大人になったら幸せになれると思っていました〜人生に最初からやり直す選択肢をください
何となく生きてきた。
一番最初の記憶は小学一年生。遠足の日に、小学六年生のお兄さんに手を握られながら歩いていた。妙に手汗が恥ずかしかったことを覚えている。
仲のいい友達はそこそこいて、中学生を何の感慨もなく卒業した。
高校は普通の公立に入学した。志望動機は、家からの距離と落ちはしないだろうから。
高校生として、普通に恋愛も経験した。舞い上がって、後先なんか考えていなかった気がする。今が楽しければそれでいい。劇的なことは起こらずに、少女漫画と恋愛ドラマが会話の中心だった。何かが気に入らなくて、そんな些細な理由で、彼氏とは別れた。それでも、別に不安なんてなかった。
大学はいっておいた方がいいと周りに言われて、レベルが低くもない、高くもない大学に入学した。
中学、高校とやっていた吹奏楽。大して上手くもないフルートは、実は少しだけ私の自慢だった。そういえば、もう何年ケースすら触っていないだろう。
大学はやりたくもないテニスサークルに入った。何となくかっこいい先輩に誘われたからという理由で。
お酒の味を覚えて、自分があまりアルコールは得意でないことを知った。四年間、集中できない講義を聞いて、携帯をいじって、メッセージを気にしていた。メッセージの内容は、楽単、他人の恋愛事情、飲み会の誘い、中身なんてあってないようなものだった。ファミレスでバイトして、無遅刻、無欠勤で、大学の単位もちゃんと順調にとっていた。
右も左も分からない状態で就活をして、入学式以来にスーツを着て、いろいろな会社を訪れた。
「学生生活で力を入れたことは?」
言葉は企業によって違うが、様々な会社で聞かれたこの質問。毎回、喉の奥で、何かが引っかかっているような気分にさせられた。
六社目くらいで内々定がもらえて、最終的に内定のもらえた三社の中から、楽そうで、比較的お給料もいい事務の仕事を選んだ。データを見て、それをパソコンに打ち込んで、時々、お茶をくむだけのお仕事。
朝、何も考えずに起きて、会社に向かって、電車に乗る。お昼はお弁当、昨日の夕飯の残りものと冷凍食品。少しだけ残業をして、帰路につく。
土日は、大抵、スマホを見ていたら終わっている。
テレビの中にいる芸能人の自殺のニュース。あんなにキラキラした人たちも悩むことがあるんだなぁ、と他人事のように考える。
時偶、大学の友人とご飯を食べに行って、愚痴を聞く。休日は、そんな風に、見たことのある景色の繰り返し。
大人になったら、大きくなったら、何か素敵なことが起こると漠然と思っていた。真面目に生きて、普通に生活すれば、誰かの言う通りに流されていれば、人並みの幸せを手に入れられると思っていた。
足りなかったものは、何だろう。
それでも、世の中にはもっとひどい境遇の人がいて、私は恵まれている方だ。それなりにお給金をもらえて、休みもきちんとあって、有給もしっかりとれる。
満たされていないと感じるのはなぜだろう。
そんな時、結婚式の招待状が届いた。地元の、中学の友達からだ。
断る理由も特になくて、二重線をいくつか引いて、出席に丸をつけて、謹んで、なんて心にもないことを付け加え、させていただきますと書く。新郎新婦へのメッセージは何か無難なことを書いた気がする。近所のポストに、二日後に投げた。
結婚式の当日。ご祝儀は三万円、私の食費一ヶ月分を手渡して、席に座る。あの頃の友達と、世間話をする。
「久しぶり—! 今、何してるの?」
そんな問いに、一瞬詰まって、○○○で事務の仕事をしているの、と返事をする。
煌びやかで、感動的な式だったと思う。
何故だろうか。
式の内容をほとんど思い出せないのは。丁寧に盛り付けられていた料理の味も覚えていない。
「来てくれてありがとう。すごく嬉しい」
そう言った花嫁の目は笑っているように見えた。
とても幸せそうだった。
結婚式の帰り、律儀に二次会まで参加して、久しぶりのお酒に気持ち悪くなって、とぼとぼと歩いていた。
家までの帰り道で、考えていた。
今日はどんな気分でいれば良かったのだろうか。うまく笑顔を作れていたのだろうか。そんなことを考えて、素直に祝福できない自分が嫌になる。
ピコン。
携帯から着信音が鳴る。画面を見ると、母親からのメッセージだ。
『○○ちゃんの結婚式どうだった? 後で写真送ってね。あんたも明日で30なんだから、早く良い人見つけなさいよ』
そうだ。
今日は、私が20代でいられる最後の日だったのだ。
——虚しい。
そう思った、そう思ってしまった瞬間、目から大粒の涙が溢れ出してきた。
「あれ、何で」
困惑して、止めようとしても、止まらない。私の体から水分は抜け続ける。
何の為に生きてきたんだろう。
分からない。
人生って何なんだろう。
知らない。
この先もずっとこういうことの繰り返しなのだろうか。
しんどい。
「……っ」
声にならない声を口から吐いて、メイクもぐちゃぐちゃになっているのが分かる。側から見れば、私は汚いおばさんなんだろう。
辛い。悲しい。生きづらい。ネガティブな言葉が頭の中でぐるぐると回っている。
それでも世界は終わってくれないし、幸せにしてくれるヒーローも現れてはくれない。うずくまって泣いていても何も解決しない、誰も助けてくれない。
「にゃあ」
私に声をかけてくれたのは、お腹の大きな黒猫だけだった。