第46話 温泉郷キサラギ
「そうそう、そんな感じで魔力を練ってみて?」
「こうですか?」
「ええ、ノヴァちゃん上手よぉ」
あれから2日後、父さんとの朝稽古からテントまで戻るとジーゼさんがノヴァへ身体強化の指導をしていた。
その姿を見てまたホッとする。
見た感じは今まで通りの姿だけれど、ジーゼさんによる身体強化は父さんによって完全にドクターストップが掛けられた。
そんな訳で、今後の強化はノヴァが担当する事になったのである。
まぁジーゼさんの負担も減ってノヴァも成長できるので一石二鳥だ。
「ほれ、朝飯が出来たぞー」
そう言いながら、リュデルさんがこちらへやって来た。
「ジーゼ、寒くないか?」
「大丈夫よ。服も暖かいし、ノヴァちゃんの防御技も効いてるもの」
シルバス山が近い事もあり、辺りは既に一面銀世界だ。
防寒着だけで凌ぐのは大変だろうし、ノヴァの技が気温からも守ってくれるモノで本当に良かった。
「おーい皆んな、早く食べた方が良いっすよー!寒いから直ぐ冷めちゃうっすー!」
と、朝ご飯の前でクヴァルダさんが手招きしながら俺達を呼んだ。
確かにこの寒さじゃ食べる前に冷たくなりそう。
慌ててみんなで朝食タイムに入った。
「ねぇミナスさん、温泉郷まであとどのくらい?」
「そうね、コンちゃんの足ならあと2時間くらいで着くんじゃないかしら?」
「うん、つけるとおもうー!」
「おぉ、もう少しだね!」
初めての温泉郷楽しみだ!
湯治にもなるって父さん言ってたし、絶対寄らなきゃだね!
「リュデルさんとジーゼさんは行った事あるんだよね?どんな所?」
俺に聞かれ、思い起こす2人。
「そうじゃなぁ。室内から露天風呂まで色んな温泉があったぞ」
「雪景色を楽しみながら温泉に浸かれるのが良かったわねぇ。全体的に落ち着いて静かな感じだったわ」
「うむ、穏やかな雰囲気という印象じゃな」
なるほどぉ。
なんかお年寄りとかに好まれそうな感じだなぁ。
そう思っていたら、ミナスさんが口を開いた。
「あー…今はちょおっと違いますよ」
「え?違うの?」
聞き返した俺にコクンと頷くミナスさん。
クヴァルダさんも首を傾げて聞く。
「じゃあ、今はどんな感じなんすか?」
そう聞かれると、ミナスさんは意味深な笑みを作った。
「それは…行ってみてのお楽しみ、ね」
普段ならすぐに教えてくれるミナスさんが勿体ぶるのは珍しい。
そしてその理由は、温泉郷に着いた直後に明らかになった。
「さぁさぁ!こちらはキサラギ名物のリュデル饅頭とジーゼ団子だよー!」
「勇者の剣のキーホルダー、お土産にどうですかー??」
そこかしこ至る所で勇者勇者勇者。
勇者に因んだ食べ物にグッズ、終いにゃ座った席まで紹介されている。
この温泉郷キサラギ、勇者を売りにして栄えてるじゃんか…!
あんな立派な勇者像立ってるのも久々に見たよ!
「はえ〜、こんな事になっとったとは」
「ビックリねぇ」
当の本人達も驚いている。
そんな2人に質問する父さん。
「こうなった心当たりはあるんですか?」
リュデルさんが「そうじゃなぁ…」と言いながら当時を振り返る。
「この温泉郷に立ち寄った時に、山にちょうど大型の魔物が現れてな。それを倒したらここの人々に甚く感謝されてのぅ。勇者様の勇姿を皆んなに広めさせてくれと言われて、取り敢えず頷いておいた気はするぞ」
なるほど、それが結果的にこうなった訳か。
よもや趣旨が変わっちゃってる気がするけども。
「良いんすかコレ?魔物倒したってだけで、ゆかりの地でも何でも無いんすよね?」
「いんや、全く無いって訳でも無いぞ」
クヴァルダさんの質問にリュデルさんは首を横に振った。
ジーゼさんが後に続いて言う。
「おじいさんの使ってる両手剣、この山に住むドワーフ達に作ってもらったのよ。それこそ魔物を倒したお礼も兼ねてね。そしてこの温泉郷もそのドワーフ達が手掛けた所なの」
今は聖剣になった両手剣、元はこの山で作ってもらったやつだったのか!
勇者の剣を作った所となれば、一応ゆかりの地にもなるのかな?
とりあえず本人達が気にしてないなら良いか。
それより、気になる発言があったぞ!
「この山にドワーフ住んでるの!?ここも手掛けたって本当!?」
もしかして会えたりする!?
ワクワクと期待する俺にミナスさんが答えてくれる。
「えぇ、本当よ。それにそのドワーフ達と雪の精達は仲が良くて、一緒に暮らしてるから山に行けば必ず会う事になるわ。この温泉にもよく来てるから、先に会っても不思議じゃないわね」
おぉー!会えるの確定した!
楽しみだ!
「ところで、今日は温泉でゆっくりするんすよね?こないだみたいにならないように、早めに旅館行かないっすか?」
クヴァルダさんの言葉にすぐ頷く。
確かに、ここまで来て部屋が満室で取れないなんて事態は避けたい。
てな訳で、俺達はリュデルさん達が以前泊まった事もあるという一番大きな旅館へと向かった。
「ご宿泊ですね?一番オススメの部屋は勇者様も泊まられた『勇者の間』になります!いかがでしょう?」
勇者の間!
ここでも思いっきり売りにしてる!!
しかも料金も他の部屋の倍くらいするじゃん!
「じゃあそこにしようかのぅ」
「畏まりました!早速ご案内しますね!」
リュデルさんがアッサリ決めるとご主人はニッコニコ顔で案内を始める。
まさか案内してる相手が勇者本人だとは思うまい。
温泉についてなど旅館内の説明をしながら通された部屋は、想像以上に広くて良い部屋だった。
「わーっすごい!」
「景色も良いっすね!」
畳が敷き詰められ、木の温もりも感じられて落ち着いた雰囲気になっている。
大きな窓のおかげで景色もとても観やすい。
部屋の真ん中には座椅子に囲まれた木製の大きなテーブルがあり、その上には茶菓子なども置いてあった。
他にも部屋とかあるみたいだし、まだ色々有りそうだぞ。
「リオルくん、こっちには露天風呂もあるよ!」
「え、本当!?」
ノヴァの言葉に反応して駆けていくと、この部屋だけの貸し切り露天風呂があった。
5人くらいは入れそうな大きさだし、景色も楽しめて他人の目も気にせず寛げるのか!
こんな物まであるとは、値が張るだけの事はある。
「リュデルさん達、こんないい部屋に泊まったんだね」
そう聞くと、既に腰を下ろして寛いでいる2人はまったりしながら答えた。
「魔物を倒してくれたお礼にと、一番いい部屋にタダで泊めさせてくれたんじゃよ」
「あの時は申し訳ない気もしたけど、心配する必要無かったわねぇ」
確かに、結果的に勇者が泊まったという箔が付いて逆に儲かってる気がするよ。
当時の旅館の主人、なかなかやり手だったのでは。
「せっかく来たんだから、まずは温泉を楽しみたいわね」
「そうっすね!早速入りに行くっすか?」
「わーい♪おんせんー!」
ミナスさんとクヴァルダさんとコンキュルンの会話から、まずは温泉に入ろうという流れになる。
リュデルさんとジーゼさんは部屋の露天風呂にて二人きりでゆっくり過ごすとの事だったので、残りのメンバーで旅館メインの露天風呂へと向かった。
「じゃあノヴァ、また後で」
「うん。ゆっくり楽しんでねー」
脱衣所からは男女別になるので、ノヴァとミナスさんとコンキュルンとは一旦お別れする。
初めての温泉にワクワクしながら、俺は父さん達と露天風呂へ向かったのだった。
「はぁ〜極楽極楽…」
「ははっ、リオルくんお爺さんみたいっすよ」
「へへ、一度言ってみたかったんだよね」
温泉は、一言で言って最高だ。
最初は熱いと思ったけど、慣れてしまえばすごく気持ち良い。
それに雪景色も自然豊かで絶景だ。
近くに川とかも流れてるし、雪に光が反射してキラキラしてるのも綺麗で感動する。
「温泉なんて久しぶりだな」
「あー、オレもっすね」
父さんとクヴァルダさんも満足そうだ。
関係無いけど、眼鏡外した父さんも髪を解いてるクヴァルダさんも寝る時くらいしか見る事無いから新鮮な感じがする。
あと服着てる時はわからないけど、2人とも腹筋とかバキバキだな。
俺もこういう体を目指そう。
「ところで、このお湯って白いけど色付けてるの?」
乳白色のお湯が気になって聞く。
まるで牛乳でも入れたみたいだ。
俺の疑問に、すぐに父さんが答えてくれる。
「いや、これは温泉の成分によって自然にこの色になってるんだ。他にも青や赤の温泉もあるぞ」
「へ〜、不思議」
普通のお風呂は透明なお湯だから、こんな風に色が付いてるってだけでも心が躍る。
更に付け加えて教えてくれる父さん。
「効能もまた変わってくる。このお湯だと高血圧や動脈硬化等に効果があるようだな。怪我に効くわけではないが…2人とも完治したから気にしなくて良いだろう」
俺達の身体を確認して父さんは頷いた。
クヴァルダさんの傷口が開いた足も治ったみたいで良かった。
他の温泉も気になるなぁ。
後で行ってみようかな。
その時はノヴァ達にも行くか聞いてみよう。
「そういえば、クヴァルダさんはミナスさんと一緒じゃなくて良かったの?」
ふと思い出し聞いてみる。
新婚夫婦だし、2人で入りたかったのでは。
「そりゃまあミナスと入れたら良かったっすけど、そしたらノヴァちゃん1人になっちゃうじゃないすか」
「あ、そっか」
それは可哀想だと納得した俺に、少し視線を落としてクヴァルダさんは続けて言う。
「それに…流石に今回はじいちゃん達に譲るっすよ」
その言葉に、シンミリとした空気が流れた。
表面上は今まで通りにしてるけど、全員決して現状を忘れた訳では無い。
暫し無言になる。
「…父さん、ごめんね」
「? どうした?」
急に謝った俺に首を傾げる父さん。
「その…ジーゼさんの事、俺わかってたつもりで全然わかってなかったから…」
もしかしたら、最初から本当の意味で理解していたのは医者である父さんだけだったのかもしれない。
今思えば、船上結婚式の時だってジーゼさんの言葉の真意をわかっていたのも父さんだけだった気がする。
だからあの時、あんな反応をしたんじゃないかと…今更ながらに思ったのだ。
夫であるリュデルさんもわかっていたかもしれないけど、でも…。
「ずっと、一緒にいたのに…父さんに1人で抱えさせてたような気がして…。だから、ごめん」
「…っ」
俺がそう言うと、父さんは左手で俺の頭を抱きしめ右手で目頭を押さえた。
「…クヴァルダ。私の息子、良い子過ぎないか?」
「1ミリも否定できないっす。オレも抱き締めて良いっすか?」
「今は我慢してくれ…」
俺もそれは勘弁してほしい。
父さんならまだしも、裸の野郎に抱きしめられたくはない。
と、そんなやり取りをしていた時だった。
「ちくしょう!」
――ザパンッ
いきなり、大声を上げながらガタイのいいオジサンが勢いよく入浴してきた。
驚いて目を向け、俺は更に驚く。
えっ、待って待って!
背が低くてモジャモジャの黒髪と髭でガッシリしてるこの人って…ドワーフじゃない!?
初めてのドワーフを思わずガン見してしまう。
ドワーフはまだ昼前だというのに、酒を煽りながら1人で愚痴を吐いた。
「わしの…わしの長年の夢が…!もう少しで完成だったのに…!!」
…ん?
最近、似たような話を聞いた気がする。
まさかと思いながら声を掛けてみる。
「あの、何かあったんですか?」
「おぉ!聞いてくれるか!?」
涙目でドワーフのオジサンは勢いよく迫ってきた。
若干腰が引けたが何とか耳を傾ける。
「実はなぁ!聖剣を作るという夢を…あと一歩で叶えられなかったんだぁー!!」
そう言いながら泣き出したドワーフを見て、俺達は全員で天を仰いだ。
うわぁ…やっぱりこの人だったかぁー…。
号泣するドワーフを前に、どうしたものかと俺達はただただ戸惑ったのだった。




