第35話 ギルド黒兎
「よし、ここまでだ」
「え?もう終わり?」
シュルツさんによる朝稽古が予想以上に早く終わって思わず拍子抜けする。
俺の手を取り確認しながら口を開くシュルツさん。
「これ以上は傷口が開く可能性があるからな。治るまでは控えめにしよう」
そういえばヴェクサシオンとの戦いでいつもより怪我してたんだった。
魔力が回復したシュルツさんに念入りに治療されたから忘れかけてたよ。
因みに、現在俺達がいるのは小さな港町『ホープ』だ。
これから向かうラズウェルは島国で、海を渡らなければ行けないという事で王都から1番近いこの港町に昨日の内に来たのである。
と、急にシュルツさんが俺の頭に手を乗せた。
「毎朝嫌がらずに鍛錬して、リオルは偉いな。なかなか出来ることじゃない」
そう微笑んで褒めるシュルツさん。
おおっふ…シュルツさん絶対親バカになってるよ。
こんな風に褒める事なんて今まで無かったのに。
考えてみたら、ずっと自分の父親に剣を教わってたんだよなぁ。
なんか変な感じ。
最初は怖いおじさんって印象だったし。
でもその内、優しいし気にかけてくれるし頼もしいって印象に変わって…いつの間にか大好きになってた。
そんな人が父親だってわかって、やっぱり嬉しい。
うーん…どうしようかな。
今更変えるのってなんか照れ臭いけど…いやでも、今しかない気もする。
…よし!
決意し、俺はその単語を口にした。
「1人じゃないから、続けられるんだよ。いつもありがとう……父さん」
――カチン
あ、固まった!
――バッ
今度はあっち向いた!
あれ、やっぱり急に呼び方変えたらダメだったか…いやすっごい頭撫でてくる!!
これ喜んでるな!?
よしもうこれから父さんって呼ぼう!!
そんなやり取りをしていたら、宿の方からノヴァが俺の元へ駆けてきた。
「リオルくん、朝稽古終わったの?」
「あ、うん。終わったよ」
「じゃあみんなが朝ご飯にしようって。シュルツさんも行けますか?」
すぐ怯えるノヴァも、俺の家族が相手だと平気らしく普通に声を掛ける。
シュルツさ…父さんはまだ少し耳を赤くしつつも返事した。
「あぁ…大丈夫だ。行こう」
そうして3人で宿の食堂へと向かう。
食堂の一角ではすでに朝食が並んでいて、他のみんなも待っててくれていた。
昨日辛そうに話してたミナスさんも元気そうだ。
因みに昨夜はノヴァと一緒に寝ると言い出したミナスさんにクヴァルダさんが絶望的な顔をしてた。
「夫婦別室なんて早すぎるっす…頼むっす…」と抱きつきながら懇願するクヴァルダさんに結局ミナスさんが折れてたけど。
でもってノヴァとはジーゼさんが一緒に寝てくれた。
1人にならなくて良かった。
「そういやミナス、港町には来たけどラズウェル行きの船って何時なんすか?」
「あ、そっか言ってなかったわね。そもそもラズウェル行きの船って無いのよ。アークデーモンの影響で瘴気が増えて、草木もロクに生えない不毛の大地になっちゃったから人が住める環境じゃなくて…今も無人の国なの」
千年前の出来事なのに今もそんな影響が残ってたのか!
全然知らなかった。
「え、じゃあどうやって行くんすか?」
「大丈夫よ。ギルドに連絡して船を用意してもらう事になったから」
「ギルドって船も持ってるの!?」
驚いて俺も質問してしまう。
「うちのギルドは世界各国に飛び回ってるからね。大抵何でもあるわよ」
片目を閉じてそう告げるミナスさん。
すごい、さすが有名情報ギルド。
世界各国飛び回ってるとかカッコ良すぎる。
むむ、関係無いけどこのフルーツ美味しいな!
「リオル、私は要らないからこれも食べないか?」
え、顔に出てた!?
即座に右隣からおかわりが出てきた!
「あ、ありがとう…父さん」
「「「「!!」」」」
俺の言葉を聞いて、みんなが驚愕したように目を見開く。
特に過剰反応したのがクヴァルダさんとミナスさんで、2人は悶絶しながらテーブルに突っ伏した。
「リオルくんが…!リオルくんが義兄さんを父さんって呼んだっす…!!」
テーブルを平手でバンバン叩きながら言うクヴァルダさん。
「やだ…っ、ときめき過ぎてあたし死んじゃいそう…!!」
クヴァルダさんと同じリズムでテーブルを拳でドンドン叩くミナスさん。
やかましいなこの夫婦。
あ、でもシュル…父さんは騒がれてもやっぱりちょっと嬉しそうな顔してる。
と、リュデルさんとジーゼさんが眉を吊り上げた。
「シュルツや、息子だからといってそんな甘やかしたらいかんぞ」
「ええ、その通りよ」
ぉお!?
2人が父さんを叱るなんて珍しい!
が、そう思ったのも束の間、にへらっとしてこちらを向いた。
「そういうのはワシらの特権じゃろう!」
「リオルくん、ほらワタシのもあげるわ」
違った!
自分達がやりたいだけだった!
テーブルに突っ伏していたクヴァルダさんとミナスさんもガバッと立ち上がり異議を唱える。
「じいちゃん達それはズルいっすよ!オレだって甥っ子を可愛がりたいっす!!」
「そうですよ!はい、あたしのもあげるわ♪」
「オレのもっす!」
いや、そんなに食べたらお腹壊しちゃうよ。
と、左隣でみんなと自分のフルーツを見比べながらオロオロしていたノヴァが、とても名残惜しそうにフルーツを差し出してきた。
「リ…リオルくん、わたしのも食べる?」
なんて可愛いんだ俺のノヴァは。
「ううん、寧ろ多過ぎて食べ切れないから一緒に食べよう?」
「…! う、うん!」
目を輝かせて喜ぶノヴァと仲良く半分こする。
いやノヴァのをちょっと多めにしとこう。
すると、そんなやり取りをしている俺達の方に颯爽とフードを被った女の人が歩いてきた。
何か用かな?
なんて思いながら見ていると、その人は驚きの行動に出た。
――ヒュンッ
「!」
なんと、俺の向かい側に座ってそちらに背を向けている状態のクヴァルダさんにいきなり隠しナイフを突き立てようとしたのだ。
しかし、振り返る事も無く少しだけ体をずらしてそのナイフを摘むように掴み止めるクヴァルダさん。
「どちら様っすか?」
笑みを崩さずクヴァルダさんがそう聞く。
ピクリとも動かないナイフに、女の人はニッと笑ってフードを取った。
「成る程、聞いていた通りだな。アタシの可愛いミナスの旦那として、不足は無いようだ」
全く悪びれる事なくそう言ったのは、赤紫の短髪で綺麗な顔立ちをした50代くらいの女性。
その女性を見て、ミナスさんが驚いて声を上げる。
「ギルド長!?何でギルド長が直接ここに!?」
え!?
ギルド長って黒兎のだよね!?
有名ギルドのトップとか大物じゃん!
「何でとはご挨拶だな。親代わりのアタシに籍を入れた報告もしないお前を祝いに来てやったってのに」
「報告しなくたってどうせ直ぐ耳に入るじゃないですか!それより、いきなり旦那を殺そうとしないでよ」
「折角なら本当にお前を守れる男か確認したいだろう?おめでとう、君はミナスの旦那として合格だ!」
笑って肩をポンと叩いてくるギルド長に、クヴァルダさんも「ありがとうっす…?」と取り敢えず返している。
まぁ殺気も無かったし怒る気にもならないよね。
「さて、改めて自己紹介をしよう。アタシは黒兎のギルド長をやっているオルガだ。君達の事は把握してるから、そちらからの紹介は不要だぞ」
なんとも情報屋さんっぽい自己紹介だ。
ちょっとカッコいい。
「それでギルド長、お祝いって?」
「相変わらずせっかちだなミナスは。まぁいい、付いてこい」
そう言って来た時のように颯爽と歩き始める。
取り敢えず残ってたフルーツをノヴァと頬張り、急いで後に付いていった。
「どうだ!素晴らしいだろう!」
「「おぉー!!」」
オルガさんが指し示した先を見て、俺とクヴァルダさんで歓声を上げる。
そこにあったのは白を基調とした豪華な魔動クルーザーだ。
30mはあるかな?
こんな大きい船初めて見た!
「ここからだとラズウェルまではかなり距離があるからな。快適に過ごせてスピードもある一番良い船を用意してやったぞ!これなら、多少新婚旅行気分も味わえるだろう?」
「やだギルド長!本当に良いものじゃないですか!ありがとう!」
ミナスさんも大喜びでオルガさんに抱きつく。
「まぁ行き先は死の国だがな?」という言葉に「それは言わないでくださいよ!」と返しながら笑い合っている2人は本当に仲が良さそうだ。
「それから、操縦士も用意しておいたぞ」
オルガさんがクイッと親指で自分の後方を指す。
するとそこに、クリーム色のショートカットで真面目そうな感じの女の人が現れた。
「ミナス先輩、お久しぶりです」
「セラじゃない!久しぶりね!」
あまり変わらないように見えるけど、ミナスさんよりちょっとだけ年下なのかな?
ミナスさんと目を合わせると、真顔のまま少しだけ頬を染めて自分の胸に手を当てる。
「今回ラズウェルまでの操縦士を任されました。憧れのミナス先輩とご一緒できて光栄です」
おぉ、ミナスさんに憧れてる後輩なのか。
実際ミナスさんってめちゃくちゃ有能だもんね。
セラさんはミナスさんの後にこちらにも目を向けた。
「皆様も、航海の間よろしくお願いします」
そう律儀に挨拶してくれ、こちらこそと挨拶を返す。
一切笑顔を見せないし生真面目そうな人だなぁ。
と思っていたのだが、突然クヴァルダさんに発砲した。
――パァン! サッ
屈んでそれを避けるクヴァルダさん。
「チッ、さすが先輩が選んだ人ですね。素晴らしいです」
いや今舌打ちしたよね!?
オルガさんの時と違って殺気あったよ!?
「ちょ、ミナス!オレもしかしてギルド員皆んなから命狙われるんすか!?」
「ごめん!あたしも今ビックリしてるわ!」
ミナスさんも予想外だったようで焦っており、その隣でオルガさんが面白がって笑う。
「アッハッハ!ミナスを慕ってるやつは多いからな!まぁこれ以上旦那を試すのは禁止だと通達しておくから安心しろ」
てことは通達しないと狙われ続ける可能性あったのか。
黒兎って過激な人多いんだな。
リュデルさんも「幾つか気配が消えたのぅ」って不穏なこと言ってる。
取り敢えず操縦士としてのセラさんも含め、俺達は早速魔動クルーザーに乗り込んだ。
「わぁーっ、中も綺麗!」
「凄いっすね!」
初めてのクルーザーに興奮してクヴァルダさんと探検する。
「リオルくん待ってー」と付いてきたノヴァと手を繋ぎ、あちこち見て回った。
甲板は結構広いし、その甲板が見える室内スペースもソファが並んでいてゆっくり寛げそうだ。
奥側にはちゃんとキッチンも備え付けられている。
階段もあって、登ると2階は結構広めの部屋が3つもあった。
船の左右に1つずつと、船頭側に1つだ。
部屋の中には寝やすそうなベッドが3つあり、トイレやシャワー室もちゃんと備え付けられていた。
船なのにホテルみたい!
「多分船頭の方の部屋が一番いい部屋っすね〜」
「こっちより!?見たい見たい!」
クヴァルダさんの言葉に更にテンションが上がって扉の前へと走る。
真っ先にクヴァルダさんがガチャリと扉を開けた。
と、中を見たクヴァルダさんが一瞬ピタリと停止する。
そして階段を登ってる途中のミナスさんに振り向いた。
「ミナスー。ここオレらの部屋っぽいすよー」
なぜ確定事項なのかわからず、ノヴァと一緒に覗き込む。
その豪華な部屋の奥には天秤の付いた大きめのダブルベッドが置かれていて、ベッドの中央には…なぜか散らされた薔薇の花びらでハート型が作られていた。
中を見たミナスさんが真っ赤になってデッキに走る。
「ちょっとギルド長!!何考えてるんですか!!」
「アッハッハ!せいぜい仲良くな〜」
ミナスさんの反応を見て非常に愉快そうに笑いながらオルガさんは手を振り去って行く。
「あの人は…」と呟きながらしゃがみ込むミナスさん。
「片付けましょうか?花びらか旦那を」
「花びらでお願い…」
セラさんの過激発言に力無く答えるミナスさんを、父さんによってさり気なく部屋から遠ざけられた俺とノヴァで見る。
そんなこんな有りつつ、ラズウェルに向けて船は出航したのだった。




