5、すべて君のため
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「見たかい、クラリス。僕の偉大な才能を!」
放課後になって二人で学生寮に帰りながら、オロフはまたイリュージョンの授業のことを話し始めた。
今日この話を聞くのは三回目だ。
あの後の火魔術の授業とタロットカードの授業は散々だったものの、水魔術で素晴らしい才能を見せたおかげで、その後は誰もオロフをからかう者はいなかった。
その許嫁であるクラリスにも、今日はみんないつもより親切だった。
「ふふ。みんなのあの驚いた顔を見たかい? 特にスイミーのやつ。いつも自慢ばっかりして嫌なやつだったから、いい気味さ。今度は僕があいつをバカにしてやるんだ」
オロフはすっかり自信をつけて息巻いている。
「で、でも……。魔術はまだ安定していないし……次もうまく出来るか分からないわ」
クラリスは、まさか自分の中の小さなクラリスがやったことだとも言えず、どうしていいか分からなくなっていた。
「大丈夫だよ。僕は今日のでコツを掴んだんだ。水魔術は完璧だ。ムスターの認定試験もぱっちりさ。楽しみにしてるといいよ、クラリス」
「ムスターの認定試験は……いつに決まったの?」
「三日後さ。本当は十日ぐらいかかるらしいけど、カミア導師が僕の才能にひどく感服して、すぐにも試験を受けさせるべきだって言ってくれたみたいだ」
「そ、そう……」
(どうしよう。その認定試験でオロフが何もできなかったら……。きっともっと落ち込んで、心を乱すのではないかしら……)
「君が僕を許嫁にして良かったって心から思えるような男になるよ。すべて君のためなんだ。だから期待して見ていてくれ」
「う、うん」
オロフがムスターを欲しがるのは、クラリスのためなのだ。
許嫁のクラリスが恥ずかしい思いをしないようにと頑張ってくれている。
そんなことを望んでいるわけではないけれど、オロフのその気持ちは嬉しい。
(小さいクラリス。オロフのムスター認定試験も助けたりできる?)
気づけばクラリスは、心の中の小さなクラリスに尋ねていた。
すぐに戸惑いの感情が流れてくる。
『できなくはないけれど、本当にそれでいいの?』
(できるの? できるならお願い。それが私の今一番の願いなの)
すぐに『分かった』という波動が返ってきた。
(良かった。きっと水魔術のムスターを手に入れれば、オロフももう満足するはずだわ)
クラリスはほっと息を吐いた。
「どうしたの? 浮かない顔をして?」
オロフが心配そうにクラリスの顔を覗き込む。
「う、ううん。別に何でもないの」
「ああ、もしかしてクラリスはイリュージョンを作れなかったから落ち込んでたの?」
「あ、ううん。別にそれは……」
「気にしなくてもいいよ。君は落ちこぼれのままでも、僕が魔術の才能を発揮して守ってあげるからね。君をバカにするやつらなんて、僕が魔術でやっつけてやるさ」
「で、でも攻撃魔術は私情で使ってはいけないと習ったわ。そんな恐ろしいことを考えないで、オロフ」
中等部の頃は気弱で、こんなことを口にするような人ではなかったのに。
いつからこんなことを言うようになったのだろう。
いや、そういえば人前では大人しかったけれど、二人きりになった時はよくクラスメートの悪口を言っていたっけ?
でもそれはクラスメートがクラリスをバカにしたり、いじめてきたりしたからだ。
クラリスを庇って言ってくれていただけだ。
そう。クラリスのために少し過激な口調になってしまうだけだ。
本心はとても優しい人だったはず。
クラリスは自分の心にそう言い聞かせて不安を拭った。
「それにしても、近くで見ると尚更、高い塔だな」
オロフは寮に向かう道の先に聳え建つ、空の雲さえ突き抜けるような金色の高い塔を見上げた。
それは首都ゴッドタワーの中心に建つ神の国の王宮だった。
王宮であり、政務が行われる議事堂であり、魔術局などの各局のフロアがあり、大きなホールやレストランのフロアもある。
もっと言うと、王族の豪華な住まいや、重役達の庁舎もある。
この巨大な塔に、神の国の中心機能すべてが詰まっていた。
そして魔術学院の生徒にとっては、憧れのフロアもある。
エディフィスという特別クラスだ。
エディフィスとは神殿や殿堂という意味を持ち、つまり魔術学院で際立った才能を持つ生徒達だけが入ることのできる特待生クラスだった。
エディフィスの生徒の半分は各国の王族や王族に近い貴族で、半分は際立った魔術力を持つ者らしい。
魔術学院の生徒が最終的に目指すのはエディフィスだが、たいていは無縁のまま卒業して自分の国に帰っていく。
もちろんクラリスやオロフにはまったく関係のない場所だ。
けれどオロフはその塔を見つめながら呟いた。
「僕はいつかエディフィスになってみせるよ。なんだかなれそうな気がするんだ」
「え?」
クラリスは驚いた。
「カミア導師も実践から才能が開花する生徒は別格だって言ってただろ? 僕はきっとエディフィスに入るような魔術使いになれる気がするんだ」
クラリスは目を輝かせて告げるオロフに、不安を募らせるばかりだった。