第54話 瘴石ガルム
「ははは!良い反応をするじゃないか!」
ブラドーの言葉で怒りを顕にした俺達を見て、気分が良さそうに高笑いするブラドー。
もしノヴァを人質に取られていなければ、きっと俺も斬りかかっていただろう。
「良いぞ、知りたいだろう?話してやろう」
俺達の反応に期待するように、愉しそうに話し出した。
「お前らに復讐しようと思ったが、儂自身に戦闘能力は無かったからな。ならば作り上げた薬をもっと強力にするしかないと考えたのだ。そして長年の研究の末、どうにか強力な魔物…それこそ特殊個体ですら洗脳できる薬を作り上げられた」
そう言ってから、芝居がかった感じで落胆するように首を左右に振る。
「だがな…魔物が強ければ強い程、大量の薬を投与する必要があったのだ。それでは洗脳前に逃げられてしまう。折角長い年月を掛けて薬を作ったのに、これでは使い物にならないと儂は頭を悩ませた。そこで、ふと思い出したんだ」
ゆっくりと、クヴァルダさんが背に庇っているミナスさんに目を向けた。
「あぁそうだ…魔物を一時的に使役できる都合の良い種族がいるじゃないか、とな。その力を利用すれば、使役で大人しくさせている間に薬で洗脳する事も可能だと気付いたのだ」
「…っ」
ミナスさんがコンキュルンをギュッと抱き締める。
当時の事をまた思い出したんだろう。
まだ10歳だったミナスさんを襲い、コンキュルンを奪い去ったブラドー。
それからコンキュルンの尾を切り落としてその力を利用したんだ。
「お前の力は素晴らしかったぞ。まさか、偶然遭遇したヴェクサシオンの、しかも特殊個体を使役できるとは思わなかった。長く使役は難しかったが…薬の投与と使役を繰り返し、見事手懐けられたのだからな」
ミナスさんが辛そうな表情をする。
こんな事に自分の力を使われて、一体どれだけ苦痛だろうか。
「早速ヴェクサシオンで復讐してやりたいと思ったが、ユルすら倒したと言われているお前らに差し向けるにはまだ心許なかった。ならばいっそお前らの子孫を狙おうかと思ったが…軒並み皆異常な強さだったからな。失敗して返り討ちにされては元も子もない。だが…丁度いいカモを見つけた」
その言い方に思わず拳を握りしめた。
怒りがどんどん膨らんでいく。
「お前らの孫に、都合良くもまぁ腹のデカい女が居た訳だ。思うように戦えない上に腹にはひ孫まで入ってるんだぞ?それを狙わない手はない!」
あまりの言い草に皆んなが殺気立った。
それを受けてブラドーはより愉快そうにする。
「失敗しないようしっかりと作戦を立て、儂は復讐を実行に移したんだ。まず村人を襲い、そこの邪魔な旦那を引き離した。そして万が一にも逃さないよう、森の外にも待ち伏せの魔物を点在させた上でヴェクサシオンにあの女を襲わせたんだよ」
最初に事件の話を聞いた時、父さんは守れなかった自分を責めていた。
でも父さんを引き離した事も含め、全部コイツの作戦だったんだ。
許せない…。
「まぁ、テレポートを使えたのは誤算だったがな。遠くに光が見えた時は、もしや逃げられたのかとヒヤヒヤしたぞ。腹の子の負担も考えずにテレポートするなんて、よっぽど自分の命が惜しかったようだな?」
違う…
母さんは、俺を守る為に…
「だが逃走も間に合わずに喰われてたのには笑ったなぁ。ヴェクサシオンの回収が面倒になった上に牙に変な取れない飾りまで付けられたのには腹が立ったが…食い散らかされた姿を見たら許してやる気にもなったというものだ」
死んだ母さんを、笑うな
「あの女の葬儀の時は最高だったぞ!お前ら含め、皆が皆涙して悲しんで…その顔を見てどれ程胸がスッとしたか!儂は復讐を完璧に果たせたのだ!儂の役に立った分くらいは、あの女にも感謝してるぞ!」
心底愉しそうに高笑いを響かせるブラドー。
もう…我慢の限界だった。
「…っ、ふざけるな!!」
気付けば、俺はカッとなって叫んでしまっていた。
「母さんを…母さんを馬鹿にするな!!母さんは、俺を…っ」
「リオル!」
前のめりになる俺を、同じように怒りに震えながらも父さんが制する。
あぁクソ、みんな必死に我慢してるのに…感情のコントロールが難しい。
まだだ。もう、少し
「母さん…だと?」
俺の言葉を聞いたブラドーがピタリと止まった。
ギロッと憎悪の目で俺を見る。
「お前まさか…あの女のガキか?」
誰も何も答えない。
でもそれは肯定と一緒だった。
「あぁ…その姿…。まるで昔のリュデルを彷彿とさせるから忌々しいとは思っていたが…生きて、いやがったのか…!」
先程までの恍惚とした姿は消え失せ、完全に憎しみだけをこちらに向ける。
「あの女!まさかガキを産んでやがったとは!!儂の復讐も中途半端だったというのか!?あぁっ!どこまでも腹立たしい!!」
計画も完璧に遂行できていなかったと分かり叫ぶブラドー。
逃げないよう捕らえている左手に力が籠り、ノヴァが苦しそうな顔をする。
「最近だってそうだ!折角復讐も果たして、後は自分の名を揚げるだけだと色々準備したのに…またお前らはしゃしゃり出てきた!やっと捕らえて薬を投与中だったドラゴンも解放し、儂の脅威を教える為に王都に放った実験の魔物も全て駆逐した!お気に入りだった唯一の特殊個体であるヴェクサシオンも殺しやがって…!」
唾を飛ばす勢いで次々と恨み言を吐き出す。
本当にどこまでも自分の事しか考えていない。
感情の起伏が激しく、ブラドーは息を切らせながらまた笑みを浮かべた。
「だが…まぁ良い。融合の薬が完成し、儂はついに力を手に入れたからな。ここでお前らを殺せば復讐も果たせる。仕上げにユルも取り込めば、世界中の誰も儂には敵わなくなるだろう」
言いながら、スッと視線をノヴァに向ける。
「情報ギルドの人間を捕まえて、ユルを生捕りにする方法を聞き出したら…シルク族なんていう世にも珍しい種族の糸なら可能かもと言うじゃないか。実際、本当に動きを封じられて感動したぞ。良い働きをしたお前にもお礼をしないとなぁ?」
「ひっ…ぅ…」
不気味に言葉を掛けられて、涙を浮かべながら震えるノヴァ。
ブラドーは、刃に変形させている腕を引いた。
「まずは、1人目だ」
「「「!!」」」
なんの躊躇いも無く、ノヴァの首へ刃を突き刺しにいく。
至近距離での迷いない動きを阻む事など不可能で、刃が肌へと迫る。
だが、次の瞬間だった。
――ガキィッ
「な…!?」
ノヴァに突き立てた筈の刃が甲高い音を立てて弾かれる。
俺達の身体が僅かに光り、同時に俺と父さんが地面を蹴った。
ノヴァを拘束しているブラドーの腕を父さんがメスで素早く切断し、俺がノヴァを抱き止めて回収する。
奴に再び捕まらないように、即座にまた距離を取った。
「がぁぁあ!き、貴様らよくも…!!」
斬られた腕を押さえながら血走った目で睨んでくるブラドー。
決して目を離さないようにしながら、ノヴァに声を掛ける。
「あの状況ですごいよ、ノヴァ。頑張った」
「え…へへ。リオルくんなら助けてくれるって信じてたから」
褒めた俺に力無くも笑うノヴァ。
実はノヴァは、ただ捕まっているだけじゃなかった。
恐怖に震えながらも、ブラドーに気付かれないように少しずつ自分の首に防護糸を巻いていたのだ。
正面にいた俺達はその事に気付き、出来る限り奴の話を聞いて糸を巻く時間を稼いでいたのである。
途中で我慢が効かなくなってしまった分、無事に助け出せて本当に良かった。
「ゴホ…ッ」
「! ジーゼさん!」
後ろで吐血したジーゼさんにハッとする。
ノヴァを救う為に、ドクターストップを掛けられていた支援魔法を使ってしまったからだ。
「大…丈夫よ。それより、彼を…倒しましょう」
蒼い顔をして呼吸を乱しながらもそう告げるジーゼさん。
無理をしてまで力を使ったジーゼさんに応えなければと頷く。
父さんが直ぐ様クヴァルダさんに指示を出した。
「クヴァルダ、ベッドを!」
「わかったっす!」
ほんの一瞬の間に、クヴァルダさんがマジックバッグからベッドを出してリュデルさんがジーゼさんを寝かせた。
それを見たブラドーがニヤリと笑う。
「なんだ?儂が手を下すまでもなくもう死にそうじゃあないか。ふはは!いっそ火葬の手助けをしてやろう!」
そう言って右手を前に出す。
そこから、見覚えのある禍々しい色合いの炎が噴射された。
あれは…瘴気の炎!
「させん!」
即座にリュデルさんが前に出て、聖剣キャトラフカで炎を斬る。
浄化されて消えた炎を見て、ブラドーは目を見開いた。
「消した…だと!?成る程、杖の尾が消えない時点でおかしいとは思っていたが…随分と厄介な剣を使っているようだな」
そうか、奴にしてみれば絶対に消えない炎でコンキュルンを焼却した筈が生きてるから疑問だったんだ。
聖剣の力を目の当たりにし、少しだけたじろぐブラドー。
けれど、すぐに余裕の笑みを見せた。
「ならば、儂も良いモノを見せてやろう」
その言葉が合図になったかのように、杖を持った謎の魔物がブラドーの側へ寄る。
ブラドーは杖に付いた禍々しい気配を放つ石を取り外し掴んだ。
「これはな、儂が作り上げた『瘴石ガルム』だ。要石のように魔界とのゲートを開くことは出来ないが…代わりに魔界からの瘴気を受け取る事ができる」
瘴気を魔界から直接!?
確かに、その石からは異常な程に嫌な気配がする。
何をしでかすか分からないこの男に、俺達も警戒を高めた。
「フンっ」
――ザシュッ
「「「!?」」」
次の瞬間、ブラドーの行動に目を疑う。
右手に掲げていた瘴石を、いきなり自分の心臓辺りに突き刺したのだ。
「あぁあ…」と苦しそうに声を漏らしながらも、尚深く突き刺す。
「一体…何を…」
コイツに限って自害した訳ではないだろう。
何が起こるのか分からず、距離を保ったまま様子を見る。
すると、更に驚きの事態が起こった。
――ズリュンッ
な!
腕が…生えた!?
父さんが先程切断した筈の腕がいきなり再生し驚愕する。
それだけではなく、ブラドーの体が徐々に変形を始めた。
「見ろ、これが…魔物の力を引き出す瘴石ガルムの力だ!」
メキメキと音を立てながら大きくなり始めるブラドー。
背中からは黒い6本の触手のような腕が生え、足はまるで蛇の尾のように変化していった。
体高は10メートルくらいだろうか。
よく見れば、背中の触手のうち上4本の先が刃のようになっている。
下2本は先端が大きく膨らんでいて、地面の付近で蠢いていた。
顔の造形以外、人間とは程遠い姿になったブラドーが笑いながら俺達を見下ろす。
《さあ、ここからは儂の復讐の時間だ!》
ビリビリと震える空気を感じながら、俺達も武器を構える。
この場にいる全員の仇となる、ブラドーとの戦いが幕を開けた。
もしあの日生まれていなければ、リオルくんはアリアさんと共に殺されていました。




