第53話 逆恨み
「あ、もしかしてあそこ!?」
「そうじゃ。あれが霊峰バニンガじゃよ」
遠くに見えた燃える山を指差して聞いた俺にリュデルさんが答える。
早朝すぐに出発しコンキュルンの使役の力で真っ直ぐ山まで飛んできた訳だが、結局道中にローブの男に追い付くことは無かった。
まぁ一晩休んでいるし仕方ない。
まだ間に合うと信じるしかないだろう。
「すご。本当に焔に囲まれてる…」
「ち、近付くの怖いね…」
ノヴァが少し怯えるのも納得で、距離が縮まる程に高々と燃え上がる焔には迫力を感じる。
そこまで接近してないのに既に熱気も感じるから、きっと上空から入山するのも無理なんだろう。
こんな山を棲み家にしてるって…ユルが最強と謳われるのも納得だよ。
と、急に俺達を乗せてくれていた魔物達がピタリと止まった。
「みなすー。みんな、これいじょうは ちかづけないってー」
「わかったわ。じゃあ後は降りて地上を走って行きましょうか」
「うん、りょうかーい」
焔までまだ200mくらいはあるけれど、普通の魔物はこの辺が限界らしい。
そんな訳で、魔物から降りコンキュルンが直接走る形で向かった。
「ううわ、大丈夫だって分かっててもコレに突っ込むって勇気いるっすね」
「ワタシも昔来た時はちょっと怖かったわぁ。でも大丈夫だから、一気に通り抜けちゃったら良いわよ」
クヴァルダさんの言葉に、ジーゼさんが懐かしむように答えながら提案する。
確かに、立ち止まったらかえって怖くて尻込みしそうな気がする。
ミナスさんも頷いてコンキュルンに頼んだ。
「そうですね、躊躇わずに行きます!コンちゃんお願い!」
「わかった!いくよー!」
ミナスさんに頼まれたコンキュルンは更に加速して焔へと走った。
うわー怖!ドキドキする!
同じ様に緊張しているノヴァと手を握り合うと、後ろから父さんも俺達2人を安心させるように身を寄せてくれた。
ついに焔が目前に迫る。
――ポウッ
と、焔に近付いた所で手の甲に施してもらった氷の刻印が光った。
全員の体が薄くキラキラ光る膜に包まれる。
そしてそれがバリアのように焔を遮り、全く熱さを感じる事なく燃え上がる壁を通り抜けてしまった。
おぉっ、これが刻印の力か!すごい!
しかもなんかヒンヤリする!
初めての感覚に感動しながら前を向く。
そこは、話に聞いていた通り大小様々な大きさの岩柱で構成された山だった。
岩柱の天辺はどれも平たくなっていて、特に大きな岩だとちょっとした試合会場くらいの広さがある。
ここが霊峰バニンガか。
なんていうか…
「うわぁ、修行場とかに使われそう」
「それすっごい分かるっす」
男のロマン溢れる風景にクヴァルダさんと胸を熱くさせ頷きあう。
するとリュデルさんが他より細くて高い岩柱を指差した。
「あそこにワシが立ったら良いかの?」
「あぁーっ良い!すげぇそれっぽい!!」
「絶対あそこ師が立ってる位置っす!!」
思わず大興奮して騒ぎ俺達の熱量も最高潮になる。
これは滾ってきたぁー!
が、ノヴァとミナスさんとジーゼさんの視線に気付いて一気に鎮火した。
その顔やめて。傷付く。
「さて、ユルがおるのは頂上付近じゃ。急いで向かうぞ」
即座に何事も無かったように切り替えたリュデルさんに脱帽だ。
これが人生経験の差か。
「いっぱいじゃんぷするから、おちないでねー」
早速コンキュルンが頂上の方を目指して走りだした。
普通の山と違い岩から岩へと飛び移りながら移動しないといけないのでしっかりと掴まる。
岩のせいで死角が多く、目的地である山頂もよくは見えない。
けれど、少しずつ嫌な感じが強くなってきた。
「この気配って、やっぱり…」
「ああ。間違いなく奴だろうな」
俺の言葉に父さんが頷いて答える。
あの男がユルを狙っているという推測は当たってたんだ。
それと共に自然と気も引き締まってゆく。
「…近いぞ。皆んな気を付けるんじゃ」
リュデルさんがそう言った直後、コンキュルンがかなりの面積がある岩柱の上に出た。
広がる平地の奥に、見覚えのある大きな魔物の横たえる姿が見える。
「! ユルが…倒れてる!」
「え?し、死んじゃってるの?」
俺が驚いて声を上げると、ノヴァも動揺しながら呟いた。
大きな鳥型の魔物はあの時見た幻影そのままだからユルで間違いない。
でもなぜかローブの男の姿は無く、ユルだけが倒れてしまっている。
「息はあるな。動けないだけのようだ」
父さんが冷静に言ったのを聞いて見てみれば、確かに少し動いていた。
クヴァルダさんも気付いて口を開く。
「よく見たら黒い糸が巻き付いてるっすよ!あれ、ノヴァちゃん言ってた捕縛の糸じゃないっすか?」
あ、本当だ!
羽根で隠れて見えづらかったけど糸が絡んでる!
同じように確認したノヴァが首を傾げた。
「た、確かにシルク族の糸ですけど…あんな色はしてなかった筈です」
ノヴァが使う糸はどれもとても綺麗なので、あんな禍々しい色をしてるのはおかしい。
小さく呻くユルの近くまで来た所で、父さんがコンキュルンから降り分析を掛けた。
「蘇生術式 アナリュシス」
すぐに眉を顰めて警戒を示す。
「…糸から薬物反応があるな」
それを聞いて、ミナスさんも焦ったように口を開いた。
「きっと糸を使って拘束と薬の注入を同時に行ってるんだわ!薬が浸透し切る前に、早く糸を切らないと…」
が、そう言い掛けた時だった。
「それは困るなぁ」
不気味に響いたしゃがれた声。
直後、リュデルさんが叫んだ。
「退避じゃ!」
声に反応して、反射的にコンキュルンが跳ねる。
――ピカッ ドガア!
「…!」
直後、俺達が居た場所に黒い雷が落とされた。
禍々しいその雷は岩の地面を砕いて穴まで空けている。
勿論それを誰がやったかは明白で、全員コンキュルンから降り臨戦態勢に入った。
「…っ、アイツどこに…!?」
「クソ!そこかしこから気配がするっす!」
思わずクヴァルダさんと共に歯噛みする。
奴が居るのが分かってるんだ。
でもなぜか周囲のあちこちから嫌な感じがしていて、場所が特定出来ない。
と、少し離れた岩陰から光る何かが見えた。
同じように気付いたみんなと視線を集中する。
あれは…杖だ!
コンキュルンのシッポが付いた例の杖。
それを持った黒い影を見て、ずっと繋いでいたノヴァの手を離し背に隠す。
「ノヴァ、後ろにいて!」
「う、うん」
だがその手を離した事を、俺は直後に後悔した。
「待てリオル!後ろじゃ!」
血相を変えてリュデルさんが叫ぶ。
けれど気付いた時には遅く、振り返った時にはノヴァは触手のような黒い腕に掴まれて後方へ引っ張られていた。
「ノヴァ!!」
すぐに手を伸ばしたけれど引っ張る触手の動きの方が早く、俺の手は空を掴む。
ノヴァはそのまま引き込まれ、止まった時には最も捕まってほしくない相手の腕の中にいた。
「動かない方が良いぞ?この娘の首を斬られたくなければな」
「ひ…っ」
左手で拘束したまま右手を刃物のように変形させてノヴァの首に向ける男。
そう、俺達が追ってきた黒いローブの男だ。
ノヴァを人質に取られた事によって身動きも取れなくなる。
「はは、馬鹿だな!こんな単純な手に引っ掛かるとは」
男が顔をクイッと動かすと、あちこちの岩陰から嫌な気配をまとった何かが出てきた。
魔物なのかも分からない、人型の腐肉が歩いて出てくる。
杖を持っていたのもその内の一体で、つまりは囮だったんだ。
くそ、最悪だ。
よりによってノヴァを、あんな奴に捕らえさせてしまうなんて。
「まったく…本当はユルを取り込んでから相手をしようと思っていたのに。また邪魔をしに来るとはな…」
今さっきまで笑っていた男の雰囲気が徐々に重苦しくなる。
顔を上に向け、フードを後ろへと落とした。
「どこまでも忌々しい。昔から…ずっとな」
フードの下から出てきたのは、コンキュルンが言っていた通りリュデルさん達と同じくらいの歳の老人だった。
伸ばしっぱなしの長い白髪を真ん中から分けていて、そこから覗く顔は不幸シワばかりで不気味さもある。
怨みがましい目がリュデルさんとジーゼさんへ向けられた。
「昔から…とな?記憶に無いが…知り合いじゃったか?」
リュデルさんが少し慎重になりつつそう聞く。
男は質問を受けて更に憎悪を向けた。
「あぁそうだな。お前らは儂を認識すらしていない。それがまた余計に、腹が立つ…!」
刃となっている右手にも力が籠り、緊張が走る。
俺達の反応に気を良くしたのか、男は再びニヤリと笑った。
「まあ良い。この機会に儂の事を教えてやろう。1人くらいは生かしておいて、儂の名を広める役目を与えたいからな」
その時点でほぼ全員殺す気であるという事がわかる。
一番死に近い状態のノヴァも青褪めて震えていた。
今すぐ助け出せないのが心苦しい。
「儂の名はブラドー。勇者を殺す男だ。よく覚えておけ」
ハッキリとそう宣言する。
あまり刺激を与える訳にもいかず、俺達はただ黙ってブラドーの語りを聞いた。
「儂の一族はな、辺境の地で細々と暮らしていたんだ。大昔の先祖が大きな過ちを犯したからと言ってな。それが儂には全く理解出来なかった。何故知りもしない先祖の為にそんな生活をしなければならない?こんな生活など真っ平ごめんだと。必ず自分は名を揚げて、今とは真逆の生き方をしてやると心に決めたのだ」
それに関してはまだ理解できる。
自分が何かした訳でもないのに静かな生活を強いられたら、抜け出したくもなるだろう。
同時に気になったのは先祖の事だ。
それってまさか…
「ラズウェルへ来たという事は気付いているのかもしれないな。儂の祖先は、歴史に刻まれているあのアークデーモンを呼び出した…アーウィンだ」
やっぱり…!
アーウィンの家紋が描かれたローブを着ているから何かしらの繋がりがあるだろうと見てはいたけど、ブラドーはその子孫だったのか。
「それを知ったのは13歳の時だった。家の地下倉庫で古い箱を見つけてな。その中身を見て、儂は衝撃を受けた。そこには、アーウィンの研究資料が残されていたのだからな」
「!」
アーウィンの研究資料!?
確か、瘴気の研究をしていたってミナスさんが言ってた筈だ。
そんな物が千年経った現在にも残っていたなんて。
「残念ながら、要石に関する資料は残っていなかったがな。だがそれ以外の研究内容も充分に素晴らしかった。これを見付けたのは天啓に違いない。この研究を活かせば、儂はきっと世に名を馳せられると思ったのだ」
少しずつ怪しくなる雲行き。
もしその資料を人々に役立つ形で活かしたのなら、本当に讃えられていたかもしれない。
でも多分、この人は違う。
「儂は天才だった。大人でも読み込む事が難しい研究内容を理解し、5年で魔物を洗脳する薬を作り上げたのだ。これを発表すれば賞賛されるに違いないと当時は思ったものだ。だが…公表前にとある種族の存在を知ってしまった」
そう言いながら、睨むようにミナスさんを見る。
「その種族とは、お前らアルフ族だ。魔物をその場で使役する事の出来る種族…それに比べたら、儂の作った薬など劣化版に過ぎなかった。洗脳に時間も掛かる上、強い魔物を洗脳する事は出来なかったのだからな」
憎々しげに語るが、アルフ族に罪がある訳じゃ無いだろう。
反論できない代わりに、クヴァルダさんがミナスさんを庇うように立った。
それを無視して話を続けるブラドー。
「儂の費やした5年は何だったのか…この研究を無駄になどしたくない。そう思った儂は、1つ妙案を思いついた」
嫌な予感しかしないが、大人しく聞く。
さも素晴らしい案のようにブラドーは言った。
「強い魔物を洗脳できないならば、数を増やせば良い。そして沢山の魔物に街を襲わせ、それを儂が追い払ったように見せれば英雄になれるではないかと気付いたのだ」
それはつまり、自作自演で英雄になろうとしたという事か。
やっぱりこの男、考え方が捻じ曲がってる。
すると、再びブラドーはリュデルさん達を睨みつけた。
「だが、その計画を邪魔したのが他でもない…リュデルとジーゼ、お前らだ…!」
ギリッと歯を食い縛り一気に怒気を発する。
「時間を掛けて沢山の魔物を洗脳し、計画を実行する為に街へ魔物を嗾けた!儂が活躍する為の舞台だった!それなのに…突如お前らが現れ、儂の用意した魔物達を倒してしまったのだ!」
当時を思い出し興奮状態になるブラドー。
青筋を立てて怒りを顕にする。
「それによってお前らは人々から讃えられ、勇者などと呼ばれるようになった!その時の儂の気持ちがお前らに分かるか!?手柄を横取りされ、人々から得られる筈だった賞賛も奪われ、儂が得る筈だったモノを全て持っていかれたのだ!許せる筈がない!」
責め立てるように言い募るブラドーに、俺は眉根を寄せた。
そんなの、ただの逆恨みじゃないか。
リュデルさん達は魔物に襲われた人々を助ける為に戦っただけで、そんな馬鹿げた計画なんか知る由もない。
言い掛かりもいい所だ。
でも、この男にそれを言った所で通じる事も無いだろう。
フーフーとブラドーは怒りのまま呼気を落とす。
「儂はその時、お前らに復讐してやると決めたのだ。どんな手を使ってでもな」
それから唐突にクククと笑いをこぼし始めた。
「そしてその復讐は…14年前に一度果たした」
覚えのある年数に、ドクンと心臓が反応する。
こいつがヴェクサシオンを引き連れていたと聞いた時から可能性として考えてはいた。
断定までは出来ていなかった事を、ブラドーは自ら口にする。
「お前らの孫と腹のガキを殺したのは…儂だよ」
笑みを湛え俺達に聞き逃させないかのように…そう、ハッキリと断言した。
悪役が所持しがちな長語りスキルにお付き合いください。




