第11話 レイド・シルバー
レイド視点
「あれが噂の…。」
「ああ、お父上に似て将来有望そうだ。…後ろにくっいているのは?」
「弟君ですって。」
「まあそれは何とも…。」
ヒソヒソと、大声よりも耳につく言葉の鬱陶しさ。
「まるで違うではないか。見てみたまえあの目…。」
「ああ、本当に。それにあの名家の者に見合う実力なのかね。」
「まあ次男なんだからそんなもので仕方ない。あの優秀なご長男さえいれば安泰だろう。」
「しかし本当に似ていない…。」
うるさい。
黙れ。
"優秀な兄とは違う"
言われなくてもそんなことは自分が一番よく分かってるんだ。
俺は兄とは違う。
俺は、兄ほど出来た人間じゃない。
それでも、努力することで近付けることはあるだろう。認められることはあるだろう。
この家に見合うよう、兄に並んでも恥ずかしくないよう、努力すれば良いんだろう。
周りから向けられる悪意や哀れみの目に気づいた頃から、そう自分を鼓舞して生きてきた。
兄を追いかけるように受けた試験に合格し、第一歩として入った訓練所はやはり厳しいところで、相応しくない者は脱落していった。
教官はもちろん、竜に見咎められた者もいた。
そして2ヶ月が経過した頃、遅れて入ってくる者がいると報された。
入ってきたのは痩せた女子訓練生で、皆口には出さなかったものの、こんな時期に来るのは何か特別な理由があるのだろうと思っていた。
厄介ごとだったら面倒だが、当たり障りなく過ごせばいいと特に気にしていなかった。
そんな時、偶然教員が話しているのを聞いたのだ。
「例の女子訓練生の話、聞きましたか?竜舎の掃除の時、初日だというのにもう竜に認められたようですよ。」
「ああ、やはり推薦されただけはありますね。なにせ推薦元があのヴァイツ・シルバーですからね。」
その時の衝撃を何と表現すれば良いだろうか。
何かあるとは思っていたが、よりによってあの人の推薦なんて。
心の中にどろどろとした澱が溜まっていく。
俺は、自分の力でここに来た。しかしあの女子訓練生は、他人の力でここに来て竜にも認められている。
それに、あの人が……兄が、推薦するほどの人物なんて。
それからは、彼女を避けるようになった。
一対一で話したら、自分でもどんな言葉を投げ掛けるか分からなかったのだ。
皆俺の態度に気付いていたようだが、何も言わなかった。ただ、本人からの物言いたげな視線は感じていた。
そうして過ごしているなか、体力育成の走り込みの後、寮で会ったときに向けられた笑顔に何故だか無性に腹が立った。
口から刺々しい言葉を吐いた自覚はあった。
突然の言葉に驚き、口をつぐんで固まる彼女を見て、心が晴れるどころかさらに重くなったのを感じた。
彼女に当たってもこの胸の重さがなくなるわけではない。
「覚悟がない奴が居て良い場所じゃない」
それは本心だ。
だが、本人に向かってそんな冷たい言葉を浴びせたのは、自分らしくないと思う。
固まる彼女を置いて、逃げるように入った自室で考える。じゃあ自分はどうなんだと。
認めたくないが俺は彼女に嫉妬してあんな言葉をかけた。そんな醜い行動は、はたして騎士を志す者として相応しいものだっただろうか。
…………………………
講義も終わった夕方、いつも通りに竜の餌の準備をしていると。
「おつかれさま。」
いつの間にか彼女が隣に来ていた。
あんな態度をとった後で話しかけられることもないだろうと思っていただけに内心驚く。
それと同時に、再び心が重くなった気がした。
彼女は餌を運んできたようで、肉の入った桶を隣に置いた。
「ご飯だよ。」
彼女が呼びかけると、背を向けて寝ていた竜が起き上がり、俺が餌桶に入れた肉を食べる。
それが減ってきたところに、彼女がトングで手持ちの桶から肉を追加していく。
予め入っていた肉よりも追加される肉が気に入ったのか、トングから奪うように食べる。
彼女はその勢いにも、チラチラと覗く鋭い牙にも臆することなく、「食いしん坊ね。」と笑顔で肉を渡している。
「ヴァイツさん、あなたのお兄さんでしょう?」
脈絡もなく、竜を見つめたままの穏やかな表情で問われた。
「…他の奴等に聞いたのか。」
「いいえ。でもそうなんじゃないかと思ってた。……だって、目が似てるもの。」
「は?何を…。」
何を言っているんだ。兄と最も違うのはこの目の色だ。
兄を知っているなら、目が似ているだなんて言わないだろう。
この目のことで、どれだけ後ろ指差されたことか。
わずかな苛立ちを覚えた俺に、彼女は相変わらず穏やかな顔を向ける。
そして、その言葉を紡いだ。
「竜と接しているときの目、とてもそっくりよ。優しくて、温かくて…、愛に溢れた目。」
「…!」
それを聞いて目を見開いた。
嫌味や自分を傷付ける言葉を言われるのかと思っていた俺にとって、思ってもみない言葉だった。
そしてその時、気づいたのだ。
彼女が見ているのは目の色じゃない、姿形でもない。それは、そのものの中身…本質だ。
『なあレイド、誰が何と言おうと、俺とお前はそっくりだと思うよ。…だって、兄弟だからな。』
そう言って笑った、兄の顔をふと思い出した。
尊敬する兄はその優しさから慰めの言葉をかけたのだと思っていた。
だが今なら分かる。兄は俺を見て心から言ってくれたのだ。
そして目の前の彼女も、家柄でも姿形でもない、“俺”を見てくれている。
見てくれる人がいたのだ。
呆然とする俺をよそに、彼女は「無くなっちゃった。お代わり貰ってこようね。」と竜に声をかけ立ち上がる。
「悪かった。」
行ってしまう、そう思い口から出たのは謝罪の言葉だった。
彼女はこちらを振り向き首を横に振る。
「ううん、本当のことだもの。…わたしはロゼッタ。これからよろしくね。」
「…俺はレイド。よろしく、…ロゼッタ。」
ずいぶん遅れた自己紹介に、どちらともなく笑い出す。
久しぶりに、自然な笑みがこぼれた気がした。




