第5話 材料
「よし、取り敢えずここまでにしようか」
「ぜ…は…。ありが…と…ござました…」
シュルツさんによる地獄の朝稽古が今日もまたようやく終わる。
ジーゼさんの診察をしつつも律儀に毎日相手してくれるから、すごい良い人なんだよな。
怖いけど。
「あ、稽古終わったんすかー?」
言いながらクヴァルダさんが駆けてくる。
因みにクヴァルダさんは俺達が稽古している間にエルダーエントから取った木材を加工していた。
どうせなら最高の物を作るんだと、チマチマ細工している。
「リオルくん良いっすね〜。義兄さん、今度俺にも稽古つけてくださいっす!」
「お前には必要ないだろう」
「えー!リオルくんだけズルいっす!」
「クヴァルダは充分強い。大丈夫だ」
「あ、そ、そうすか?」
簡単に言いくるめられてる。
なるほど、これが角の立たない断り方というやつか。
「ほれお前ら、朝飯の時間じゃぞー」
なんてやり取りをしていると、朝食の支度を終わらせたリュデルさんに呼ばれた。
ジーゼさんが瀕死という事もあるけれど、朝ギリギリまで寝ていたいジーゼさんの為に朝食は昔からリュデルさんの担当なんだそうだ。
あの写真で見た美男子が料理とか絶対モテるわ。
「んーっ、やっぱじいちゃんの飯は美味いっすね!」
「本当ねへ…ふみゅ、んぐ」
ジーゼさん寝ながら食べてない?
「そろそろ目的の街に着くな」
「『ディアマンタール』…だっけ?そこに材料があるんですよね?」
「ん、まぁ、多分っすけどねー」
ご飯を頬張りつつ、クヴァルダさんが説明を始める。
「残りの材料なんすけど、まず枕を作るのに『マシュリム』っていう宝石と、『マローナ』っていう花が必要なんす。宝石だけだと硬い石なんすけど、それに花を錬金する事で枕の中身に最適な物質に変化するんすよ」
「へー、不思議」
「面白いっすよね!因みに、マットレスの材料に必要なのが『エーテルコットン』で、これはマローナの花と同じ場所にあると思うんす」
「その場所って?」
俺が質問すると、クヴァルダさんは勿体ぶるように「フッフッフ」と笑った。
「その場所はっすね、天空の王国『メルフローラ』っす!そこの城の天空庭園にある筈なんすよ!」
天空の王国!?
城の天空庭園!?
何それ超カッコいい!
が、目を輝かせる俺と対照的に懸念する様子のシュルツさん。
「メルフローラって…確か100年ほど前に滅んでいる筈だろう?大丈夫なのか?」
え!?
滅んでるの!?
「聞いた話だと、国は滅んだけど庭園はそのまま残って今もしっかり保存されてるらしいっす。まぁ問題は植物が無事だとしても、どうやって行くかなんすけどね」
そうか、天空の王国っていうくらいだから空にあるんだよね。
飛んで行かない限り辿り着けないのか。
「ジャンプしたらどうじゃ?」
「あはは、ばあちゃんの支援目一杯付けても流石に届かないっすよ」
「それもそうじゃのう…ワシも歳を取ったからな。全盛期の頃は届いたんじゃがな」
「じいちゃんジャンプで行けたの!?よく生きてたっすね!?オレなら死んでるっすよ!」
木の高さから落ちただけで死にかけた俺なんて真っ先に死ぬと思う。
「ま、まぁ、メルフローラの行き方は追々考えるとして、まずは宝石っす。これから行くディアマンタールは金持ちが集まる街だから、宝石商にマシュリムもある筈なんすよ!」
なるほど。
確かにお金持ちだったら宝石とかも買い集めるだろうし色んな種類を売ってそうだ。
「そのマシュリムって高いんですか?」
「結構希少な宝石っすからねぇ。しかもある程度の大きさの物が必要なんで、恐らくかなり高額っす」
「え、それ買えるの!?」
「これでも名のある職人やってるっすからね!金持ちから踏んだくりまくってるから、一億くらいまでだったらポーンと出しちゃうっすよ!」
そんな大金をポーンと!?
勇者の孫マジすごい!!
「私も出そう。一応医者だからね、それなりに稼いでいるつもりだ」
やだシュルツさん格好いい!
流石お医者様!
「ワシも出すぞ。これまでかなりの額を貯め込んできとるからの。どんなに高額でも大丈夫じゃから安心せぇ!」
すごい!
勇者メッチャ頼もしい!
こんなに凄い人達揃いだったら、宝石の入手は簡単そうだ。
意気揚々と、俺達は大都会ディアマンタールへと向かった。
「50億ライビです」
(((高っか!!!)))
街の宝石店で男性店員さんが口にした金額に驚愕する。
余裕を見せていたクヴァルダさんもタジタジだ。
「え…。に、義兄さん出せるっすか?」
「いや、流石にこの額は…」
小声で相談するクヴァルダさんにシュルツさんも小声で答える。
だ、だが、勇者が居るから問題無い筈だ!
「だ、大丈夫ですよ!リュデルさんどんなに高額でも出せるって言ってたし!ね?」
「はて?そんな事言ったかのぅ?」
このジジイ、勇者のくせに急にボケたフリを。
「ていうか!いくらなんでも高すぎるっすよ!相場5000万くらいって聞いたっすよ!?ぼったくりじゃないすか!?」
「困りますねぇお客様。そういう因縁は他所でつけてもらえますか?」
「因縁じゃないっす!」
クヴァルダさんの言葉に、性格の悪そうな顔をした細身の店員はため息を吐いた。
「ハァ…。では、強制退店していただきます」
――パチン
と、男性が指を鳴らした途端、奥からスーツを着た屈強な男達がゾロゾロ出てくる。
指の骨をバキボキ鳴らしながら近付いてきた。
「お客さぁん、怪我したく無かったら出てってもらえますかねぇ?」
「その綺麗なお顔が台無しになりますよぉ?」
こわい。
とてもこわい。
何が怖いってこの屈強な男達の末路だよ。
数分後、男達の顔の大きさは倍になっていた。
減らなくて良かったね。
「で?何でこんなに高額なんすか?」
クヴァルダさんに再度詰め寄られ、先程まで高圧的な態度だった店員は冷や汗をダラダラ流しながら手をモミモミしている。
「じ、実はですね、これには深ーい訳がありまして…」
そうして手を揉みながら店員が説明し始め出てきた単語を、俺とクヴァルダさんは思わず復唱した。
「「闇コロシアム?」」
「そうなんです。この街の地下では貴族の道楽として定期的に開催されてましてね。相手を殺そうが何しようが問題無いルール無用の生き残り戦で、観客は勝者を予想してお金を賭けるんです」
手をモミモミモミモミしながら説明を続ける。
殺し合いをさせての賭け事とか悪趣味だなぁ。
「それでですね、今回の優勝商品がマシュリムなんですよ。普通に購入できる状態では賞品としての価値が下がってしまうんで、価値が上がるよう現在高騰してるんです」
よく分かんないけど権力で価格操作してるのかな?
なんて迷惑な話だ。
「という事は、そのコロシアムが終われば価格も戻るのか?」
「い、いえ。直ぐに下げてしまうと賞品を獲得した意味が無くなってしまうので、暫くはこの状態が続くかと…」
シュルツさんの質問に高速で手をモミモミしながら答える店員。
そろそろあの手縛っていいかな?
「となると…そのコロシアムに出場して優勝するのが一番手っ取り早そうっすね」
「確かにそうだな」
「えぇ!えぇ!お客様のお強さでしたら優勝だって出来るでしょうとも!で、ですが、ちょっと誰でも出場できるという訳では無くてですね…!」
ついに残像しか見えないようなスピードで手をモミモミしながらしどろもどろ言う店員。
待って様子がおかしいと思ったらジーゼさんあの人の手だけ強化して遊んでる!
やめたげて!
「どういう事っすか?」
「一応、その、表沙汰にして良い大会では無いので…有力者達の用意した人達しか出場できないようになってるんですよ」
表沙汰にできない話をペラペラ喋ってることはこの際気にしないでおこう。
それよりも問題はコロシアムに出場するのが簡単ではないという事だ。
「ふぅむ、面倒臭いっすね」
「リュデルさん達は貴族の知り合いとかいませんか?」
「知り合いはおるが、悪趣味な奴はおらんのぅ」
いや知り合いいるんだ。
「仕方ないっすね。取り敢えず、その出場権を獲得できるよう情報集めしないと。あ、その大会っていつやるんすか?」
「あ、明日でございます」
「明日!?これは急がなきゃっす!」
慌ててクヴァルダさんが店を出ようとする。
けれど、それをシュルツさんが止めた。
「少し待て」
そう言って、先程クヴァルダさんにボコボコにされた男達の前まで行き片膝をつく。
突然近付かれ油断していた男達はガクブルになった。
怖い…まるで自分を見ているようだ。
「蘇生術式 ヒール トゥラヴマ」
だが、シュルツさんが行ったのは男達の治療。
顔の腫れが引いた男達は驚いてシュルツさんを見た。
「ど、どうして…」
「ただの情報料代わりだ。完治した訳じゃないから、暫くは大人しくしてなさい」
――キュゥゥゥウウン!!
という効果音が頬を染める男達から聴こえた。
なんなら隣でクヴァルダさんも同じ反応してる。
シュルツさん怖いと思ってごめんなさい。
イケメン過ぎて俺もちょっとときめいたよ。
「それじゃ」
「あっ、待ってくだせぇ旦那!」
「コロシアムに出場する良い方法を俺ら知ってますぜ!」
なんと、予想外のところから情報が!
シュルツさん超ファインプレーじゃん!
「旦那達は見た目が良いから、きっと成功しますぜ!」
ん?見た目??
出場権獲得に見た目が関係する意味が分からず、俺達は首を傾げて屈強な男達を見た。
「実はですね、出場させてくれそうな人物を1人知ってるんでさぁ!」
「高級娼館のオーナーをやってる『マダム キャロ』って呼ばれてる人でしてね!その女性もコロシアムに投資してて、毎回誰か出場させてるんですよ!」
おぉ、オーナーやってるとかなんか大物そう。
高級…ショー観?小艦?
「クヴァルダさん、ショウカンって?」
「んえ!?あ、え、えーっと…お、オトナのお店、っすね」
「…クヴァルダ」
「だ、だって何て言ったら良いんすか!?」
シュルツさんに低い声で名前を呼ばれ、慌てふためくクヴァルダさん。
大人のお店…か。
ドキドキ。
「そんでそのマダム キャロなんですが、見目の良い男が大好物でしてね!」
「だから上手く彼女の目に留まれば出場権もゲットできるんじゃないかと!」
男達からのその情報に、リュデルさんとジーゼさんも頷く。
「なるほどのぅ。ワシらの孫達は顔がええから、きっとマダムも気に入るわい」
「あら、リオルくんも可愛いわよ」
ジーゼさんありがとう。
「だが、どうやって接触するかだな」
「あ、そ、そーっすよね…」
何でクヴァルダさん俺をチラチラ見ながら頭を掻いてるんだろう。
年齢制限とかで、俺が居たらお店入れないのかな。
くそぅ。
「そこなんですが、ちょうどいいイベントが今日開催されるんですよ!」
ズイッと、ここからが本題だとばかりに男が身を乗り出す。
「実はですね、今日この街で『プリンスコンテスト』ってもんを開催するんすよ!」
「「プリンスコンテスト?」」
話が見えてきたぞ。
「ええ!それこそマダム キャロが主催するイベントで、数々のイケメン達の中からNo. 1を決めるイベントなんです!」
「そこで優勝すれば、絶対マダム キャロの目にも留まる筈です!」
その勢いの凄い男達の提案に、皆んなで顔を見合わせる。
コロシアム開催までに時間も無いし、この提案に乗るのが一番の近道のように感じた。
こうして、俺達はそのプリンスコンテストに参加することにしたのだった。
天空の王国へ、標高のかなり高い山からの全力支援ジャンプでギリギリ届いた当時のリュデルさん。
しかしジーゼさんが置いてけぼりなので何もせず即座に降りましたw