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短編まとめ

大人になったら幸せになれると思っていました〜人生に最初からやり直す選択肢をください

作者: 白水47

 何となく生きてきた。


 一番最初の記憶は小学一年生。遠足の日に、小学六年生のお兄さんに手を握られながら歩いていた。妙に手汗が恥ずかしかったことを覚えている。


 仲のいい友達はそこそこいて、中学生を何の感慨かんがいもなく卒業した。


 高校は普通の公立に入学した。志望動機しぼうどうきは、家からの距離と落ちはしないだろうから。


 高校生として、普通に恋愛も経験した。い上がって、後先なんか考えていなかった気がする。今が楽しければそれでいい。劇的げきてきなことは起こらずに、少女漫画と恋愛ドラマが会話の中心だった。何かが気に入らなくて、そんな些細ささいな理由で、彼氏とは別れた。それでも、別に不安なんてなかった。


 大学はいっておいた方がいいと周りに言われて、レベルが低くもない、高くもない大学に入学した。


 中学、高校とやっていた吹奏楽すいそうがく。大して上手くもないフルートは、実は少しだけ私の自慢じまんだった。そういえば、もう何年ケースすら触っていないだろう。


 大学はやりたくもないテニスサークルに入った。何となくかっこいい先輩に誘われたからという理由で。


 お酒の味を覚えて、自分があまりアルコールは得意でないことを知った。四年間、集中できない講義を聞いて、携帯けいたいをいじって、メッセージを気にしていた。メッセージの内容は、楽単、他人の恋愛事情、飲み会の誘い、中身なんてあってないようなものだった。ファミレスでバイトして、無遅刻むちこく無欠勤むけっきんで、大学の単位もちゃんと順調にとっていた。


 右も左も分からない状態で就活をして、入学式以来にスーツを着て、いろいろな会社を訪れた。


「学生生活で力を入れたことは?」


 言葉は企業によって違うが、様々な会社で聞かれたこの質問。毎回、のどの奥で、何かが引っかかっているような気分にさせられた。


 六社目くらいで内々ないないていがもらえて、最終的に内定のもらえた三社の中から、楽そうで、比較的お給料もいい事務の仕事を選んだ。データを見て、それをパソコンに打ち込んで、時々、お茶をくむだけのお仕事。


 朝、何も考えずに起きて、会社に向かって、電車に乗る。お昼はお弁当、昨日の夕飯の残りものと冷凍食品。少しだけ残業をして、帰路きろにつく。


 土日は、大抵たいてい、スマホを見ていたら終わっている。


 テレビの中にいる芸能人の自殺のニュース。あんなにキラキラした人たちも悩むことがあるんだなぁ、と他人事のように考える。


 時偶ときたま、大学の友人とご飯を食べに行って、愚痴ぐちを聞く。休日は、そんな風に、見たことのある景色のり返し。


 大人になったら、大きくなったら、何か素敵なことが起こると漠然ばくぜんと思っていた。真面目に生きて、普通に生活すれば、誰かの言う通りに流されていれば、人並みの幸せを手に入れられると思っていた。


 足りなかったものは、何だろう。


 それでも、世の中にはもっとひどい境遇きょうぐうの人がいて、私は恵まれている方だ。それなりにお給金きゅうきんをもらえて、休みもきちんとあって、有給もしっかりとれる。


 満たされていないと感じるのはなぜだろう。


 そんな時、結婚式の招待状が届いた。地元の、中学の友達からだ。


 断る理由も特になくて、二重線にじゅうせんをいくつか引いて、出席に丸をつけて、つつしんで、なんて心にもないことを付け加え、させていただきますと書く。新郎新婦へのメッセージは何か無難ぶなんなことを書いた気がする。近所のポストに、二日後に投げた。


 結婚式の当日。ご祝儀は三万円、私の食費一ヶ月分を手渡して、席に座る。あの頃の友達と、世間話をする。


「久しぶり—! 今、何してるの?」


 そんな問いに、一瞬いっしゅんまって、○○○で事務の仕事をしているの、と返事をする。


 きらびやかで、感動的な式だったと思う。


 何故だろうか。


 式の内容をほとんど思い出せないのは。丁寧ていねいに盛り付けられていた料理の味も覚えていない。


「来てくれてありがとう。すごく嬉しい」


 そう言った花嫁の目は笑っているように見えた。


 とても幸せそうだった。


 結婚式の帰り、律儀りちぎに二次会まで参加して、久しぶりのお酒に気持ち悪くなって、とぼとぼと歩いていた。


 家までの帰り道で、考えていた。


 今日はどんな気分でいれば良かったのだろうか。うまく笑顔を作れていたのだろうか。そんなことを考えて、素直に祝福しゅくふくできない自分が嫌になる。


 ピコン。


 携帯から着信音が鳴る。画面を見ると、母親からのメッセージだ。


『○○ちゃんの結婚式どうだった? 後で写真送ってね。あんたも明日で30なんだから、早く良い人見つけなさいよ』


 そうだ。


 今日は、私が20代でいられる最後の日だったのだ。


 ——虚しい。


 そう思った、そう思ってしまった瞬間、目から大粒の涙があふれ出してきた。


「あれ、何で」


 困惑こんわくして、止めようとしても、止まらない。私の体から水分は抜け続ける。


 何の為に生きてきたんだろう。

 分からない。


 人生って何なんだろう。

 知らない。


 この先もずっとこういうことの繰り返しなのだろうか。

 しんどい。


「……っ」


 声にならない声を口から吐いて、メイクもぐちゃぐちゃになっているのが分かる。側から見れば、私は汚いおばさんなんだろう。


 辛い。悲しい。生きづらい。ネガティブな言葉が頭の中でぐるぐると回っている。


 それでも世界は終わってくれないし、幸せにしてくれるヒーローも現れてはくれない。うずくまって泣いていても何も解決しない、誰も助けてくれない。


「にゃあ」


 私に声をかけてくれたのは、お腹の大きな()()だけだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人生が劇的なものではないことを知るのは、こうしたふとしたタイミングなのかも知れないと思いました。 日々の営みの中で、跳び上がって喜ぶような幸福は多くなかったとしても、小さなしあわせを積み上げ…
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