第30話 あの日の真実
時は、14年前に遡る――――。
「もうすぐ…会えるな」
「ええ、そうね」
とある村外れの一軒家にて幸せそうに呟いた男女。
そう、シュルツとアリアだ。
シュルツは椅子に腰掛けているアリアの大きなお腹を優しく撫でた。
「予定日も近いからな。何があっても大丈夫なように、産まれるまで仕事は休むと伝えてきた」
「ふふ、シュルツったら。予定日まで10日はあるわよ?ずっと休むつもり?」
「そのつもりだ」
「やあねぇ。あなたのお父さん、すでに親バカよ〜?」
アリアは笑ってお腹の子に話しかける。
まるで返事をするかのようにお腹が蹴られ、また笑みが漏れた。
この時の2人は本当に幸せで、我が子の誕生を心待ちにしていたのだ。
まさかこの後に悲劇が待ち受けているなどと、考えもしなかった。
――ピルルルルルルル
突然、シュルツの仕事の魔導フォンが鳴り響いた。
休みにしているにも関わらず掛けてきたという事は緊急なのだろう。
直ぐに取ると、受話器越しでも部屋に響く男性の大声が届いた。
[シュルツ先生!大変なんだ…!!今急患が運ばれてきたんだが、怪我が酷すぎて俺の手には負えない!手を貸してくれないか!?]
電話の相手は村にいる医者の一人。
逼迫したその声に、相当重傷なのだと分かりシュルツはアリアに目を向ける。
内容が聞こえていたアリアは直ぐにこくりと頷いた。
「大丈夫よ、行って!その人を助けてあげて」
「…すまない。何かあったら直ぐに連絡してくれ」
「ええ。ありがとう」
一度アリアを抱きしめ、シュルツは急いで村の診療所へと向かう。
それをアリアは手を振って見送った。
「よし完成!うん、我ながら良い出来ね」
趣味の魔道具作りに勤しんでいたアリアは、完成したばかりの魔道具を掲げて満足そうに笑みを作る。
それから、その笑みを歪ませてお腹を押さえた。
「う…また…」
シュルツが家を出て30分程過ぎた頃だろうか。
アリアはお腹に痛みを覚えていた。
予定日にはまだ早いし一時的なものかと思っていたのだが、最初よりも強い痛みが襲ってくる。
「やっぱりこれ…陣痛…?」
初産であるアリアは自信が持てなかったものの、徐々にそうではないかという考えが強くなっていた。
シュルツに連絡しようか悩み時計を見る。
まだシュルツが家を出てから1時間しか経過していない。
今頃患者の処置に忙しく、手が離せる状況では無いだろう。
けれど、強くなる痛みは待ってくれそうにない。
日頃からシュルツに自分で大丈夫だと判断したりせず直ぐに相談するよう言われていたアリアは、やはり連絡を入れようと魔導フォンに手を伸ばした。
しかし、その時だ。
――ゾクッ
突如感じ取った殺気に、咄嗟にアリアはその場から飛び退いた。
家の屋根を突き破って、無数の氷柱がアリアの居た場所に突き刺さる。
続け様に、今度は巨大な爪が建物を一撃で破壊した。
「…!!」
落ちてくる瓦礫を避け、急いで外へ飛び出すアリア。
「あれ…は!?」
そこにいた巨大な魔物に目を剥いた。
ドラゴンにも匹敵すると言われるヴェクサシオンが居たからだ。
それも、普通のヴェクサシオンでは無いとアリアは肌で感じ取った。
(コイツは…ヤバい。逃げなきゃ…っ)
恐らく自分の力では勝てない相手だと悟る。
ただでさえ、お腹が大きくしかも陣痛まできているのだ。
ほんの数秒対峙しただけでも殺されてしまうだろう。
――バッ
アリアは近くに置いてあった三輪魔導車に乗った。
転倒を防ぐ為に三輪となっているが、かなりのスピードを出せるものだ。
逃げ切る為に一気に加速する。
《ガァァアアアア!!》
直ぐにヴェクサシオンがアリアを爪で捉えようとした。
けれど魔導車のスピードが上回り、ギリギリでそれを躱わす。
(村の方はダメ…!皆んなが巻き込まれる…!!)
そう考え、アリアは森の方へと魔導車を走らせた。
後ろからヴェクサシオンが追い掛けてくるが、魔導車のスピードには追い付けないようで距離は詰まらない。
(出来るだけ村から離して…なんとか逃げなきゃ…!!)
村の人々を守る為、そして我が子も守る為にアリアは動いた。
自身を囮に、ヴェクサシオンを森の奥へ奥へと誘い込む。
「う…ぐ……」
その間にもまた襲いくる陣痛。
普通なら魔導車の運転すら出来ないだろう。
そんな状態でも、アリアは必死に走らせた。
(ここまで…来れば…!あとはコイツを…撒く!)
充分村から距離を取ったと判断して、今度は身を隠すために動きを変えた。
木や岩などの地形を利用して、ヴェクサシオンの死角に入るようにしながら更に加速して距離を取る。
アリアの作戦は功をなし、ヴェクサシオンは直ぐにアリアを見失った。
後は見つからないようにして逃げ切るだけだ。
限界まで加速してどんどんとヴェクサシオンから離れる。
「ん…う……ぁあっ」
しかし、アリアは限界だった。
あまりの痛みに意識が飛んでしまうのではないかと感じる。
これ以上の運転などできる筈が無く、アクセルを離した三輪魔導車は徐々にスピードを落として停止した。
気付けば、座席から水が滴っている。
そう、破水したのだ。
「うぅ…っ」
ヨロヨロと魔導車から降り、大きな木の陰に隠れるように前から寄り掛かる。
「はっ…!う…あぁあ…っ」
激しい痛みでもう何も考える事が出来ない。
どうしようもない状況で、アリアは一人痛みと闘った。
そして…少しの時間の後に赤子の泣き声が響き渡る。
この森の中で、アリアは子を産み落としたのだ。
陣痛から、僅か2時間での出産だった。
「ハァ…ハァ…」
生まれた我が子をアリアはそっと抱き上げる。
その愛らしい姿に涙が零れ落ちた。
運良く出産の間にヴェクサシオンに見つかる事は無かったが、きっともう直ぐ見つかるだろう。
でももう、戦う体力も逃げる体力も自分には残っていない。
立ち上がる事もままならないのだ。
このままでは2人とも殺されるだろう。
アリアは…1人決意を固めた。
「大丈夫…あなたは、私が守るからね」
そう呟いて、赤ん坊の額にキスを落とす。
それから、家で作りそのまま持ってきていた魔道具を取り出した。
「まさか…こんな形で使うなんて思わなかったな…」
言いながら子を自分の上着に包んで寝かせ、1人作業するアリア。
その間に、アリア達を狙う影は近付いてきていた。
「…来たわね」
気配に気付き、言いながらアリアは振り向く。
予想通り、ゆっくりとした足取りでヴェクサシオンが向かってきていた。
我が子のお腹の上にピンク色の宝石を置き、アリアは何とか力を振り絞って立ち上がる。
そして自らヴェクサシオンの方へ近付いた。
唾液を垂らし、口を開くヴェクサシオン。
「良いわ、おいで。あなたに私を食べさせてあげる」
まるでそれに応えるかのように、両手を広げたアリアにヴェクサシオンは牙を突き立てた。
体にめり込む牙によって口から血が溢れる。
そんな状態で、アリアは手に持っていた魔道具を魔力によって鋭く変形させた。
そして深々と大きな牙へ突き刺す。
更に抜けないように内部で変形させて返しも作った。
これで、この魔物を倒すまでこの魔道具は取れない筈だと確信して。
仕上げに、自分がやったと分かってもらえるように可愛く細工までする。
ニッと笑うアリア。
「その代わり…私たちの子には、絶対手出しさせないわ」
そう言った途端に、アリアの体が光り輝いた。
自身の持つ全ての魔力を使ってテレポートを使ったのだ。
この魔物が、絶対に我が子に近付けないよう…護るためその身を犠牲にしたのである。
横たわる我が子に目を向け、アリアは愛しげに微笑む。
そして光の柱が立ち上がり、その場からアリアと魔物は消えたのだった。
「今の…何だったのかしら?」
その光を見たとある女性が疑問を口にしながら歩いてきた。
すると、赤子の泣き声が耳に届く。
「…!大変、赤ちゃんが…!!」
慌てて女性は赤ん坊のもとへ駆け寄った。
まだ臍の緒まで付いていて、どう見ても生まれたばかりだと分かる。
このままでは命が危ないと、抱き上げて自らが経営する孤児院へと走った。
そして…シュルツがその場に駆け付けたのは、それから1時間後の事だった――――。




