第32話 最強の魔物
「え、ちょ、ちょっと待って!何でみんなリオルくんにくっついてるの!?」
数時間後、森の入り口辺りで合流したミナスさんが俺達の状況を見て動揺する。
それもその筈。
なんかもうみんな俺に引っ付いて離れなくなってしまったのだ。
時間が経って気持ちが落ち着いてくると恥ずかしい…。
「実はっすね…」
と、クヴァルダさんが俺に貼り付いたまま起こった出来事をミナスさんへ説明した。
「それじゃあ…リオルくんってお義兄さんの…」
「あぁ。息子だったんだ」
俺を後ろからギュッと抱き締めながら真顔で言うシュルツさん。
うぅ…嫌じゃないんだけど、どちらかといえば嬉しいんだけど…やっぱなんか気恥ずかしい。
おかしいな。
シュルツさんこんな事する人だったっけ?
「え、てことは、リュデルさんとジーゼさんの…」
「そう!ひ孫だったんじゃ!」
「目に入れても痛くないわぁ」
めちゃくちゃ頬擦りしてくるリュデルさんとジーゼさん。
わかったから!
わかったからそんなにスリスリしないで!
あとジーゼさん興奮しすぎて口から血が漏れてるの気づいて!
「じゃあ、クヴァルダの…」
「そうっす!甥っ子だったんすよ!」
ニコニコしながら俺の頭を両手で撫でるクヴァルダさん。
「あ〜、今思えば何で気付かなかったんすかね!姉ちゃんと同じ金髪に義兄さんと同じ青い目をしてるのに!」
リュデルさんもシュルツさんも青い目をしているけれど少しだけ色合いが違っていて、例えるなら空の色と海の色って感じだ。
そして俺の目は確かにシュルツさんの方と同じ色をしている。
青い目自体そんなに珍しくないから気にした事なかったよ。
てかクヴァルダさんあんまりワシャワシャしないで!
頭がリュデルさんになる!
一通り確認してから、ミナスさんは崩れ落ちた。
「冗談でしょ…!?何でちょっと離れてる間にそんな衝撃事実が発覚するのよ…!」
まぁ確かに、情報屋としてはショックだよね。
それも長い期間離れてた訳でもないしね。
と、ミナスさんが急にハッとしてこちらを向いた。
「待って。クヴァルダにとって甥っ子って事は…あたしにとっても義理の甥って事よね?」
あれ、嫌な予感。
「ならあたしにもくっ付く権利はあるって事ね!」
わぁぁー無理無理!
もう俺にスペース残ってないよ!!
結局ミナスさんまで参戦してみんなに揉みくちゃにされる俺。
もう頼むから解放して…。
そして散々俺を好き放題してから、満足したのかミナスさんが再び質問した。
「ねぇところで、一旦聞くの保留にしてたけどリオルくんがずっと手を握ってるその儚げな美少女ってもしかして…」
あ、やっと聞いてくれるんですね。
こんな状況でも離さなかった俺を褒めて欲しい。
「えっと、この子が前に話したノヴァです」
ずっと遠慮がちにしつつも、俺の手を握り続けてたノヴァがペコリと頭を下げる。
ノヴァに話が向いた事で、ようやくみんなも俺を離してくれた。
なんか急に寒くなった気がする。
「あ…の、はじめまして。シルク族のノヴァです」
ミナスさんへ挨拶するノヴァ。
他のみんなには目が覚めた時に一応挨拶済みだ。
それからずっと、怖い目にあったノヴァの手を握ってあげてたのである。
「あたしはミナスよ。よろしくねノヴァちゃん。…大変だったわね」
ミナスさんが優しく声を掛けると、ノヴァはうるりと瞳を滲ませた。
「う…は、い…。もしあの時、リオルくんが来てくれなかったら…わたし今頃…」
「ノヴァ…」
余程怖かったんだろう。
涙をポロポロ零して震えるノヴァ。
ノヴァは繋ぐ手にまたギュッと力を込めた。
「わたしもう、一生リオルくんから離れません…!」
いやノヴァ!
それじゃ逆プロポーズだよ!!
今の今まで気遣ってたみんなも「おぉ…」って声漏らしてるじゃん!
「ノ、ノヴァ?それだと語弊が…」
「だめ…なの?」
「いや、ダメとかじゃなくてさ」
ノヴァは俯いてまた涙を零す。
「う…だって…あの魔物のせいで、みんな…みんな居なくなっちゃって…。もう、わたしが頼れるの…リオルくんだけで…」
藤色の宝石のような瞳を潤ませながら、訴えるように俺を見るノヴァ。
「お願い…リオルくん」
うぐ、ダメだ。
俺ノヴァのこの目に弱いんだよ。
あーーーもう…。
思わず、俺は片手で顔を覆った。
無理だ。
俺には断れない。
「うん。もう。わかった。俺一生ノヴァの面倒見る」
この言葉を聞き、パァっと顔を輝かせるノヴァ。
意味わかってんのかな。
「うわっうわっ!この2人、この歳で将来を誓い合ったっすよ!」
「やだ、どうしよう!すっごいキュンキュンする!」
興奮して騒ぎ出すクヴァルダさんとミナスさん。
あんた達も昨日目の前で結婚劇を繰り広げたでしょうが。
因みに、微笑ましく見るリュデルさん達の横でシュルツさんだけはちょっとだけ複雑そうな顔をしてる。
いや、まぁ、俺も親の前でこんな誓いを立てることになるとは思わなかったよ。
「それにしても皆んな、今回は派手にやったわよね。国中大騒ぎだったのよ?」
え、国中!?
そうか!あの氷塊のせいか!
「結構後処理も大変だったんだから。調査団を派遣しようとしてた国王様達に解決済みって報告したり、あちこちに情報拡散して沈静化を図ったり…。取り敢えず、ある程度見通し立ったからこっち来たんだけどね」
「さすがミナス!色々やってくれたんすね!」
「あたしだけ何もしない訳にはいかないじゃない。まぁ…流石に動くのしんどかったけどね…」
後半をぽそりと呟くように言うミナスさん。
そういえば動きが鈍い気がする。
「大丈夫?ミナスさん。具合でも悪い?」
「だっ大丈夫よ!そんなんじゃないから!ちょっとアホ旦那との話し合いが必要なだけ!」
ミナスさんのその言葉に「え!?」と反応して抱き着くクヴァルダさん。
「り、離婚はしないっすよ!?」
「いや、そこまで飛躍しないわよ…」
ミナスさんは怒る気も無くしたかのようにクヴァルダさんにデコピンだけお見舞いした。
そうかよかった。
結婚劇の翌日に離婚劇になる事は無いようだ。
「取り敢えず、色々報告聞きたいからまた城に来てくれないかって国王様達が言ってました」
「ふぅむ、面倒じゃが仕方ないのう。またユー君達の顔を見に行くか」
「そうねぇ」
リュデルさんの言葉にすぐ同意するジーゼさん。
王族の言葉を面倒とか言うんだもんなぁ。
勇者は大物だ。
と、そんな風に思いながら見ていた時だった。
――パァッ
突然、空から朝焼けのような光が降りてきた。
驚いて全員で顔を上げる。
「…!!」
そこに現れたのは巨大な鳥型の魔物。
30m程あるだろうか。
胴体の方は赤っぽく、広げられた翼に向かって金色にグラデーションされている。
神々しくも見える魔物がこちらを見下ろしていた。
「あれは…ユル!」
リュデルさんの言葉に耳を疑った。
ユルとはこの世界で史上最強と言われている魔物だ。
戦う事に誇りを持つ非常に好戦的な魔物である。
とんでもない魔物の出現に、咄嗟に全員臨戦態勢に入った。
《刃など向けても無駄だ。我はただの幻影であり本体では無いからな》
しゃ、喋った!?
こいつもローザさんみたいに喋れるタイプなの!?
あ、言われてみれば確かにちょっと透けてる!
《久しいな。リュデル、ジーゼ》
「「「!」」」
名前を呼ばれたリュデルさん達に驚いて目を向ける。
でもローザさんの時と違って、睨みつけるようなその顔は親しそうな感じではない。
「まさかお前の方からやって来るとは思わんかったぞ、ユル」
《そうであろうな。一度は敗戦して逃亡した身。本来ならノコノコ顔を出す事など許されまい》
ええ!?
勝った事あるの!?
史上最強の魔物に!?
勇者すごすぎる!
《我も、寿命が近くなければ来る事などなかったであろう…。この身が朽ちる前に、頼みがあって参ったのだ》
寿命が…?
その言葉を聞き、みんな口を閉ざしてユルの話に耳を傾けた。
《死ぬ事自体は構わない。充分永く生きた上に我の意思を継ぐ卵も既にあるからな。だが…唯一、自らの生において心残りがあった。それが、お前らとの戦いだ》
本当に悔しそうな雰囲気でリュデルさんとジーゼさんを見下ろすユル。
《戦いを挑んだからには、敵に背中を向けて逃亡するなどあってはならない…自らの誇りを踏み躙る行為だ。それを、我は愚かにもしてしまった。どうしてもそれだけが、心残りで仕方なかったのだ。そして先刻…大きな魔力の動きを感じてもしやと思い幻影を飛ばした。すると案の定お前らを見つけたのだ》
大きな魔力の動きって…もしかしてヴェクサシオンのアイスメテオ?
あれのせいでユルまで引き付けたのか。
《勝手な頼みだとはわかっているが…我はお前らに決闘を申し込みたい!命尽きるまで戦う、本物の戦いを!どうか受けてはくれまいか!》
余程当時の事を後悔しているのか、必死な形相で申し込むユル。
しかし、リュデルさんとジーゼさんは乗り気では無い。
「そう言われてものぅ。今はお主と戦う暇なんぞ無いからなぁ」
「そうよねぇ」
こんな必死な相手になんというマイペースな態度…!
《そこをどうか…!人間にとって高齢は大きなハンデだという事も分かっているから、そちらは複数人で構わない!だから、どうかあの時の再戦を…!》
「うぅむ、悪いが諦めて…」
「じっ、じいちゃん!ばあちゃん!」
と、何故か焦った様子でクヴァルダさんがリュデルさんをバシバシ叩いた。
「なんじゃクヴァルダ。今真面目な話を…」
「べ、ベッドの最後の材料…!羽毛布団に必要なのユルの羽根なんすよ!」
「よぅし決闘を受けてやろう!」
「ぶちのめしてやるわ!」
変わり身すご!
あとジーゼさん睡眠関係になると急に過激!!
《ほ、本当か!?》
「うむ、二言など無いぞ!」
《感謝する…!では、以前戦ったあの場所で待っているぞ》
そう言い残し、ユルの幻影は姿を消した。
今すぐ戦う訳じゃ無い事にちょっとホッとする。
こうして最後の材料をゲットするべく、ユルと後々決闘する事が決まったのだった。




