうとその視線の先を見ると、休憩用の木陰に訓練生が集まっていた。
その中には、あの女子訓練生もいる。
『あの子をいじめてるよ。』
『腹立たしい。吼えて脅かしてこようか。』
おいおいおい、不穏なことを言うのはやめてくれ。
竜騎士を育てるここにおいては、賢く優しい竜が選ばれて配置されている。
その優しい竜が、一人の女子訓練生の怯えを感じ取り腹を立てているのだ。
「わたしが止めてくるから、頼むから穏便に。…最近は良い竜騎士候補に恵まれないな。」
女子訓練生の竜からの好かれようには驚いたものだが、近年の落第する者の多さに辟易する。
溜め息を一つ吐いて、問題児へのもとへと向かった。




