第57話 決着
「ノヴァ、一瞬だけ俺が抜ける道を作れる?」
「うん、出来るよ」
俺の質問に、息を切らせつつも頷くノヴァ。
繭の外ではブラドーの雷や炎の猛攻が続いている。
完全に解除してしまっては治療も出来ないから、守りを固めたまま俺だけ外に抜けなくちゃいけない。
でもきっと、ノヴァなら上手くやってくれる筈だ。
「奴の攻撃の合間を見て一気に抜ける。良い?」
ノヴァはコクリと頷いて了承した。
それから、一度俯いて俺を見る。
「…リオルくん。明日も、これからも、そばにいてくれるよね?」
それは、暗に俺が生きていられるかを聞いていた。
不安そうなノヴァの手を握る。
「うん。約束する」
この言葉に嬉しそうに笑うノヴァ。
ノヴァを1人になんてするもんか。
絶対に、奴を倒す。
ブラドーを見据え、飛び出すタイミングを計る。
既に、何重にも展開された繭の外側の一層は壊されてしまっていた。
タイミングを間違えれば俺もただでは済まない。
一瞬で良い。
攻撃と攻撃の隙間を…通り抜ける!
――ダンッ
雷が繭に当たり、次の雷が落ちるまでのその一瞬を見て地面を蹴った。
刹那の時間の中で、ノヴァが俺の動きに合わせて1枚ずつ繭の部分的解除と修復を繰り返す。
なんとか、攻撃に当たらずに外に飛び出す事に成功した。
《1人で飛び出してくるとは、いい度胸だな!》
早速と言わんばかりに、ブラドーが攻撃目標を俺へと切り替える。
クヴァルダさんの治療が終わる前に繭を壊されては困るから寧ろ好都合だ。
走りながら集中して、自分の中の魔力を練り上げた。
《くたばれぇ!》
刃の触手を使えない分、大量の黒い雷を落としてくるブラドー。
俺の持てる力…全部を使い切ってやる。
「天流剣技 霞 スペクトラム!」
アークデーモン戦で見てからリュデルさんに教えてもらい、ひっそりと練習していた回避技。
ぶっつけ本番だったけれど、魔力によって空間に揺らぎを作り霞の如く全ての雷を避ける事に成功する。
普通なら避けられないはずの量を回避され、ブラドーも歯を食い縛った。
《馬鹿な…!?なら、こっちはどうだ!》
今度は広範囲の炎を噴射してくる。
隙間のないこの炎は回避のしようも無ければ、近付いただけでも大火傷を負ってしまう。
でも、止まるもんか!
「天流剣技 焦熱 エリュトロン!」
リュデルさんが作り上げたもの程大きくはないけれど、俺の出せる限界の力で火柱を作り出した。
その火柱の気流に巻き込まれて、ブラドーの噴射した炎も一緒に立ち昇る。
消す事が出来ないなら、軌道を変えるまでだ!
《小癪な真似を…!》
炎まで防がれてしまうとは思わなかったらしきブラドーが苛立ちを見せる。
咄嗟に俺へと触手の刃を使おうとするが、ノヴァの放った強靭な糸は切れずに拘束したままだ。
ギチっと食い込む糸を見て舌打ちをし、ブラドーは蛇の尾を振った。
《また動けなくなるが良い!》
大量に飛んでくる鋭い鱗。
避けても爆発する二段構えのこれは回避しても危険だ。
けど、一度喰らってしまった攻撃を再び喰らうような真似はしない。
「天流剣技 吹雪」
一旦立ち止まって、体を捻りながら剣に冷気を溜め込む。
飛んでくる鱗に向かい全身を使って回転斬りした。
「フロストバイト!」
鱗が凍りついて粉々になり、それを回転斬りで起こした風が吹き飛ばす。
氷の粒子となって飛ばされた鱗では、爆発させる事も麻痺を与える事も出来ないだろう。
《クソ、どうなってる!何をした!?さっきまでこんな動きなど出来なかった筈だ!》
何か仕組んだのかと疑うかのような発言をするブラドー。
卑劣な事しか考えず、信頼できる仲間もいない奴ではきっと一生答えに辿り着けはしない。
みんなのおかげで、俺は今限界以上に動けてるんだから。
《大人しく死ね!!》
クヴァルダさんと同じように締め上げようとしたのか、今度は蛇の尾を俺に伸ばしてくる。
でも、普通に正面から向けられただけの尾なんて脅威じゃない。
「天流剣技 疾風 レイヴン!」
鳥型になった風の刃を飛ばし尾を弾く。
ブラドーは焦りが出たのか、雷も落としてくるけれど狙いがきちんと定まっていない。
避けながら、一気に距離を詰めた。
ここまで来れば…届く!
「リュデルさん!!」
「うむ!」
俺が攻撃範囲内に入る瞬間を見越して、レイヴンで空中の魔物を蹴散らすリュデルさん。
ブラドーの攻撃を避けながら、俺も技を使う為に残っている魔力を全て脚に注ぎ込んだ。
「「天流剣技」」
姿勢を低くし、脇で剣を構える。
「「暁」」
脚に溜め込んだ魔力を一気に放出し、卵管の触手を捉えた。
「「アナラビ!!」」
そして、同時に繰り出された光の一閃。
触手に触れる瞬間、聖剣が共鳴して光を放った。
力が解放され、瘴気で硬化された触手に刃が通る。
リュデルさんと同時に繰り出しクロスした2本の光は、両方の卵管を切断して宙に舞わせた。
「やっ…た…」
無事に卵管を切断できたのを確認した直後、魔力切れで力が抜ける。
ドサリと、俺はうつ伏せに倒れてしまった。
そんな俺の後ろで怒り狂うブラドー。
《こ…の、この!クソガキがぁあ!!》
ブチィッとついにノヴァの糸が切られ、触手の刃が向けられた。
俺はもう全く動く事が出来ない。
でも、そんなのもう問題じゃない。
――シュパパパッ
《なぁ…!?》
俺に向けられた刃の触手が、全て瞬時に細切れにされた。
斬ったその人が俺の後ろに着地する。
「ようやったリオル。後は任せぃ」
リュデルさんの言葉に、安心して笑みが漏れた。
もう心配なんてしなくて良い、任せてれば大丈夫と確信できる。
敵の目の前で魔力を使い切るなんて馬鹿な事も出来ちゃうくらいに。
《ふざけた事を!お前1人で勝てると思うなよ!》
ブラドーが怒声を上げた瞬間、俺達で斬った卵管が再びズリュンと生えた。
しかし、再生を見越して魔物を生み出す暇も与えずリュデルさんはまた切り刻む。
「そうじゃな。1人では勝てんかったじゃろう」
続けて、炎や雷を出そうとしたブラドーの両腕を切断した。
消すどころか技を使う事すら許されず顔を歪めるブラドー。
「じゃが、ひ孫や孫達が頑張ってくれたからの」
今度はブラドーが振ろうとした蛇の尾を根元付近で両断した。
硬い鱗も諸共せず斬られ、ブラドーはバランスを崩す。
「お主が使う技も全て把握できた上で、こうして対峙できた」
先に斬った刃の触手がまた再生したけれど、それさえも即座に斬り飛ばした。
自分の攻撃手段を全て断たれ、なす術の無いブラドーは憎々しげにリュデルさんを睨む。
そんなブラドーに剣を向けるリュデルさん。
「お主はワシに負けるんじゃない。ワシらに負けるんじゃ」
《…!!》
歯を食い縛り血管を浮き上がらせながら、ブラドーは尚も反撃しようともがく。
リュデルさんは再起を許さず、瘴石へと狙いを定めた。
「終わりじゃ。ブラドー」
もう勝ち目なんて無いのに、ブラドーは目を血走らせて悪態だけつく。
《クソ!クソ!クソクソ!!》
情けを掛ける気も無く、リュデルさんは剣を持ち上げ飛び上がった。
《リュデルぅぅぅうぅう!!!》
怨みがましく名前を叫ぶブラドー。
そのブラドーの心臓にある瘴石へ、リュデルさんは両手剣を突き立てた。
――バキィンッ
聖剣の力によって、瘴石ガルムは真っ二つに割れる。
直後、真っ白い焔が立ち上った。
《あぁああぁぁあぁ…あぁ…ぁ…》
瘴石を中心に、瘴気に塗れたブラドーの全身へと広がる焔。
ジュゥゥという浄化の音が鳴り響き、ブラドーは跡形もなく消えてしまった。
何も残らなかったという事は、もうブラドーは人間ですら無くなっていたんだろう。
ブラドーが消えたのを見送ったリュデルさんが片膝を付いた。
「はぁ…はぁ…」
さすがのリュデルさんもずっと休みなく敵を斬り続けていたから疲れたんだろう。
息を切らせる姿に、心配して声を掛ける。
「リュ…デルさん…、大…丈夫?」
俺の声を聞いて、リュデルさんは顔を上げ笑った。
「ははは、リオルの方が重症じゃろうが。大丈夫か?」
全く動けない俺の所まで来て、そっと抱き上げてくれる。
そんな俺達の所に、他のメンバーもヨロヨロとしながら歩いてきた。
「リオル!」
真っ先に、父さんが俺の所へ来る。
状態を確認して、魔力切れだけだと分かるとホッとした顔をした。
「よく頑張ったな。凄いぞ、リオル」
「へへ…」
撫でられ照れ笑いすると、父さんの隣に来たノヴァも頬を紅潮させて声を上げる。
「本当に、すごくカッコ良かったよリオルくん!」
「ありがと…ノヴァ」
ノヴァとの約束もちゃんと守れそうで良かった。
それから、一番心配だったクヴァルダさんを見る。
遅れてこちらに来たクヴァルダさんはヨロヨロと歩くコンキュルンにグッタリとした状態で乗せられていた。
同じく歩くのも辛そうなミナスさんが、気遣わしげにクヴァルダさんを見ながら横に付き添い歩いてくる。
「クヴァ…ルダさん、大丈夫?」
俺が声を掛けると、顔だけ上げてクヴァルダさんはニッと笑った。
「大丈夫っすよ!義兄さんは天才っすからね!」
そう言ってから「うっ」と小さく声を漏らす。
「あまり大きな声を出すな」と父さんに怒られ「ごめんなさいっす…」と力無く答えた。
どうやら大丈夫そうだ。
「それより、ジーゼが心配じゃ。シュルツ、リオルを頼むぞ」
リュデルさんがそう言って、動けない俺を父さんの背に乗せてジーゼさんの所へ走った。
さすがにリュデルさんのように動けない皆んなはよろめきながら後を追う。
てか動けないから仕方ないとはいえ、なんか今日は父さんにおんぶに抱っこで恥ずかしいな。
目の前に血に染まった白衣があって忍びないんだけど、俺乗ってて大丈夫なの?
「父…さん、肩の傷、悪化しない?俺…降りた方が、良いんじゃ…」
「応急処置したから大丈夫だ。大人しく乗ってなさい」
その口調で言われたら絶対逆らえません。
どっち道動けないけどさ。
そうして、遅れながらもジーゼさんの所へ全員で集まった。
先に来ていたリュデルさんは横になっているジーゼさんの手を握って報告している。
弱々しく笑顔を作り、俺達の方も見るジーゼさん。
「み…な…。凄く、頑張ったわね。やっぱり、自慢の…家族だわ」
褒められて、みんな微笑み返した。
ジーゼさんは嬉しそうに言葉を続ける。
「本…当に、みんなが無事で…良か……」
言葉が、途中で途切れた。
目を閉じ意識を失ったジーゼさんに、空気が静かになる。
「…!シュルツ!」
顔を蒼くしたリュデルさんが、直ぐに父さんを呼んだ。
父さんも即座にジーゼさんを診る。
まだ…まだ息はある。
どうか、どうか…!
そう祈るように父さんを見た。
けれど、父さんは暗い面持ちで静かに首を横に振る。
「…もう、どうしようも出来ません。恐らく…このまま意識も戻らず、息を引き取るかと…」
「…!!」
衝撃的な内容に、みんなが絶句した。
そんな…このまま、目覚めないなんて。
そんなの…嫌だ。
涙が、ジワリと滲んだ。
覚悟するように言われてたし、危ないって分かってたけど…それでも、やっぱり…
すると、ジーゼさんの傍でしゃがんでいたリュデルさんが急に立ち上がった。
何も言わずに、真っ直ぐにユルの方へと歩いていく。
――シュパッ
そしてユルを拘束していた糸を切り解放した。
剣を向け、ハッキリと言う。
「さぁユル。決闘を始めるぞ」
「「「!?」」」
唐突なリュデルさんの行動にみんなが驚く。
さっきまでブラドーと戦ってたのに今から決闘って、いくらなんでも…!
「リュ、リュデルさん無茶です!せめてもう少し身体が回復してか…」
「ジーゼには!」
止めようとした父さんの言葉を、リュデルさんは遮った。
「…ジーゼには、もう時間が無い。例え目が覚めなかったとしても、生きているうちに…ワシは絶対にジーゼの願いを叶える!」
その強い意志を受けて、誰も何も言えなくなる。
リュデルさんがどれ程ジーゼさんを想っているか、わかっているから。
糸を切られたユルが、ゆっくりと起き上がった。
《…本当に良いのか?今あった出来事は全て見ていた。救ってくれた恩もある。それでも、お主しか戦えずしかも万全じゃなかったとしても…決闘となれば手加減などせぬぞ?》
「ああ。望むところじゃ」
迷いなく、頷くリュデルさん。
もう止める事なんて出来ない。
本来、ユル対俺たち全員というルールのもとで約束した筈の決闘は…リュデルさん一人で戦うというあまりにも無謀すぎる形で始まった。
全盛期の頃ですらジーゼさんと力を合わせて戦った相手であるユル。
1人で対峙するのは本当に無謀です。




