第7話 宝物の宝石
「んまぁ〜!見れば見るほど本当に素敵な殿方ね!」
そうテンション高々に言ったのはマダム キャロだ。
思惑通り彼女に気に入られた俺達は、彼女の運営する高級娼館の応接室へと招かれていた。
途中綺麗なお姉さん達に手を振られてめっちゃドキドキしたよ。
「因みに貴方ご結婚は?」
「しております」
「あらぁ〜それは残念ね」
マダムの質問に微笑みながら答えるシュルツさん。
「でも、息抜きをしたくなったらいつでもいらして?貴方のような方は大歓迎だわ!なんならワタクシがお相手してもよろしくってよ?」
あ!
さり気なくシュルツさんのお尻に手を伸ばしてる!
でもシュルツさんもさり気なく避けてる!
避けたと思わせないくらい自然な動きすぎて、マダムも頭上に「?」を浮かべてるよ。
「それより、こちらへ呼んでいただけたのには何か理由が?」
「あらあらそうだったわね!今回のイベントは今までに無いくらいの盛り上がりだったわ!だから、貴方達にご褒美の1つでもと思いましてね」
キタ!
これを待っていた!
思惑通り過ぎて怖いくらいだ。
「どうかしら?例えば今日はここを無料で利用できるとか…。一見さんお断りでやってる高級娼館よ?こんなチャンス無いと思うわ」
言いながらまたスッと手を伸ばすマダム。
「いえ、それよりも褒美をいただけるのでしたらマダムにお願いが」
答えながら避ける自然な動き。
「あら何かしら?ワタクシに出来る事なら手を貸しますわ」
――スッ
「そう言っていただけると助かります。どうしてもマダムにしかお願いできなくて」
――スイッ
話を進めながら繰り広げられる謎の攻防がすごい。
そしてマダムが手を伸ばす度に隣で怒気を発するクヴァルダさんがやばい。
「実は…例の大会に出場する権利を頂きたいのです」
そう訳知り風にシュルツさんが言うと、マダム キャロも表情が変わった。
「あら?何の事かしら?」
「是非、お願いします」
「…そう。全てわかってるようね」
おぉ、シュルツさんすごい!
俺だったら「何の事?」って言われた途端に慌てふためくよ。
「けれど、ワタクシが用意できるのは『盛り上げ役』の方よ?貴方のような素敵な方を失うのは惜しいわ」
どうやら、コロシアムにはお金を賭ける本命選手と大会を盛り上げる為のヤラレ役がいるらしい。
殺される人が居れば居る程盛り上がるとか。
悪趣味。
シュルツさんはそれはもう笑顔で答えた。
「ご心配無く。出場するのは私ではなくこちらのご老人です」
にこやかに、リュデルさんを紹介するシュルツさん。
もしかしてコンテストでの事怒ってる?
まぁ最初からリュデルさんに出てもらう予定ではあったけど。
「ふぅん、お年寄りにやらせるなんて…貴方もなかなかね」
ニヤリと悪い笑みを浮かべるマダム。
「いえいえ、貴女ほどでは」
と、シュルツさんも黒い笑みを作る。
何のワンシーンだろう。
「気に入ったわ、紹介状書いてあげる。これを持ってホテル『インペリアルガルド』へ行きなさい。そこのフロントに見せれば、案内してくれるわ」
マダム キャロはササッとペンを走らせると、変わった模様の描かれた黒い紙を渡してきた。
これで目標達成だ!
「いい?それを渡した事をくれぐれも漏らさないようにね?」
「ええ、わかっております」
実にスマートなシュルツさんの交渉によって、無事に紹介状をゲットする事が出来た。
良かったーと喜びながら出口の方へと向かう。
と、油断大敵なのだと俺は学んだ。
「貴方も…あと数年したらいらっしゃいね?」
「キャー!!」
耳元に小声で囁かれながら、マダムにお尻撫でられた!
汚された!
俺汚されちゃった!!
シュルツさんが慌てて俺をマダムから引き剥がし「で、では我々はこれで」と言いながら急いで全員で退出する。
うぅ、シュルツさんの胸…はまだ届かないから鳩尾を借りて泣こう。
シクシク。
「災難だったわねぇリオルくん」
「まぁ元気出すんじゃ」
大したことでは無いかのように笑いながら、励ましの言葉を紡ぐジーゼさんとリュデルさん。
俺はショックなのに。
そんな2人とは違って、クヴァルダさんはプンスカ怒ってくれる。
「まったく!義兄さんに不埒な真似をしようとするなんてあの女許せないっすね!」
あれ?
俺はいいの?
そうして、とても腑に落ちない…と思いながら歩いていると急に声が掛かった。
「君達、ちょっと良いかい?」
とてもキラキラしたモノが視界に入る。
銀の髪や瞳でやたらと煌びやかな騎士服…って、レイナードさんじゃん!
「どうしたんですかNo.2?」
「その呼び方はどうなのかな!?」
だってコンテスト2位だったし。
俺の呼び方にツっこんでから、咳払いするレイナードさん。
「マダム キャロと話してた君達に聞きたいんだが…もしや、コロシアムに参加する気なのかい?」
瞬間的に、緊張が走った。
だが、直ぐにシュルツさんが対応する。
「コロシアム?コンテストだけでなくそういったイベントまであるんですね。知りませんでした。なにぶん、我々も今日この街に来たばかりなので」
「…そうか。いや、今のは忘れてくれ」
そうして、改めてシュルツさんに向き直った。
「これは、今日のお礼だ。受け取ってくれ。それでは」
そう言って、シュルツさんに何かを握らせ去っていく。
治療代かな?
他人の前髪をパッツンにしようとした割には案外律儀な人だ。
「義兄さんスゴイっす!格好良いっす!」
「…いや、流石にもう疲れた。今日休める宿を探そう」
「それなら、オレが探してくるっす!」
そう言って走り出すクヴァルダさん。
「皆んなは休んでてくださいっすー!」と声を張り上げながら直ぐに見えなくなった。
「じゃあ、クヴァルダが戻るまでワシはばあさんとデートしようかのぅ」
「あら、良いわねぇ」
と、さっさと2人で観光を決め込むリュデルさんとジーゼさん。
あの歳でラブラブな2人ってすごいなぁ。
そうして、俺達は一旦別行動となったのだった。
「はい、これでもう大丈夫だよ」
「わー、ありがとうおじさん!」
シュルツさんの治療を受け、足を擦りむいた子供が喜ぶ。
母親もお礼を言いながら治療代を払って去って行った。
クヴァルダさんを待っている間、シュルツさんはこども限定の簡易治療所を開いたのだ。
短時間なので屋根と椅子だけの簡素なものを。
因みにこども限定にしているのは、若い女性がわざと怪我して殺到する事件があったかららしい。
イケメンも苦労してんだね。
「すみません、この子も診てもらえますか?」
「ええ、構いませんよ」
また1人子を連れた親が来る。
それに丁寧に対応するシュルツさん。
腰のマジックバッグから医療品を取り出して治療してあげている。
でもって、俺は先刻のトラウマから未だにシュルツさんの隣に引っ付いていた。
マダムコワイ。
シュルツさんは診察の邪魔だと俺を追い払う事もせず、それどころか時々励ますように背中をポンポンと叩いてくれる。
めっちゃ安心する…。
シュルツさん怖いからシュルツさん優しいに完全にシフトチェンジだよ。
「シュルツさんのそのマジックバッグって医療品入ってたんですね。てっきりみんな魔力治療してるのかと」
「魔力も限界があるからね。時間があれば普通に道具で治療するようにしてるんだよ」
なるほど、確かに魔力を使い過ぎていざ何かあった時に枯渇しては大変だ。
ちゃんと考えてるんだな。
「君のその袋も小さいけど、マジックバッグかい?」
と、俺が首から腰にかけて斜め掛けしてる袋に目を留めるシュルツさん。
普段はマントで隠してるんだけど見えてたか。
「いえ、俺孤児院で育ったんですけど、その時に一緒だった女の子に作ってもらったんですよ」
「もしかして…彼女かな?」
「そっ、そそそんなんじゃないです!!最後に会ったのも4年前だし!!」
うぐぅ、つい動揺してしまった。
「その、俺にとっての大事な物が入ってて、夜になっても分かるようにって月の光で光る不思議な細工をしてくれた袋なんですよ」
「大事な物?」
「はい、コレです」
シュルツさんになら見せても良いかと、俺は小袋から中のピンク色の宝石を取り出した。
「俺、生まれたばっかりの状態で森に捨てられてたのを院長が見つけてくれたらしいんですけど、その時にこの石だけ俺のお腹の上に置いてあったらしいんです。多分捨てた親が置いてったんだろうって」
「なるほど…見ても?」
「はい、どうぞ」
受け取って、石を覗き込むシュルツさん。
「石の中に『リオル』と刻まれているね。そうか、名前は親が付けてくれたのか」
「そうみたいです。じゃあ何で捨てたんだって感じですけど。あ、裏側が平たくなってるんですけど、そこに模様が掘られてるんですよ」
俺の言葉を聞き、シュルツさんは石をひっくり返して確認した。
そこに描かれた、花と翼をモチーフにした模様。
「多分、家紋じゃないかなって思うんですけど。自分で調べてもわからなくって」
「確かに…家紋のようだね。けれど、見た事ない模様だな…」
模様を見ながら首を捻るシュルツさん。
と、背後から大声が聞こえた。
「あー!2人して何仲良く話してるんすか!!俺も混ぜてくださいっす!!」
そう叫んだのは案の定クヴァルダさん。
どうやら宿を見つけて戻ってきたようだ。
うおっ、俺とシュルツさんの間に無理矢理入ってきた!
「ん?なんすかコレ?」
「リオルくんの宝物らしい。この家紋、クヴァルダは見た事あるか?」
「んー…わかんないっすね。ウチのとも全然違うし」
因みにリュデルさん達の家紋は剣と太陽がモチーフになっているそうだ。
家紋まで勇者っぽい!
「ここは年長のじいちゃん達に聞いてみようっす!じいちゃんばあちゃーん!」
「なんじゃ」
え!?
どっから出てきたの!?
さっきまで居なかったじゃん!?
「この家紋リオルくん家のらしいんすけど、見たことあるっすか?」
だが、リュデルさんもジーゼさんも首を傾げた。
「いんや、見たことないのぅ」
「そうねぇ。色んなお家とお付き合いあるから、似たようなのがあれば分かると思うんだけど…」
本家の家紋を少しだけ変えたものを分家で使うので、同じような血統なら似た家紋になるらしい。
なので部分的でも似たような所があれば、そこから辿れるそうだ。
「ばあちゃんでも知らないとなると…もしかしたらリオルくんの親は、外国の人かもしれないっすね」
え!?
俺外国人だったの!?
もしくはハーフ!?
何それ格好いい!!
ちょっとドキドキしていると、シュルツさんが石をそっと俺の手に返してきた。
「取り敢えず、無くさないようにまたしまっておきなさい。もしかしたら、旅の間に何かわかるかもしれない。私達も注意してみるよ」
「そうっすね!その家紋知ってる人に出会う可能性もあるし!」
「何かわかったら直ぐに教えるわね」
「うむ、年寄りじゃが模様はしっかり覚えたぞ!」
おぉ、なんか勇者一族が手を貸してくれるって頼もしいな。
俺の親か…会いたいような会いたくないような…。
いや、その時になったら考えよう。
そんな会話をしつつ、クヴァルダさんが見つけてくれた宿へと向かう。
さぁ、明日はコロシアムに参戦だ!
まぁ出るのはリュデルさんだけどね!




