第01話 花咲く子どもの園
市街地から少し離れた小高い丘に、子どもたちの賑やかな声が響く。
緩やかな坂を登ったそこには、花に囲まれた、赤いレンガ造りの建物があった。
幼児から10代の少年少女までが庭に出て笑顔を浮かべているが、彼らが着ている服はあまり綺麗なものではなかった。痩せている子どもも多い。
その建物は、孤児院。
初老の女性院長のもと、身寄りのない子ども達が集まり暮らしていた。
子ども達が花を育て、定期的に花を売りに市街地に行くことから、そこは、花の院と呼ばれていた。
院長の人柄の良さと子ども達の明るさから、彼らは町の人々に疎外されることもなく、食べ物などを寄付しに来る人もいるくらいだ。
そのうちの一人、荷車を引いた少年と、荷車を後ろから押す二人の男性が、通常よりも安く商品を取引しに孤児院にやって来た。
「あ!ニコルフだ!」
一人の少年が挙げた声にみんなが反応し、小さい子ども達が彼の周りに集まり出す。
「よう、お前ら元気だな!今日はお菓子も持ってきたぞ。」
「本当!?ありがとう!」
やったー!きゃー!とはしゃぎ回る子ども達の頭を一人一人撫で、少年は玄関先で待つ院長のもとへ向かった。
「今日も色々持ってきました。見て選んでください。」
「いつもありがとうね。とても助かっているわ。」
荷車を押していた二人が、荷車の掛け布を外し、荷物を固定していた紐を解く。
少年は町の大きな商家の跡取りで、二人の男性はそこの従業員だ。院長と目を輝かせた子ども達が商品を選ぶのを穏やかに見守っている。
そんななか、少年は何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回していた。
「ニコルフさん、ロゼッタ姉さんなら物干し場にいますよ。」
そこへ、イタズラな笑みを浮かべたポニーテールの少女が近づく。
「あ、ああ。…ありがとう。」
探し人の居場所を教えてくれたその少女へお礼を言う。その顔はほのかに赤かった。そしてニコルフは目的地へと向かった。
その姿を、居場所を教えた少女と、同じ年頃の少女達が、クスクスと笑みを浮かべながら見送っていた。
物干し場にたどり着くと、そこには目的の人物がいた。
白く細っそりとした手が、シワがないようにシーツを干していく。
大所帯の洗濯物は洗うのも干すのも大変だろうに、鼻歌でも歌い出しそうな笑みを浮かべている。
「……ロゼッタ」
呟きにも似た声に、名を呼ばれた少女は顔を向けた。
「ニコルフ!」
花が咲いたように笑う少女に、心臓をギュッと掴まれたような気持ちになる。
来てくれてみんなも喜んだでしょう、と話す声は鈴が転がるようだ。
黒い瞳と同じ色の髪を三つ編みにして、肩に流しているその少女…ロゼッタは、ニコルフの想い人だった。
思わず一歩近付こうとしたニコルフだったが。
「ニコルフさん、お久しぶりです。」
そう声をかけて、ロゼッタとの間にぬっと割って入ったのは、まだ10にも満たない少年だ。
その手には洗濯かごを持っていて、彼女を手伝っていたことがうかがえる。
ニコルフをじっと見据えるその瞳は、幼いながらも敵対心を湛えていた。
「…ああ、クリフも久しぶり。」
ぎこちない笑みを返すと、ふいっとそっぽを向かれてしまった。
ロゼッタの居場所を教えてくれた少女のように、年頃の女の子達はニコルフを応援してくれているが、クリフはその正反対だ。
「いま終わったところだから、私達もみんなのところへ行きましょう。」
ニコルフとクリフの間に散る小さな火花には気付かず、ロゼッタは歩き出す。
クリフがすかさずロゼッタの手を握り、こちらを見てニヤリと笑うのを見て、ニコルフは自身の頬がヒクッとひきつるのを感じた。
___………
ガラガラと、行きよりだいぶ軽くなった荷車を引く。
「ニコルフさん、今日はどうでした?」
荷車を押す内の一人がニコニコと問いかけてきた。
「今日はあんまり。…クリフのやつ、完全に俺のこと敵だと思ってるよ。」
「はは、あの子は一番の強敵ですね。」
ははは、と笑う二人の声を聞きながら、クリフは思うように行かない自身の恋路に溜め息をついたのだった。